2011年3月3日更新
「もう3年半過ぎましたが、自分の思いと違うところへ来てしまいました」・・・・・・日本の漁業を支えているのは根っからの漁師だった。
2007年、香川県漁連会長の服部郁弘(いくひろ)さん(65)が、全国漁業協同組合連合会(全漁連)会長に就任した。水産物の輸入が増え、燃料費は上昇の一方。魚価は低迷。廃業する漁民が増え、高齢化と後継者不足が追い打ちをかける。漁業資源も減少気味。そんな中で、世界有数の「水産国日本」が負けず嫌いの才覚を求めたのだ。
中学を出て父と一緒に漁船に乗った。活魚を船で各地の市場に運んだことから商売の機微に目覚めた。養殖漁業で赤潮災害に苦しみ、人知の及ばない自然から生き方を学んだ。約束を守り、期待に応えて信頼を得た。
引田漁協の組合長になった1993年、服部さんの漁師人生は急激に「潮目」が変わり始めた。
※香川県漁連
香川県漁業協同組合連合会。売上高452億2千万円(2009年度実績)、北海道魚連に次いで全国第2位の規模。
※引田漁協
引田漁業協同組合。
※活魚
生きたままの状態で、いけすで飼われ消費者に提供される魚介類。
全漁連の主な事業は、漁民の生産物の販売や燃料の石油、漁具、養殖えさ、食品などの購買事業と操業の指導などだ。
「でも以前の全漁連は、利益の出る燃料に頼っていたんです。漁民の組織なのにおかしい。魚を中心にしようと組織改革に取り組んでいたんです」
2004年、全漁連の理事になった服部さんを、前任の植村正治会長が、組織の要、総合政策部会の部会長に据えた。服部さんは経営を立て直すため、中期経営改善計画策定を主導した。初年度の06年に、前年度の赤字から一気に4億円の経常利益を計上、翌年の役員改選で全漁連新会長に選出された。
「魚の販売事業はまだこれから。東京にいてもダメだ、漁師の原点の『浜へ行こう』とよびかけたんです」。去年は、5つの県漁連で、仲買人があまり手を出さない魚を全漁連が買い取った。鮮魚で売れるもの、加工するもの、餌にするに仕分けしたのだ。「5億円ぐらいの扱い量になりました。今年はさらに四つ五つの県魚連が参加すると思います」。主な販売先は全国の生協や農協だ。
「商売は個人でも漁連でも同じです。『ひとりでもうけるな、相手にもうけてもらって、長く続ける』が、私のやり方です」。若い頃から活魚を売って得た服部さんの信念であり知恵だ。
1969年、23歳で、資金無しから養殖魚の販売事業を始めた。活魚運搬船を造るために、信漁連へ融資を申し込んだ。
「養殖業者は多いのに、魚を販売する業者がいないと事業計画を説明したら、大石一海(かずみ)参事が、『面白い』と言って何の取引もなかった私に1千万円借してくれたんです」
保証人は仲人で仕事の親方、池本鹿義(しかよし)さんが引き受けてくれたが、まだエンジンの据付に420万円必要だった。
「三菱重工のエンジンを扱う四国機器(株)へ行って、頭金がありませんと言ったら、当時の社長で、いま会長の木村寿男(としお)さんが、1カ月10万円、42枚の手形を受けてくれたんです」
当時は、生産者から魚を買って市場へ売る専門業者が少なかった。香川県漁連も服部さんより1年後から始めた。魚の委託販売は、価格が1㎏当たり100円でも違うと、餌代や金融機関への支払いなど経営に影響する。養殖業者の信頼を得ないと成り立たない商売だ。
「競争相手より10円でも魚を高く買う。負けず嫌いですから、競争なしで10万円儲かるより、相手に勝つことがうれしいんです。手形も1日も遅れることなく毎月落としました」
約束を守ったら信用はついてくる。服部さんは支援者の期待に応えて「信頼」を得た。
※活魚運搬船
魚を生きたまま運ぶために、船内のいけすに海水を直接取り込めるような構造の船
※信漁連
香川県信用漁業協同組合連合会。貯金・貸出・為替などを取扱う協同組織金融機関。主に地域の漁業に密着した事業を展開している。
服部さんが約束を守らなかったことがある。ファックスが無い時代、電話で注文を受けた1.6トンの魚を大阪の市場へ届けられなかったのだ。
「家で寝ていたら夜中の2時に、『魚はどうなっているんや』と仲買人から電話がかかってきたんです。届ける日を間違えたんです」
電話でその仲買人に頼んで、大阪で買い付けてもらって納めた。3割高く付いた。「あんたのミスやけど、しょうがないなあ。損はこちらで半分かぶるよ」。仲買人が言ってくれた。その相手と今も、長い取引が続いている。
培ってきた「信頼」に助けられたが、約束の厳しさを思い知った。損害は6百万円だった。
1993年、引田漁協の常勤組合長になって人生の潮目が変わり始めた。後ろ髪を引かれる思いで船から降りた。3年後、香川県漁連の副会長になった。2期勤めて2002年、香川県漁連の会長に推薦され、もっと船から離れて服部さんは悩んだ。
「代々の会長さんは立派な人ばかりです。6~700億円も扱う組織のトップは無理だと思ったんです」
丸亀市出身の元農水事務次官 鶴岡俊彦さん(故人)の一言に背中を押された・・・・・・「何かできるから、このポストに座らされたんだろう」
「私は漁師で商売人です。漁業の現場は歴代の会長よりも詳しい。自分がやれることをやろうと決意しました」。そして組合員のためになることだけをやると決めた。
「組合員のためならたとえ失敗しても、許してくれるでしょう。しかし自分の利益を優先して失敗したら、絶対に許してくれません。これは全漁連会長も同じです」
理に適(かな)っている。「ひとりでもうけるな・・・・・・」と根っこは同じ、服部さんの仕事の流儀だ。
※鶴岡 俊彦
元農林水産事務次官、元農林漁業金融公庫総裁
服部さんは引田漁協の組合長時代から、ハマチ養殖発祥の地、安戸(あど)池の名前にちなんだブランド化に取り組んだ。
「何度も赤潮被害で失敗しましたが、やっと3年前に引田ブリが、1年遅れでオリーブハマチが商標登録できました。長男の引田ブリ、次男の直島ハマチ、三男のオリーブハマチと、『ハマチ3兄弟』で全国的に名前が通るようになりました」
首都圏へ販売を強化するため、神奈川の久里浜と岬の2カ所に、活(い)け絞(し)め拠点を構えて出荷している。
※活け絞め
活魚を麻痺させて血抜きをして、鮮度を保つ方法。自然死させた場合より長期間鮮度を保つことができ、また味も良くなる。
服部さんは多忙だ。週の内3、4日は東京の全漁連で、2日は香川県漁連で、土日は地元引田の組合で仕事をする。
「仕事が楽しいんです。若い頃の底引き網漁は楽ではありませんでしたが、どんな魚が入っていっているかわくわくする。早く網を引き上げるから捕れる数が少ない。それでも楽しくてしょうがなかった。どんなに苦しい仕事でも、やり遂げる満足感が楽しくて、うれしいんです」
仕事を楽しむ人の仕事ぶりは、どこか美的な芸術活動に似ている。人を惹(ひ)きつけ魅了する。服部さんは仕事に没頭する。遠く離れてしまった船を夢見ながら・・・・・・。
魚の販売事業をはじめた1969年から数年間、養殖魚事業は好調だった。「友達がもうけていたので、ハマチ養殖を始めました。始めた72年にいきなり『赤潮被害』です。香川、徳島、兵庫が全滅したんです」
この時初めて天災融資法が適用されて、160万円の融資を受けた。その後も赤潮には苦しめられた。77年、78年、86年、95年と2003年、合計6回も赤潮被害にあった。
77年の赤潮のとき、朝6時から出荷しようと運搬船を手配して、翌朝漁場へ行ったらいけすがない。
「死んだ魚の重みで沈んだんです。呼んでいた運搬船に帰ってもらいましたが、死んだ直後ならまだ何とかなると思いました。自前の運搬船のアンカーに引っかけて、いけすを引き揚げてみたら魚の色はまだ変わっていない。身をさばいて大丈夫だと確認できた」
家族、親戚総出で冷蔵庫へ運んだ。時間との戦いだった。午前中に半分ほど引き揚げて、後は諦めた。同業者は、遠くから荷揚げを見ていただけだった。
「相場の4分の1ほどの値段がついて、500万円ぐらいのお金が入りました。損をした時のお金は、普段より数倍の値打ちがあります。損をいかに小さくするかが商売で一番大事です」
諦めていたら1円にもならなかった。諦めないで何でもやってみるべきだと学んだ。
- 1945年 東かがわ市引田生まれ
- 1993年 引田漁業協同組合 代表理事組合長
- 1995年 香川県漁業協同組合連合会 理事
- 1996年 香川県漁業協同組合連合会 代表理事副会長
- 2002年 香川県漁業協同組合連合 代表理事会長
- 2004年 全国漁業協同組合連合会 理事
- 2005年 香川県信用漁業協同組合連合 代表理事会長
- 2007年 全国漁業協同組合連合会 代表理事会長
- 現在に至る
| 所在地 | 高松市北浜町8-25 漁連会館 TEL 087-825-0350(代) |
|---|
| 所在地 | 東京都千代田区内神田1-1-12 コープビル7階 |
|---|---|
| 売上高 | 976億円(2009年度) |
| 設立 | 1952年 |
| 代表者 | 代表理事会長 服部郁弘 |
| 職員数 | 265人(2010年4月1日現在) |
「プライムパーソン」は、香川の経済を牽引する企業や香川に拠点を置く企業のトップにスポットを当て、企業理念やその企業に息づく深い歴史、今後の事業展望、また企業のトップパーソン自身の信念なども交え、今をときめく企業の横顔を「人=トップ」を通してお伝えしていきます。
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