2010年11月4日更新
このコラムは、香川大学大学院地域マネジメント研究科(香川大学ビジネススクール)の講師陣によるものであり、読者に有益となるような新たな視点を提供することを主眼としている。まず3回にわたり、先ごろ名古屋市で開かれた生物多様性条約会議(COP10)でも注目された地球環境問題と、企業経営について考えてみたい。
環境と経営をみていく際、まず経営者らの脳裏をかすめるのが、「環境保全に取り組めば、収益性を損なうことになる」という固定観念だろう。だが、果たして本当に両者はトレードオフなのだろうか。
競争戦略論で知られるマイケル・ポーターらが1995年のハーバード・ビジネス・レビューに発表した論文は、俗に”ポーター仮説“と呼ばれる。彼らは、環境保全と企業収益を二律背反と捉えるのは誤りであり、資源の生産性向上を通じた技術革新によって両立が可能と主張した。
ポーター仮説によると、そもそも環境汚染というものは経済的浪費の一形態であって、廃棄物や有害物質、未使用エネルギーが汚染物質として放出されるなら、それは資源が不完全かつ不経済に消費されているためという。このように資源を非効率に扱う企業は、資材利用や工程管理が未熟であり、環境規制が敷かれると廃棄物の取り扱いや保管、処理などのコストがかさみ、何のメリットもない活動を強いられる。
これに対し、資源生産性を高めた企業は、生産システムに要するコストや製品価値を同時に見直す機会を得て、外部に資源を廃棄しない生産システムや環境配慮型製品を創出するとともに、汚染が発生する前から断つという学習効果を蓄積するとした。そこでの具体的な資源生産性の向上は、3R(Reduce,Reuse,Recycle)による加工工程の完全化を始め、副産物や廃物を価値あるものへと転換すること、生産工程の改善によるエネルギー消費の削減や製品改良というように、いくつかのパターンが示されている。
このような見方は、何も目新しいものではなく、1980年代の品質革命が既に証明済みという。かつて企業は、品質改善は生産ラインで発生する目に見えない欠陥を検査し、何度もやり直すことでしか達成できず、コストが高くつくと捉えていた。しかし、現代の企業は品質管理(TQC)を通じ、継続的な改善や技術革新を行うことで、コストをかけずに品質を向上させることが可能であることを知っている。
もともと日本で普及したTQCは、品質管理を国家目標とした日本政府の企業への働きかけの賜物であり、日本製品が世界を席巻するなどの外圧にさらされてようやく、欧米企業はTQCを受け入れたという。このように圧力や規制が技術革新を誘発し、競争優位性をもたらすというのが、ポーターらの主張であった。
ただし、規制や圧力は緩いものであると、企業は二次的な対応で解決策を見つけることができるため、技術革新に結びつきにくい。むしろ厳しい規制があって初めて企業は本腰を入れるのだが、その際、問題解決の方法を企業自らが考え、技術革新の機会を自主的に創出するよう、規制に緩みをもたせることが重要であるとした。
その際、彼らが一例として挙げたのが、本田技研工業(ホンダ)のCVCCエンジン開発であった。かつて深刻な大気汚染に悩まされていた米国は、1970年にマスキー法を成立させた。同法は一酸化炭素と炭化水素、窒素酸化物を1975-76年型の車種から、70-71年型の10分の1に低減することを定めた。当時、非常に厳しい排ガス規制であったため、米ビッグスリーの猛反対に遭い、法令施行が延びている。
それでも72年にこれをクリアしたのが、当時まだ自動車メーカーとして弱小だったホンダのCVCCエンジンであった。この低排ガス技術は後に米ビッグスリーに供与されたほか、同エンジンを搭載したシビックは75年モデルから米国へ輸出され、同社の米国進出の足がかりとなった。
ポーター仮説はその後、様々な研究者が厳密な検証を試みたものの、未だ賛否両論にある。規制や圧力のみが環境と収益の両立の際の前提かどうかは不確かだが、両立を裏付けるケースが現代企業に散見されるのは事実である。たとえば、OA機器メーカーのリコーが手がける、再生複合機販売がその一つといえる。
リコーは1998年から市場で消費された複合機を回収し、消耗した部品を交換するなどしながら再生機として販売を始めた。交換した部品は、すべて再利用・再資源化している。このリサイクル事業が9年目にして、初めて黒字化を果たしたのである。これは資源循環による環境保全と企業収益の両立の証拠だが、短期日で成し遂げられたわけではなかった。同事業は長年にわたり巨額の営業赤字が続き、たとえば2003年度には赤字幅が29億円余りまで拡大するなど、苦渋の末の成果であった。
このことは、経営者らが「環境保全と収益性は同時に達成できる」という意思を、いかに長期にわたって持続できるかに、両立の鍵が潜んでいることを示す。あくまで活動の原動力は、企業の「主体性」にある。




























