2011年8月18日更新
私たちが生活していく上で欠かせない資源のうち、前回までに食糧とエネルギーについてみてきた。今回は最後のテーマである、水について考える。
高松市水道局のデータによると、2009年度の給水人口1人当たりの配水量は326リットル/日となっている。高松市の年間降水量1123ミリから計算すると、市民が1年間に必要とする水を雨水で賄うなら106平方メートルの土地があれば十分である。高松市域の面積は375平方キロメートルであり、人口は42万人であることから、降雨量の12%を利用できれば、市民が必要とする水を賄うことができる。高松市は全国的には雨の少ない地域と言われているが、世界から見れば多くの雨が降っており、水資源に恵まれた地域である。
稲作には大量の水が欠かせない。右の写真は、嶽山の山頂から讃岐平野を写したものである。多くのため池が点在し、昔から人々は雨水をできるだけ有効に利用するために大変な努力を重ねてきた。しかし、30年ほど前に高知県に早明浦ダムが造られ、そこから香川用水を経由して高松市民が使う6割弱の水が供給されるようになった。
高松市民は水不足の問題から解放されたが、一方で早明浦ダムの貯水量の変化に一喜一憂するようになった。頻繁に断水すれば人々の節水意識は高まり、水を有効利用する知恵も生まれるが、豊富に供給されるようになれば節水の意識も薄れ、水を浪費する社会になってしまう。これは原子力発電所の建設で、節電の意識が消えてしまったエネルギー問題とよく似ている。
渇水に見舞われると、新しいダムを造れという意見をよく耳にする。ダムは昔の人々が作ってきたため池と同じで、それだけで水問題が解決する訳ではない。新しいダムも時間とともに土砂に埋まり、やがては貯水能力を失っていく。やはり、持続可能で豊かな社会を築いていくためには、山の保水力を上げることやフローとしての水資源である雨水を生活用水として利用するための工夫が必要である。貯めた雨水を生活のなかで活用するためのシステム開発が、一刻も早く望まれる。
資源の量は、技術や欲望によって変化する。例えば、太陽光パネルの技術開発により太陽光がエネルギー源になり、日本のエネルギー資源量が増大した。また、節水や節電のように私たちの欲望を減らすことで、必要とする資源量を減らすことができる。このように資源量は、固定的に決まっている訳ではない。
冒頭で述べたように、日本の平均降水量は世界平均の2倍ほどあり、品質の良い水資源に恵まれている。また、太陽エネルギーは豊富にあり、気候は温暖で農業に適しており、長い海岸線と豊かな漁場が広がっている。私たちは、日本を資源の少ない国と思っているが、豊かな社会を築いていくための基本的な資源である食糧、エネルギー、および水は、実際には国内に豊富にあり、決して資源少国ではない。日本に欠けているのは、石油等の化石燃料と鉱物資源である。
これまで食糧ではアメリカの農業に対抗するうえで大規模化を目指し、エネルギーでは原子力発電所や大型火力発電所で大規模発電を目指してきた。水資源では山奥に巨大なダムを造り、渇水に対応してきた。このように巨大なシステムを作ることで、私たちは豊かな社会を目指してきたが、今回の原発の事故は、巨大なシステムの裏側に潜む多大なリスクを顕在化させた。今後は、効率的で巨大なシステム一辺倒ではなく、地域で自給する分散型の小さなシステムとの調和が求められている。
都道府県別の食糧自給率(カロリーベース)では、北海道が210%であるのに対し東京は1%しかなく、両地域を同じテーブルで議論すると噛み合わなくなるのは当然である。同じようにエネルギーや水の問題では、大量に消費する産業用と、消費量は少ないが数多くの利用者がいる民生用とでは、同じ枠組みで議論できない。従って、豊かな社会を考えた時、市民レベルでの議論がどうしても必要である。
私は15年ほど前にカナダのオタワ大学に留学する機会を得て、オタワ市民がオタワ川の水力発電による豊富なエネルギーと近郊から集まる新鮮な野菜や果物を消費するのを見て、何と豊かな国だろうと感心したものである。そこでは生活の基本となる食糧、エネルギーおよび水が自給されていた。対する日本は、水以外の多くの資源を海外に依存しており、その結果、私たちの豊かさは国際情勢の変化に翻弄されることになった。
3回シリーズで震災以後の新しい変化の中で、私たちがどのように変わっていくべきかを考えてきた。その共通点は、日々消費する食糧、エネルギー、水については、できるだけ身の回りにある資源を有効に利用することにある。食糧に関しては、将来円安が進むことで安価な食糧を海外から輸入できなくなり、必然的に地産地消を考えざるを得なくなるだろう。エネルギーは太陽光発電を積極的に取り入れ、家庭で消費する電力を賄っていく。水資源に関しては、雨水を利用するシステムの構築を考える。このようにすれば、生活の安定感は飛躍的に増すことになり、国際情勢の変化を気にすることなく、豊かな社会を維持していくことができる。私たちの豊かさは、私たち自身で作り上げていく―その心構えが、今求められているように思う。




























