2012年1月19日更新
「お前に何が分かる、見る目はないのか。銭勘定だけしか興味がないのか。もういい、燃やしてしまう。帰れ!」
依頼主は顔色を変えて怒鳴った。家具の鑑定を頼まれた桜製作所社長の永見宏介さん(52)は、返す言葉を失った。
ウオールナットのテーブルとイスは、40年前に自社工房で作られたジョージ・ナカシマの家具だった。「減価償却で査定したので、持ち主の思う値段とかけ離れていたんです」。不用意に、金額を提示してしまった永見さんは、後悔した。
その人のためだけに木工品をつくる桜製作所は、美術館、ホテル、店舗、個人住宅に至るまで、職人の手仕事を64年続けてきた。
効率化を競い、画一化した工業製品は世界を制覇したが、手仕事の持つ不思議なぬくもりにはかなわない。
職人の技がつくる無垢材の家具は、使い込むほど美しくなって、幸せがやどる。
※ウオールナット
クルミ材。衝撃に強く、強度と粘りがある。落ち着いた色合いと美しい木目を持ち、高級家具材や工芸材に用いられる。
※ジョージ・ナカシマ
米国生まれの日系2世。20世紀を代表する家具デザイナーのひとり。建築家。1990年没。
桜製作所のナカシマデザインの家具づくりは、建築設計技師で家具デザイナーの永見眞一(創業者、現会長・88歳)がジョージ・ナカシマと出会って始まった。
「高度な技術を要求するデザインが、用途を超えたきわどい美を生む」と評価し、敬愛した眞一さんを、ナカシマは片言の日本語で「同僚」と呼んで信頼した。
去年11月、「ナカシマの家具がうちにある。鑑定して下取りしてほしい」と、愛知からファクスが届いた。
愛知まで訪ねたら「孫のために部屋を改装するので置き場所がない。さりとて人に譲りたくない」。70歳を超えた主人が言った。「新品なら200万円はする、しかし運賃もかかるし・・・」。ソロバンをはじいて査定した額を伝えた。「もういい、帰れ!」。怒鳴られて追い出された。
高松に戻った次の朝、またファクスが来た。「君の対応に甚だ心が収まらない。持って帰って燃やしてくれ」。謝ろうと訪ねたら、また叱られた。「1千万でも売らん。誰に譲ることもまかりならんぞ」。それだけ言って、外出してしまった。
「浅はかでした。これほど叱られたのは、この年になるまで記憶にありません」。しばらくたってわび状を書いた。「ジョージ・ナカシマ記念館に展示したい」という返事に、ようやく納得してくれた。
40年使い込まれた「用の美」に、減価償却のソロバン勘定は通用しなかった。
※用の美
民藝運動を起こした柳 宗悦が唱えた。使い込むほど美しくなる機能美のこと。
桜製作所の100万円のテーブルを見た同業者の社長に、「この不景気に、こんな商売が続けられるはずがない」と言われた。
「3・11のあと、マーケティングの理論では、富裕層市場は壊滅したといわれていますが、売り上げはそんなに落ちないんです」
去年11月にアルファあなぶきホールで、エコノミストのリチャード・クーと村山昇作(元日銀高松支店長、現iPSアカデミアジャパン社長)が対談した。
「お金が目の前にあると使いたいと思うでしょう。バブルがはじけて日銀が世界で初めて金利ゼロにしたのに、誰もお金を使わない。この現実に世界の経済学者が誰も気付かなかった」
村山さんのこの一言がヒントになった。「市場の縮小とか景気分析とか、これまでの理論では、現実の経済を説明できないのかもしれない」
永見さんは震災後の変化に合点がいった。工業製品が提供してきた機能性や利便性だけではあきたらないものを、人々が求め始めていると実感した。
※リチャード・クー
RichardC.Koo:日本生まれ、米国育ちのエコノミスト。野村総合研究所未来創発センター主席研究員、チーフエコノミスト。
※iPSアカデミアジャパン
京都大学が2008年に設立した事業会社。iPS細胞に関する知財の管理と研究成果を社会に還元するための事業化を担う。
職人は注文主のレベルに合わせて仕事をするという。要求された範囲の働きをすれば日当になるから、らしい。
「施主が目利きの場合は真剣です。例えば彫刻家の流 政之先生のスタジオで仕事をしているとき、よくしくじるんです。腕前以上のことをやろうとしてかえって焦るんですかね」
流スタジオの床張り工事を終えた翌日の朝、電話がかかってきた。「昨夜は水割りを飲みすぎたのか、床がゆがんで見えた。永見君ちょっと来てくれ」。駆けつけてみると微妙にゆがんでいる。普通の人なら気づかない。
「水準器を使うと、ゆがみようがないと思うのは、誤った固定観念です。測定値は真っすぐでも、人の目には曲がって見えるんです」。永見さんはもどかしそうに言った。
「建物は、ねじれやひずみがあるものなんですよ。そのおさまりをどう欺(あざむ)くか、腕のいい職人はそこできれいな仕事をするんです」
建具屋は、敷居と敷居のわずかなゆがみに合わせて、建具をかんなで削る。それで障子やふすまが「スッスッ」と滑って「スッ」と閉まる、という。
「真っすぐ見せるために曲げる。それが『真っすぐにする』という日本語です」。そんな職人技のこつは、教えられて覚えられるものではない。
永見さん夫婦は、一客1万8千円の輪島塗のおわんを愛用している。塗師(ぬし)の赤木明登(あきと)さんが、銀座の桜ショップで個展をした縁で購入した。
3人の子供たちはプラスチックのおわんだったが、よくみそ汁を残した。「赤木さんが倉敷で個展を開いたので、子供たちにも買ってやろうと会場へ行ったら、売り切れていたんです」
入り口に、角 偉三郎(かどいさぶろう)のおわんが三つ置いてあった。「赤木さんは、僕のものよりこっちのほうがいいとすすめるんです」。一客2万3千円、永見さんは思い切って買った。
もともと家庭画報の編集者だった赤木さんは、取材で出会った角さんという漆職人に魅せられて、経験もないのに輪島塗の世界に飛び込んだ人だ。
その日の夕飯から使い始めたが、子供たちはみそ汁を残さなくなった。
※赤木明登
1962年岡山県生まれ。中央大学文学部哲学科卒業後、編集者を経て、88年に輪島へ。輪島塗の下地職人・岡本 進のもとで修業、94年に独立。
※桜ショップ
桜製作所のショールーム
※角 偉三郎
漆工芸家。1940~2005年。「生活の中の漆」を求め、毎日の生活で繰り返し使われ、輝きを増す器の中に漆の本来の姿があると考えた、工芸界の革命児といわれる。
手仕事には工業製品ではなし得ない力がある。そう思う永見さんが、最近共感したことがある。妻・三智子さんの親友の夫、文化人類学者の上田紀行さんが大震災のあと著した「慈悲の怒り」(朝日新聞出版)の問いかけだ。
─これまでの利益を追求する「得の絆」から、人間性の深みを発見し、ともに生かし合う「徳の絆」への転換へ。
「すべての価値に、効率主義を優先する社会システムはおかしいと、上田さんは説いています」
工業製品は、圧倒的な大量生産で利益をもたらして手仕事を駆逐してきた。永見さんは力を込めた。
「多くを作れなくてもいいんです。使うほどに愛着が湧いて、喜びや幸せを感じてもらえる仕事に価値があるんです。手仕事にはその力があるんです」
人々が求める新しい形を、デザイナーや建築家とパートナーを組んで、職人技でつくり出す・・・自分の言葉が、次の言葉を導くように、ためらいながらも、永見さんは雄弁だった。
永見さんは彫刻家・流政之さんの元で、ものづくりの哲学を学んだ。来客の応対や庭掃除、デザインしたり、彫刻の原型づくりを手伝ったりした。
敷地の一画に、二部屋に仕切られたゲストハウスがある。「一部屋に改造する。君がやりたまえ。後はよろしく頼む」。それだけ言って、出かけた流さんは1週間帰ってこない。
分厚いコンクリートの壁を壊さなければいけない。工房は石の仕事場だから道具はある。初めて使う削岩機で壁を壊した。1週間かけて50センチ角ほどの穴が開いた。
帰ってきた流さんは言った。「君は日当にならんな。しょうがないプロを呼ぼう」。スタッフのひとりが、午前中にその壁を全部取り除いた。
「プロがやれば簡単ですよ。壁の上下を水平にダッダッダーとやって、大きなハンマーでドンとたたくと、ストーンと落ちました」。永見さんはこれが仕事だと身をもって体験した。
「経験のない僕にすべて任せてくれる。1週間留守にして、失敗させて、『何をやっているんだ、お前の給料なんか出ないぞ』と叱り飛ばす。流 政之先生は偉大な教育者です」
ものづくりは頭で理解してもダメだ。マニュアルを読んでもプロが教えても、体が覚えない。一つ一つ失敗して、それをプロが簡単にやるのを見て、やっと分かる。
永見さんは「失敗」という偉大な教師から、ものづくりの原点を学んだ。
- 1959年 高松市生まれ
- 1982年 香川大学経済学部卒業
- 1983年 流スタジオに勤務(87年まで)
- 1987年 株式会社桜製作所 入社
- 1996年 代表取締役社長 就任
| 所在地 | 高松市牟礼町大町1132-1 TEL:087-845-2828/FAX:087-845-2829 |
|---|---|
| 設立 | 1948年 |
| 代表者 | 代表取締役 永見宏介 |
| 資本金 | 1000万円 |
| 売り上げ | 2億2000万円(2011年8月期) |
| 従業員数 | 27人 |
| 事業所 | 本社・工場、桜ショップ銀座店、桜ショップ高松店 |
沿革
- 1948年 高松市番町2丁目で高松 顕(初代社長)と建築設計技師の永見眞一(現会長)の2人がサクラ製作所をモダンオリジナル家具の製造をする会社として創業
- 1951年 高松市花園町に移転、株式会社桜製作所の設立登記
- 1958年 香川県庁舎家具工事を手がける。彫刻家・流 政之氏に出会う
- 1963年 流氏が中心となった「讃岐民具連」に参加
- 1964年 ジョージ・ナカシマの指導のもと、木に接する姿勢、木工の理念を学ぶ。この頃、高松市丸亀町にショールーム、現在の牟礼町に工場を移転。ジョージ・ナカシマ家具のライセンス生産が始まる
- 1968年 東京小田急ハルクにて第1回ジョージナカシマ展開催、以降も計8回開催
讃岐民具連の名を冠した「ミングレンシリーズ」の家具を発表 - 1969年 東京国立近代美術館(竹橋)にミングレンIIテーブル、コノイドチェアを納める
- 1978年 イサム・ノグチ 草月会館1階ロビー作品の中の木の仕事を担当
- 1988年 高松市で株式会社セシール本社ビルの内装、家具工事を担当
- 1995年 東京都現代美術館のカウンター、ベンチなどを製作
- 2002年 香川・高松にショールームオープン
- 2004年 東京・銀座にショールーム「GINZA桜SHOP」オープン
- 2008年 創立60周年記念事業として、ジョージ・ナカシマ記念館オープン
「プライムパーソン」は、香川の経済を牽引する企業や香川に拠点を置く企業のトップにスポットを当て、企業理念やその企業に息づく深い歴史、今後の事業展望、また企業のトップパーソン自身の信念なども交え、今をときめく企業の横顔を「人=トップ」を通してお伝えしていきます。
- 第12回かがわ食品ECセミナー&個別相談会
- 事業継続計画(BCP)セミナー
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