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2011年1月6日更新

「流通」から「超流通」へ。変えるものと変えないもの。 - アムロン 代表取締役社長 宮本 吉朗さん

「決算書で会おう」・・・・・・創業時代の合言葉だ。戦後の混乱期に鉄鋼資材の問屋を始めた。それ以来63年、野武士のような逞(たくま)しさが、(株)アムロンの無形の資産だ。

配給キップは持っていても、物資の不足で地元に釘(くぎ)や針金がなかった。創業者の宮本 髙義(故人)さんは、お客さんの配給キップを預かって、大阪から仕入れるブローカーを始めた。

鉄は国家なり。産業の米なり。市場はやがて成熟、衰退する。2代目社長の岩﨑一雄さん(現会長)は、鉄の関連事業を強化し、新規事業方針を打ち出した。社員に権限と責任を持たせ仕事を任せて、多彩な事業を展開する総合商社へと会社の姿を変えた。

就任10年目、3代目社長宮本吉朗さん(55)は、新しい合言葉を掲げた。組織のネットワークを複合化して、アムロンの強み「流通」機能を飛躍させる合言葉・・・・・・「流通から超流通へ」だ。

※配給キップ
第二次大戦前後の生活物資が不足した時期の政令で、物資は切符や通帳をもとに配給された。

多角化戦略

日本の産業構造は変わった。国内の粗鋼消費量は1990年度の約1億トンをピークに09年度は約6千万トンまで減った。

「ビルや橋など土木建築事業は年々増えていましたが、成熟のきざしは見えていました。大阪市場などへ進出したこともありますが、単なる流通競合のみでメリットはありませんでした」

基幹産業でも鉄鋼市場はいずれ縮小する。その対策が多角化戦略だった。鉄鋼製品の販売から、加工、物流、建設、土木工事、建築廃材処理など、限られた市場の中で顧客ニーズに応えるため、関連型の多角化事業を増やしてきた。特に加工は、日本でも有数の3000トンプレス、1500トンプレス、数百メーターのレーザー切断ラインを設置して他社と差別化した。さらに環境浄化、養殖漁業、産業機械、プラント機器、IT事業、など非関連型の新事業を次々立ち上げ、新しい市場も拓いてきた。

企業の寿命30年説・・・・・・アムロンは、「変化できないと衰退する」というこの説への回答を出した・・・・・・生き残りさらに発展するために、鉄鋼問屋から脱皮したのだ。

※粗鋼消費量
asahi.com「朝日新聞速報ニュースサイト」2010年10月14日「鉄鋼業界(上)輸出量増えても単価下落」から引用。

※寿命30年説
日経ビジネスが1983年9月、総資産額のランキング分析を基に唱えた「企業にも寿命があり、優良企業とはやされても盛りは30年まで」という結論。

決算書で会おう

「徳島支店が1987年、東京の展示会でドイツ製の高圧洗浄機『ケルヒャー』を見つけました。徳島市場で大評判で、中四国全域の代理店になりました」

扱い始めて20年、清掃や衛生機器、食品加工ラインの設計施工へと事業が派生した。「ケルヒャー」製品は、ビジネスユースGroupの設立と展開の戦略的な導線になった。

「創業当時から、独立採算制を敷いて、部門間の取引も別会社のようにやっていました」。この土壌から、いろんな社内ベンチャープランが出てきた。

「新規事業は、やりたい人に任せます。最初の立ち上げは1人か2人で、20人ぐらいに拡大したとき、ようやくビジネスになります」。多角化戦略は創業の連続だった。仕事を任す会社も任される社員も真剣勝負の連続だった。そこで生まれた自主独立の気概が、次のビジネスチャンスを生んだ。互いの事業の成果から、次のビジネスを創り出す・・・・・・それが「決算書で会おう」だった。

※ビジネスユースGroup
アムロンの組織単位の一つ。他に営業、開発営業、テクノ、環境の各Groupがある。

IT関連事業の立ち上げ

1983年、2代目社長に義兄の岩﨑一雄さんが就任した。宮本さんは慶応ビジネススクールを卒業して会社に入った。「夜中に兄と二人で、こんな事業部を作ろうとか、支店に専門部隊を作ろうとか話し合って、いまの組織に拡がりました」

ビジネススクールで、情報処理に興味を持った宮本さんは、IT関連も含めて新事業を担当した。成果の一つが電子マネー「めぐりんWAONカード」だ。イオングループや、香川県のほか高知や長野、横須賀、姫路など全国各地の商店街や観光施設で導入され、地域活性化に一役担うと注目されて全国に展開中だ。

その技術部門を担う宮本さんは、ITコーディネーターの資格者だ。「ITは魅力を感じる事業です。県のPFI事業施設『e-とぴあ・かがわ』(情報通信交流館)に出資し運営にも参画して、ITツールはわが社が担当させて頂きました」

「改革」のキーワードを掲げる宮本さんの元に、同好の社員たちが集まって開発は進む。

※めぐりんWAONカード
ソニー系フェリカポケットマーケティング社とイオンアイビス社と提携した電子マネー。

※PFI事業施設「e-とぴあ・かがわ」
運営企画を民間に委託する公設民営施設。香川県が2004年、高松市のサンポートに開設。IT関連の情報発信のほか、市民のスキルアップ支援を行っている。

失敗と成功のタイミング

1994年、インターネット上で商品を販売するWebを開設した。インターネットの黎明期で、オンラインショッピングのはしりだった。「市場の普及と拡大にかなりの時間と資本が必要でした。東京じゃないとできない事業だとも思いました。BlogやSNSも同時に始めましたがこれも時期が3年早すぎました」

電子商店街事業などからは撤退したが、現在のWeb事業の原点にはなっている。「サーフィンで波に乗る一瞬が大事なように、いま大手になった企業は97年ごろの創業で、波をうまく捕まえました。あまりに早く始めて、早く引きすぎるのが欠点です」と宮本さんは苦笑する。

現在はOEMで、通販のバックヤードを支えるWebなどシステム開発を柱にしながら、「めぐりん」のようなICカード系開発も加えている。「この業界はスピードが速い。新しいシステムもすぐ次の世代に移りますから、どこまでいっても先行で開発を続けていくしかないです」

開発の足を止めたら陳腐化する。華やかでも激しく厳しい事業だ。

※Web
ソフトウェアの機能を、ネットワークを通じて利用できるようにしたもの。

※SNS
人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型のWebサイト。

※Blog
個人や数人のグループで運営され、日々更新される日記的なWebサイトの総称。

環境浄化セラミック開発で世界へ

鉄鋼部門に並ぶ大きな事業になってきたのが、水質や土壌の、重金属や砒素を除去するセラミックス製品だ。「2代目社長がゼロから手がけて、産官学の連携で開発を進めました。1996年に工場を建て、水や土壌だけでなく、建築用や健康用など30種類以上の製品を製造しています」。中部電力と共同で、火力発電所の燃料廃棄物を再利用する環境製品も開発中だ。

養殖漁業の金網や、海を汚染しない配合飼料を開発して販売している。2006年からオーストラリア、インドネシアへの養殖金網の輸出を始めた。昨年の6月には環境をキーワードにプロジェクトを立ち上げた。

「いろんな事業分野があって、お客様も製品も違います。これを複合化すれば相乗効果が生まれます。例えば、お客様が海外で養殖漁業を始める事例ですが、養殖金網も、配合飼料も、水質浄化システムと複合させれば、わが社もお客様もお互いにWinWinとなって、現地、消費者も含めて社会を豊かにできます」

アムロンの原点、「鉄」と新たな分野「セラミック」、「配合飼料」、「養殖機材」、「浄化システム」の連携、複合事業・・・・・・宮本さんは、世界の土壌処理や水処理事業市場を視野に入れている。

※WinWin
自分も勝ち、相手も勝つこと。取引などにおいて、関係する両者ともにメリットのある状態。

「流通」から「超流通」へ

国際市場開拓へ蒔(ま)いたタネが芽生え始めた。鉄鋼分野では、重要顧客の海外進出に併せて、ドイツや中国で合弁会社設立に参画した。環境分野では、環境浄化セラミック製品の中国進出を図っている。去年の春、上海の環境展に出展した。

次のビジネスモデル構築を目指して、何を変え、何を変えないか・・・・・・。「うちの原点は『流通』です。中国で築くのは『製造』工場ではなく『流通』網です」・・・・・・「流通」から「超流通」へ。

市場に製品を売るにとどまらず、価値を産むものへの飛躍を宮本さんは「超流通」と呼ぶ。

ジャズと経営

子どもの頃から音楽が好きで、大学ではジャズ研でウッドベースを弾いていた。クリエイティブな仕事をしたいと森英恵さんの企画事務所、(株)ハナエ・モリに就職した。当時、森さんはパリのオートクチュールに日本人として唯一参加するデザイナーだった。

「東京とパリのファッション・ショーを企画運営する最先端な所で、時代を創出する現場を体験しました。これが弊社の自由度と柔軟性になってるのかなとも思います」

高松に戻る前の2年間、慶応のビジネススクールでMBA経営の実践を学んだ。「毎日の睡眠時間が3時間ほどの猛勉強で、徹底的に経営を論理的に考えさせられるんです。でもその先は、トップの思いとミッションがなかったらダメだというのを痛感しましたね」

今、慶應丸の内キャンパスでドラッカーを再度学んでいる。「マーケティングとイノベーションに徹する事こそ肝要だとあらためて痛感しています」

宮本さんはオフになるとミュージシャンに変身する。「ウッドベースは目立ちませんが、サックスやボーカル、ドラムなどメロディーとリズムを陰でコントロールしています。演奏中は一瞬たりとも音を止められない楽器で、私が止まったら全体が止まるんです」

ベースは社長業と似ているところがあると宮本さんはいう。「その時々の相手とアイコンタクトで演奏していく。自分の力量と相手の力量を見極め、感性と感性のぶつかりあいが展開される。この出会いの即興性もすごく面白い」。これで人と人との直感的なコミュニケーション能力が磨かれるとも言う。

宮本さんの宝物は1870年製のコントラバスだ。「皆さんの知る欧州某オーケストラのハウスベースでした。事情で日本に残されたものを、2年待って手に入れました。図太い重低音でよく鳴ってくれます。値段は?・・・・・・価値は音にあります。想像してください(笑)」

宮本 吉朗

宮本 吉朗
  • 1955年 高松市生まれ
  • 1979年 慶応義塾大学文学部 卒業
    (株)ハナエ・モリ(森英恵氏企画事務所)入社
  • 1981年 香川鋼材株式会社【現・(株)アムロン】 入社
  • 1984年 慶応義塾大学大学院
    経営管理研究科修士課程 修了
  • 1991年 (株)アムロン 常務取締役 就任
  • 1993年 (株)アムロン・ビジネス・システム
    【現・(株)イノベイト】 設立 社長就任
  • 2000年 (株)アムロン 取締役副社長 就任
  • 2001年 (株)アムロン 代表取締役社長 就任

公職等

  • 1992年 社団法人高松青年会議所 第32代理事長
  • 1995年 香川県港頭地区情報通信拠点整備研究会キーパーソン
    香川県マルチメディア・ビジネスフォーラム 常任幹事
  • 1996年 香川デジタル・ファクトリー事業協同組合 理事(現職)
  • 1998年 香川県警ネットワーク犯罪防止協議会副会長(現職)
  • 2000年 独立行政法人中小企業基盤整備機構四国・アドバイザー
  • 2002年 四国ITC協議会会長
  • 2004年 経済産業省施策 IT経営応援隊四国 IT戦略会議委員長
  • 2007年 IT経営応援隊香川 委員長
  • 2008年 四国ITC協議会 顧問(現職)
  • 2009年 香川県マルチメディア・ビジネスフォーラム 副会長(現職)
  • かがわ県民情報サービス株式会社 取締役
  • (香川県PFI事業「e-とぴあ・かがわ」運用企業)
  • 香川オリーブガイナーズ球団株式会社 取締役
  • 香川デジタルファクトリー事業協同組合 理事
  • 一般社団法人 街角に音楽を@高松 理事

アムロン

所在地
高松市末広町7-21
TEL 087-851-1551/FAX 087-821-1427
URL:http://www.amron.co.jp/
資本金 3億7160万円
売上げ 141億円(2009年度)
社員数 207人(グループ総員238人)
グループ会社 株式会社セキゼン、株式会社イノベイト

沿革

  • 1948年 香川鋼材産業有限会社として創立(2年後 株式会社に改組)
  • 1963年 徳島支店開設
  • 1967年 松山支店開設
  • 1970年 高知営業所開設(現高知支店)
  • 1974年 非鉄部門を株式会社セキゼンとして独立
  • 1983年 香川鋼材株式会社の代表取締役社長に岩﨑一雄就任
  • 1984年 コンピューターランド高松開店
  • 1988年 株式会社アムロンに社名変更
  • 1991年 株式会社アムロン・ビジネス・システム設立【現・(株)イノベイト】
  • 1996年 香川町にセラミック工場竣工
  • 2001年 株式会社アムロンの代表取締役社長に宮本吉朗が就任
  • 2004年 アムロンが企画運営に参画するe-とぴあ・かがわ(情報通信交流館)がオープン
  • 2008年 タダノ・ファウン・シュタールバウ(独)設立に資本参加
  • 2010年 金天利多田野金属加工有限公司(中国)設立に資本出資し合弁会社設立

プライムパーソンとは

「プライムパーソン」は、香川の経済を牽引する企業や香川に拠点を置く企業のトップにスポットを当て、企業理念やその企業に息づく深い歴史、今後の事業展望、また企業のトップパーソン自身の信念なども交え、今をときめく企業の横顔を「人=トップ」を通してお伝えしていきます。

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