2011年9月1日更新
企業の目標の一つは、投資家の要求を上回る利益を生み出すことである。そのためには、魅力的な業界に進出するか、既存業界で競争優位性を獲得するかのどちらかが有効である。また、競争優位性の源泉は、市場支配力か組織力に分けられる。
第1回は、魅力的な業界を考えるためのリソース・ベースト・ビューという考え方を扱う。第2回は、市場支配力による競争優位性と関連して、ロックインとスイッチング・コストという考え方を示す。第3回は、組織力による競争優位性と関連して、組織コミットメントを扱う。第4回は、地域ビジネスと関連して超産業化戦略を扱う。
第2次世界大戦後から1970年代初めにかけて、米国の大企業が、複数の事業部門をもつようになると、各事業部の管理は、ミドル・マネジメントの職務となり、トップ・マネジメントは、事業部に対する資源配分など全社的な戦略策定が中心的な課題となった。
同時に、M&A(Merge and Acquisition)ブームがおこり、多くの企業が多角化を活発に進め、買収によるコングロマリット型の多角化もさかんにおこなわれた。アンゾフ、ルメルト、ボストン・コンサルティング・グループのPPM(Products Portfolio Management)等の多角化に関する戦略が問題の中心となった。
1970年代になると、米国企業は、その国際競争力の低下に悩むようになる。日本企業と比較すると、米国企業は現業部門から遊離した財務重視のトップ・マネジメントや本社計画スタッフが、短期的な財務成果を求めがちであることが反省された。
いくら本社の事業のポートフォリオを工夫しても、個々の事業が競争に敗退しては、企業経営は成り立たない。そこに、ポーターの競争戦略論が登場した。
80年代に入ると、洗練された戦略をもつはずの米国企業が、戦略をもたないと思われてきた日本企業の後塵を拝することとなった。日本企業の自動車、電機産業の北米現地生産が軌道に乗ったのもこのころである。日本企業の躍進を説明する過程で登場したのが、資源(Resource)と言う考え方である。ワーナーフェルトは、最初にリソース・べースト・ビュー(RBV:Resource Based View)という言葉をもちいた。企業にとって、資源と製品はコインの表と裏であり、企業内部の資源を特定することにより、最適な製品市場を見出すことができると主張した。
リソース・ベースト・ビューの考え方は外部環境の変化に対応するため、企業は、どこに軸足をおいて戦略を策定するべきであるかを考える上で有効である。
第1の考え方は、顧客に軸足をおくことである。既存の顧客に対して新たな製品やサービスを提供する。その製品やサービスを提供するために何が必要かという観点から、経営資源を新たに獲得しようという考え方である。例えば、鉄道会社は鉄道事業をおこなう企業と定義するのではなく、運輸事業をおこなう企業と広く定義すべきという見解がある。顧客に軸足をおき、事業をより広い概念で定義することにより、バス、トラック、航空事業などにビジョンを広げ、経営戦略を進化させることができる、という考え方である。
顧客ニーズの重要性が叫ばれるなか、顧客にあわせて経営戦略を変えていくことは、よいように見える。しかし、難しい面があるといわれている。なぜなら、企業が保有する資源を入れ替えることは難しいからである。鉄道事業の例では、鉄道会社に航空機を飛ばすための資源があるわけではないからである。
第2の考え方は、企業が保有している資源に軸足をおくことにより、ビジョンや経営戦略を変えていくというものである。たとえば、鉄道事業ならば、保有している沿線の土地や地域情報などを活用して観光や不動産開発や路線網を利用した情報通信業をおこなうことが考えられる。このように企業を、資源の集まりととらえ、その資源を中心に複眼的に活用し、経営戦略を構築していく考え方をリソース・べースト・ビューとよぶ。

多角化戦略と経済成果の関係では、主力事業の周辺や主力事業から派生した関連事業に限定して多角化をおこなっている企業の収益性は相対的に高く、主力事業だけに限定している事業を展開している企業、事業間の関連性が薄い多角化を展開している企業の収益性は相対的に低い。
既存の経営資源を活用し、蓄積して、多角化を進めたり、新製品・サービスにより新たな顧客を獲得したりするほうが有効であることが多い。
たとえば、キヤノンの戦後間もなくのスローガンは、「ライカに追い付け、追い越せ」であった。1961年に発売されたキャノネットは、生産ラインの自動化や作業工程の標準化など大量生産技術により低価格で誰でも失敗なく撮れるカメラとしてブームとなった。キヤノンは、成功に甘んじることなく、67年には「右手にカメラ、左手に事務機」を経営スローガンに、カメラの工学や精密機械の技術など既存技術と大量生産技術により、電卓など事務機器の分野に進出した。その後、事務機器で蓄積したエレクトロニクスや化成品の技術を加えて、1970年代に複写機、80年代にはインクジェット・プリンターなど情報機器への多角化に成功した。
以上のように、経営戦略の策定の際には企業の持つ資源を活かすことが重要であることを見逃してはならない。




























