2011年1月20日更新
前回は、米国ビジネス市場最も愚かな判断だと酷評されているエピソードを例にあげ、顧客の声を鵜呑みにして言いなりになることと顧客志向とは、似て非なるものであることを説明した。顧客もまた自分の経験や好みや価値観に束縛された存在なのだ。言われてみれば当たり前のことなのだが、実はこれがなかなか難しい。顧客の声を鵜呑みにして言われるままに行う開発を乱開発という。そこには一貫した開発戦略がないために、企業は顧客の声に一喜一憂し右往左往することになる。その結果、顧客の声に忠実に耳を傾けても収益にはなかなかつながらない。今回は顧客の声に耳を傾けつつも、軸がぶれない戦略的開発を考えてみたい。
右の表を見ていただきたい。これは電機・精密機械業界の一部上場企業163社を長期利益率によって順番付けし、上位5社をピックアップしたものである。表には20年間の売上高営業利益率を示している。これらの企業はなぜこれほど高い利益率を長期にわたって維持しているのだろうか。そこにはどのような共通要因が潜んでいるのだろうか。
すぐ気が付くことは、これらの企業は全部産業財メーカーばかりだということだろう。そして次に、アドバンテストを除けば部品メーカーばかりであり、最終完成品を作っているわけでないということに気が付くはずだ。ファナックが作るNC装置は、工作機械に付着するいわば基幹部品とでもいうべきものであり、マブチモーターが作っているものは車の電装品や音響機器、プリンター等に組み込まれる高々数百円の小型モーターである。キーエンスやヒロセ電機もまた部品メーカーである。部品メーカーの宿命は、特注品開発に対する強い要求にさらされるということだ。完成品メーカーは自社製品にあった寸法や特性を持ったモーターを作るように、マブチモーターに要求するし、工作機械メーカーは自社の工作機械特性に合致したNC装置をつくるようにファナックに要求する。多くの部品メーカーはそれをいわば宿命として受けとめ、特注品の声に答えることが顧客志向だと思い込み、完成品メーカーの言いなりに特注品を作ってきた。
だがこれら高収益企業の共通要因は、特注品開発に対する強い要望に対しても、標準化を中心にした製品戦略を展開しているという点にある。特注品の要求に対して標準化で答えるというのは論理矛盾であろう。しかしこの一見両立し得ない相反する2つの命題を、何とか両立させようと仕組みを作り上げてきたことが、まさに高収益をもたらしている鍵である。顧客の表面的な声は、顧客の本質的要望と必ずしも同じではないのだ。
キーエンスは、トヨタなど大口顧客からの要望でも特注品を開発しない。顧客の言いなりにならず顧客が実現したい要望の本質を探り、それを標準化に落とし込み大量生産に結びつけるのである。マブチモーターは、シェーバー業界で最強のブランドであるドイツのブラウンからの特注品モーターの要求を断った。マブチの標準化戦略に合致しなかったからである。しかしそれはブラウンの要望に答えないということではない。特注品の代わりに標準化で対応できる新たな提案を行うことで、ブラウンの要望に答えブラウンを納得させるのである。
マブチは玩具向けモーターの開発から始まって、家電、音響、自動車など次々と新しい市場に参入したが、むろん、最初から標準化戦略が通用するわけではない。マブチが新しい市場に参入するとき、まずは特注品開発から手がけ市場の知識やノウハウを蓄積してゆき、市場の成長過程を見ながら、次第に標準化へ戦略を転換してゆくのである。ファナックもまた同様に、特注品で対応するのではなくて標準化の思想を中心にした仕組みを作り上げることで、顧客の要望に答えてきた。
高収益企業に成長した現在の姿しか知らない我々は、それはマブチだから、キーエンスだから、あるいはファナックだからできたのだと考えがちだ。高収益企業だからこそ標準化戦略が可能になるのだ、とついつい思いこんでしまう。しかしそれは事実ではない。極めて早い段階から標準化を地道に進めてきたことが、現在の高収益体制を造りあげたのである。歴史をひも解けばそのことはよくわかる。マブチもファナックも、当初は特注品をつくっていたのだ。しかし、特注品の限界を認識して標準化へと戦略を大きく転換したのは、早くも1965年前後である。それ以降、両社は標準化を中心とした仕組みを営々と磨き上げてきた。
かつて松下幸之助歴史館を訪問したことがある。松下電器(現在のパナソニック)は、企業は社会の公器であるという高邁な理念を掲げている企業として有名だ。そこを訪問して驚いたのは、創立10年程度にして早くもその理念を掲げていたことを知ったからだ。それまでは、功成り名を遂げた大企業に成長したからこそ、そのような高邁な理念を掲げることができたのだ、とてっきり思い込んでいたのである。しかし事実はそうではなかった。大企業に成長する以前の創業後極めて早い時点で、企業は社会の公器であると松下幸之助は宣言している。少なくとも時間軸を辿る限り、優れた経営理念は優良企業松下を作り上げた要因の1つだ。
同様に、標準化を中心にした戦略的開発こそが、今の高収益企業をつくりあげたのであって、決してその逆ではない。




























