2011年6月16日更新
戦後、ナイロンストッキングからスタートした婦人靴下業界は、「シームレス」から「パンスト」へ、「サポートパンティストッキング」へと、技術と素材を開発して「脚線美」を追求してきた。
景気と流行と海外製品という三つの荒波に洗われる業界は、設備に巨額な資金のかかる装置産業だ。中小メーカーの生きる道は二つに一つ。大手メーカーの傘下に入るかOEMを柱にするか。ラモナー(株)は、自力で販路を開拓するOEMを選択した。
パンストが2000年代に入って売れなくなった。大量生産、大量販売、低コストで発展して来た業界の仕組みも壊れてきた。
05年、3代目社長になった藍川保樹さん(41)は、経営方針を変えた。〝プロダクト・アウト、マーケット・イン〟。ストッキング生地を使ったインナーは、そこから生まれた。
※(シームレス)筒状に編んだ縫い目のないストッキング。
※(パンスト)つま先から腰まで一体化したパンティストッキング。
※(サポートパンティストッキング)伸縮性の高いポリウレタンにナイロンを巻きつけた、サポート糸で作られたパンスト。丈夫でフィット感が高い。
※(OEM)相手先ブランドによる生産。
※(プロダクト・アウト)企業が自社の販売・生産計画に基づいて、市場へ製品やサービスを投入すること。
※(マーケット・イン)消費者のニーズを商品化すること。「はじめに顧客ありき」の考え方。
※(インナー)Tシャツやシャツなど素肌の上から直に着用する衣服。
1970年代に入って、ラモナー(株)は、大手メーカーの量産体制や台湾、韓国メーカーの追い上げに対抗するため、国の指導で2度の構造改革を進めた。しかし市場は、生産過剰で振るわなかった。
この時期、東京営業所を開設、関東市場を開拓して量販店との取引を軌道に乗せ、成長基盤を固めたのが藍川さんの兄、隆志さんだった。
その隆志さんが34歳で早世した。隆志さんが健在な時から、「兄の次はお前だ」と言われてきた小学5年生の藍川さんは複雑な気持ちだった。
「会社を継ぐことが、急に現実になって、悲しみと腹立たしさが入り交じりました」。成長につれて跡継ぎの使命感と重圧はますます強くなった。
伸縮性があって丈夫なサポート糸の登場で、「伝線」が解消された。「靴下と女性は強くなった」といわれていたが、家庭から社会へ活動範囲を広げた女性に、パンストは売れなくなった。
カジュアルファッションの流行で「生足ブーム」が起きたからだ。若い女性たちはパンストで装うより、「素足の脚線美」にもっと価値があると気づいたのだ。
〔データ〕
日本靴下工業組合連合会によると、2009年に国内で生産されたパンストは1億2700万足。1999年の4億7700万足に比べて、10年間で約4分の1に激減している。
「会社の売り上げは89年の72億円がピークで、毎年下がり続けました」。93年に入社した藍川さんは、「お前が会社に入ってからロクなことがない」と、戦後の混乱期、ゼロから創業、成長させた、父 保一さん(現会長・92)によく、言われたという。
「日曜日の朝5時に、『会社に来い。仕事をしろ』と電話がかかってくるのも度々で、当時の社長=故人・福本邦彦さん=や幹部は、休みの日も朝8時には、出勤していました」。藍川さんは、笑みを浮かべながら当時を振り返る。
※(伝線)ストッキングなどの糸のほつれが縦状にひろがること。
※(生足)靴下・ストッキングをはいていない女性の足の表現。
パンストが売れなくなって、自社工場でサポート糸を作るより、他から買う方が安くなった。88年に建てたカバーリング工場(サポート糸製造)の操業をやめた。考えたあげくの結論だった。
「何十億円もかけた工場です。会長は怒りました。しかし、自分が決断しました。僕が自分で工場を建てていたら、判断を下せたかどうか分かりません」。藍川さんは、父と自分を冷静に比べ、分析する顔になった。
量販店との取引は価格の競争だった。 「中国製品と、コスト競争をしていました。勝てるはずがなかったんです」
2005年、3代目社長になった藍川さんは経営方針を変えた。「工場を動かすためだけの、赤字の仕事はやめました」
コスト競争から、デザインと品質の競争へ。価格の高い柄物パンストへ。OEMで多くの販売チャンネルを開発してきたことが強みになった。
「大手メーカーの傘下に入らず、どことでも取引させてもらうのが会長のやり方でした。これが取引先から見ると、ラモナーはいろんなところの情報を持っている、同業他社の動きや、トレンドが分かっていると評価されたんです」
販売先ごとの好況と不況も把握できた。「あるところが売れなくなっても、必ず売れているところがあるんです。百貨店や量販や通販、専門店、テレビショッピング・・・・・・その時々で違うんです」
販売先から、いろんな「マーケット・イン」の情報が集った。OEM供給先のアパレルや専門店から、こんなデザインをと注文が入って来るようになった。
※(アパレル)アパレルメーカー。衣服(特に既製服)の企画、製造、卸売りを行っている企業。
破れたパンストの活用法は多い。油で汚れた換気扇の掃除や靴磨き、両足の部分をちょん切ってガードルに・・・・・・こんなことがあった。
パンストが売れなくなっても製造設備を遊ばせるわけに行かない。大手のメーカーが、パンスト活用法をヒントにガードルを製品化した。華やかな下着売り場で売り出したが、パンスト生地は見栄えが悪くて売れなかった。
ラモナーの開発は、もっと消費者ニーズを見極める視線で始まった。02年、筒状のパンストを二つに切って縫い合わせて、インナーを作った。同じ時期、パンストの機械メーカーが開発した、インナー用サイズの筒状に編める機械も導入した。
そして07年、縫製の継ぎ目のない、誰も思いつかなかった、ストッキング生地のインナーシャツを完成させた。
「ある得意先が『エアーインナー』の商品名でテレビショッピングに出したら、年間30万枚売れました。幸運でした。着膨れしないのでおしゃれな年配のご婦人に、特に好評です」
商品説明にたっぷり時間をかけるテレビショッピングで、「軽い・薄い・温かい」パンスト生地のインナーシャツが、市場に受け入れられた。ストッキングは衣類のカテゴリーを超えて、「インナーシャツ」へと進化したのだ。
※(テレビショッピング)24時間放送のテレビショッピング専門チャンネルQVC。
跡継ぎとしてきびしく育てられた藍川さんは、進学も就職も父の会長に従ってきた。「兄が亡くなったから社長になったんです。実力ではないんです」
その藍川さんが若い人に贈る言葉は、「苦労は財産」だ。「苦労は自分で出来ません。周りから問題をぶつけられ、その苦労から逃げない経験が財産になるんです」
専務時代に会長や2代目社長にしごかれた。「逃げずにめちゃくちゃ仕事をしました。カバーリング工場の廃止もそのひとつです」
大学受験に失敗した藍川さんは、今でも自分を許せないという。受験という苦労から逃げたからだ。しかし、その苦い挫折から、ひたむきに苦労に立ち向かう経営者が育ったのだ。
専務だった兄隆志さんの亡き後、同期で親友の福本邦彦さんが、2代目社長として会長の片腕になった。そして3年後、藍川さんにバトンタッチした。
「社長就任の後、取引先のあいさつ回りを終わった夜、福本さんが亡くなりました。福本さんの誕生日でした。なにか運命的なものを感じました」
福本さんには営業本部長として頑張ってもらう予定だった。それができなくなった。甘えていたと思った。「これからは自分ひとりでやらなくてはと、気がついたんです。そしてプレッシャーを感じました。逃げ道があったら、やっぱり甘えてしまいます。今もそうです。会長がいますから、まだ甘えています」
実力でなったのではない。なりたくてなったのでもない。社長になったのは「苦労から逃げるな」という天の声、天命かもしれない。藍川さんはそう思っている。
- 1970年 綾歌郡宇多津町生まれ
- 1993年 Bond University (Australia)BA 中退
グンゼ(株)入社 - 1994年 ラモナー(株)入社
- 1999年 取締役専務に就任
- 2005年 取締役社長に就任
- 現在に至る
| 所在地 | 香川県宇多津町1045番地の1 TEL 0877-49-0211 /FAX 0877-49-3657 URL:http://www.lamona.co.jp |
|---|---|
| 創業 | 1954年 |
| 創立 | 1961年 |
| 資本金 | 9760万円 |
| 代表者 | 藍川 保樹 |
| 事業内容 | 各種レッグニット(靴下製造販売) |
| 主要製品 | パンティストッキング、タイツ、ソックス、インナー |
| 従業員数 |
本社118名(男性25名・女性93名・内パート55名) 第一工場・綾歌工場 81名(男性15名・女性66名・内パート52名) |
沿革
- 1954年 内海工業合資会社設立
- 1961年 ラモナー株式会社設立(資本金300万円)
- 1963年 シームレスストッキング製造開始 資本金1000万円に増資
- 1964年 資本金2000万円に増資
- 1968年 パンティストッキング製造開始
- 1971年 第一次繊維工業構造改革事業計画、通商産業大臣の承認を受ける
資本金6550万円に増資 - 1972年 東京営業所開設
- 1979年 第二次繊維工業構造改革事業計画、通商産業大臣の承認を受ける
資本金9760万円に増資 - 1988年 カバーリング工場竣工 サポートヤーン製造開始
- 1993年 タイツ合理化一貫生産スタート
- 2002年 サントニー大口径編機導入
インナー製造開始 - 2007年 画期的商品 インナーシャツの完成
「プライムパーソン」は、香川の経済を牽引する企業や香川に拠点を置く企業のトップにスポットを当て、企業理念やその企業に息づく深い歴史、今後の事業展望、また企業のトップパーソン自身の信念なども交え、今をときめく企業の横顔を「人=トップ」を通してお伝えしていきます。



































