2012年1月19日更新
前回は、「ナッシュ均衡」という考え方を理解することで、ビジネスにゲーム理論を活用することが可能であることを説明しました。では、現実の世界ではどのようにこの考え方を用いるのでしょうか?ここでは入札を例に、考えてみましょう。
ある骨董品を、2人の入札者(プレイヤ)が購入しようとしています。それぞれの入札者が相手に知られないように購入希望価格を入札し、最高金額を入札した者がその価格で骨董品を購入できるとします。
また入札結果の評価方法ですが、骨董品の価値を100万円と評価している人にとって、80万円で落札できれば差し引き20万円の利得となります。逆に110万円で購入したとすれば、骨董品を手に入れたことは良かったとしても、経済的には10万円の損失です。落札できなかった場合は、損得は無いと考えます。
次に、どのように入札額を決めるかという、戦略決定の問題です。それぞれの評価額を超える金額での入札はないものとします。というのは、落札の可能性は上がるものの、経済的には損失となるので、むしろ落札できない方が優れているからです。ここで、この骨董品を100万円と評価する人をA、90万円と評価する人をBとしましょう。Aは入札額をいくらにすれば良いでしょうか?
いよいよゲーム理論の出番です。
仮にBが90万円で入札するという、確かな情報があればどうでしょうか?Aは90万円を少し上回る金額(例えば91万円)で入札すれば、9万円の利得になります。90万円を上回る金額をさらに小さくすれば、ほぼ10万円の利得です。Bは90万円を超える金額では入札しないので、Aは約10万円の得をして骨董品を手に入れ、オークションは終了します。
ここで注意が必要なのは、Aが100万円という自己の評価を正直に反映させずに入札額を決めていることです。つまり、Aは少しでも利得を大きくするために、自己の評価額よりも低い金額を戦略的に決めているということです。
しかし残念ながら、以上の議論は不完全なものにすぎません。前回、説明した「矛盾」がそこにはあるからです。Bも同じようにAの入札額を予測しながら、自己の入札額を決めることを想定しなければならないので、互いに利得をより大きくしようとすれば無限の連鎖に陥ります。仮にBが90万円より低い価格で入札することが分かれば、Aはさらに入札額を引き下げて利得を増やすことになりますが、相手の評価額について確実な情報を入手するというのは、現実的には困難なことです。
見事に、こうした問題を解決するのが、「2位価格制」という入札方法です。ゲーム理論的に言えば、ゲームのルールそのものを変更しようというものです。
最高額の投票者が落札するのは先のとおりですが、実際の購入価格をすべての入札額のうち、上位から2番目に設定する方法です。前述の方式は、購入価格を最も高い入札額にするので、1位価格制と呼ばれています。

この2位価格制では、全員が自己の評価額を正直に入札すると「ナッシュ均衡」が実現します。前回の説明を思い出してください。ナッシュ均衡とは、「他のプレイヤがその行動をとり続けている限り、1人だけ行動を変えても自己の得にならない」ことでした。言い換えると、他の入札者が各自の評価額を正直に入札しているとき、1人だけ自己の評価額でない金額を入札しても得にならないことを意味します。
先の1位価格制では、入札者が競争相手の入札額を推測し、自己の入札額を決めることから無限の思考の連鎖がおこるほか、ルールを逸脱した行動も生じます。実現した状況が、ナッシュ均衡にあるとは考えにくいからです(入札に関係する談合については、次回改めて解説します)。これに対して2位価格制では、入札額を他の入札者の入札金額と無関係に決めることができ、実現する状況がナッシュ均衡であるという優れた性質がみられるので、逸脱行動も起こりにくいと言えます。先の例で、これを確かめてみましょう。
Aの評価額は100万円なので、これを超える金額で入札することはあり得ません。たとえ落札できても、購入すると利益はマイナスになるからです。さて、100万円を下回る金額でAが入札した場合、1位を保つことができれば落札できますが、購入することになる価格は2番目の入札額(Bの入札額)なので、Bよりも高い入札額であればAの利益は変わりません。万一、1位でなくなれば落札できず利益はゼロになるので、Aは“正直な”評価額より低い金額で入札しても得にはならないのです。この事情は、すべてのプレイヤに共通します。
もっとも実態としては、2位価格制だと売り手が損をするのではないかといった心理的抵抗や、買い手が相互に入札額を推測しにくい状況になれば、より高い落札額が期待できそうだとの思惑が売り手に生じることもあって、これまで多くの入札で1位価格制が採用されてきました。とはいえ近年、一般に普及してきたヤフーを始めとするインターネット・オークションでは、こうした2位価格制が用いられるようになってきています。
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