2012年1月5日更新
ビジネス・スクールには、「ゲーム理論」という講義があります。この理論では、複数の利害関係者が各々の利益を最大にしようと行動すると、その結果どのような現象が起こるかについて分析します。とはいえ、「それぞれの利益を最大に」という表現は過大な期待を抱かせ、必ずしも正しく理解されていないようです。このシリーズではゲーム理論について、身近な例をもとに解説し、ビジネスに少しでも役立つヒントを提供できればと思います
ゲーム理論は、複数の利害関係者の行動を分析します。このため、当事者(通常、プレイヤと呼ばれる)は自己の利益を最大にすべく行動すると仮定されます。首尾良く問題が解ければ、各プレイヤは最大の利益を得られ、メデタシ、メデタシでお話が終わると期待されてきました。しかし、こんな夢のような話があるのでしょうか?常識的に考えれば、何かがおかしいと思われることでしょう。
複数の利害関係者で、最も数が少ないのは2人です。2人の間の利害関係ですぐに思い浮かぶのは、モノの売買です。買い手はより安く買おうとし、売り手はより高く売ろうとします。利害は完全に対立し、両者が同時に満足することは難しいと思われます。別の例では、同種の品物を売っている2つの店がある場合です。直接、店同士が関わる訳ではありませんが、顧客の取り合いという形で争います。やはり両店が同時に満足するとは、考えにくいでしょう。
一言で言うと、ゲーム理論は矛盾を抱えた理論なのです。「矛盾」の由来は、中国の「韓非子」の故事にあります。盾と矛を売っていた楚の商人が、「この盾はどんな矛を持っても貫くことはできないほど堅い」「この矛はどんな盾でも止められないほど鋭い」と言って売っていたところ、「その矛でその盾を突いたらどうなるのか」と言われ返答できませんでした。このように利害の対立する状況で、どちらの側にも都合の良い解決方法があるというのが、矛盾なのです。
別の問題もあります。2つの商店の例で考えると、店の売り上げは自店の行動だけでは決まらないと言うことです。「競争相手が価格をいくらに設定するか」というように、他の利害関係者の行動が自店の売り上げに影響するのです。この様な状況は、囲碁や将棋などのゲームで明確に現れます。各々のプレイヤは相手の出方を考えながら、自己の行動を考えて勝ちを目指します。ビジネスの世界では状況が一層複雑になりますが、こうしたゲーム的な状況を分析することから、ゲーム理論と呼ばれています。
相手の行動を考慮すると同様に、相手もこちらの行動を考慮すると考えるとなると、意思決定にあたって際限なく相手と自己の行動を繰り返し想定しなければなりません。このような無限の思考の連鎖を断ち切る巧妙な考えをジョン・ナッシュが発見し、ナッシュの考えを発展させたゼルテン、ハルサニと共に1994年のノーベル経済学賞を受賞しました。この魔法の考えは「ナッシュ均衡」と呼ばれています。

ナッシュ均衡という魔法を理解すれば、ゲーム理論をビジネスに活用する道が拓けます。均衡というのは何らかのバランスがとれた状態ですが、ナッシュ均衡では、次のことを意味すると考えます。「各プレイヤは、『他のすべてのプレイヤが今の行動を変更しなければ』、自分だけ行動を変更しても自らの利益を増すことはできない」。この思考プロセスは2段階ですが、それでも無限に続く思考を圧縮したので、ものすごい成果と言えます。
このような考え方は、囲碁や将棋の世界では普通に使われています。定石(定跡)─ ジョウセキ─と言われるものです。
特に序盤戦で相互のプレイヤは、ジョウセキと呼ばれる一定の手順を踏襲して着手していきます。ジョウセキが一段落したところでは、局面はどちらか一方に有利な状況にはなっておらず、いわゆる五分の分かれになっています。途中の手順は強制されている訳ではないのですが、両プレイヤは当然のごとくジョウセキにしたがって手を進めます。何故でしょうか?
それは、ジョウセキがナッシュ均衡だからです。相手がジョウセキ通りに着手していると、自分だけジョウセキから外れても得にならないからです。
ただし、各プレイヤが自己の利益のために最善の行動を取れば結果としてナッシュ均衡は実現するものの、この得られたナッシュ均衡は、必ずしも各プレイヤが期待していた最善の結果とは一致しないことがあるのです。そのような場合でも均衡状態にあるため、自己に同調して行動してくれるプレイヤがいない限り、行動を単独で変更しても事態を改善できないというジレンマが生じるのです。このジレンマについては第3回で詳しく説明します。
いずれにせよ、ビジネスにおけるゲーム理論の役割は、囲碁・将棋におけるジョウセキのようなものであることは理解して頂けたと思います。「ジョウセキを知っていれば囲碁・将棋を戦って勝てるか」というと、それは無理な話ですが、「ジョウセキを知らずに勝利する」ことはまったくもって困難と言えます。ゲーム理論は自ら一人が勝つ方法をこっそりと教えるものではなく、「ビジネスのジョウセキだ」と、割り切って活用すれば、有用な手段となります。ジョウセキであれば、それを知らずにビジネスを行うことがいかに無謀なことかは、お分かりになるでしょう。




























