2012年2月2日更新
前回は、ビジネスの世界でも「ナッシュ均衡」が実現することを紹介しました。ナッシュ均衡とは、「他のプレイヤがその行動をとり続けている限り、1人だけ行動を変えても自己の得にならない」ことでした。では、こうしたナッシュ均衡は、万能なのでしょうか?実は、重大な弱点があるのです。それぞれのプレイヤが己の利害に良かれと行動した結果がナッシュ均衡になっても、それが全体として良い状態にならないことがあるのです。ただ、その弱点も利用することができます。
ご存知の方も多い「囚人のジレンマ」を例に、今回は考えてみましょう。AとBの2人が共犯で罪を犯し、取り調べを受けています。取調官は、彼らに次の提案をします。「もし、お前ら2人が黙秘したら、2人とも懲役2年にする。だが共犯者が黙秘していてもお前だけが自白したら、お前は刑を1年に減刑してやろう。ただし、共犯者は懲役15年だ。逆に共犯者だけが自白し、お前が黙秘したら共犯者の刑は1年、お前は懲役15年だ。もしお前らが2人とも自白したら、2人とも懲役10年だ」
2人は別々に拘留され、互いに連絡することは許されていません。彼らは黙秘するか、自白するかの決断を迫られています。黙秘と自白のどちらが得になるでしょうか?少し考えてみてください。
結論は、共に自白する方が得になります。というのも、その結果が「ナッシュ均衡」になるからです。
通常、ゲーム理論では相手の出方によって、自己の得になる戦略は変わります。ジャンケンなどはその典型です。しかし、この「囚人のジレンマ」では、相手の出方は関係ありません。仮に共犯者が自白するとすれば、その際、己も自白すれば懲役は10年になり、己が黙秘すれば懲役15年ですから、自白する方が得になるわけです。これに対して、共犯者が黙秘するなら、己が自白すれば懲役1年、己が黙秘すれば懲役2年です。この場合も自白する方が有利になります。そして、2人が共に自白する状況が「ナッシュ均衡」になっています。
共犯者が自白するという行動を変えない限り、己だけが黙秘することに変更しても、懲役10年が懲役15年になるので、自白から黙秘に変えても得にはならないのです。このように、自白によって減刑されることを司法取引と呼びます。
2人揃って黙秘すれば懲役2年で済むのに、2人とも自白して懲役10年になってしまう―囚人にとっては困った状況なので“ジレンマ”と名付けられています。それならば、2人揃って黙秘すれば良さそうなものですが、懲役1年になるという餌につられて共犯者が黙秘している隙に自白してしまうわけです。この囚人のジレンマはナッシュ均衡にあっても、必ずしも全体としてより有利な状態(2人の刑がより軽くなる状態)にならない例として知られています。ただし、取調官は囚人が自白するように誘導することができるので、立場によっては有効な状態といえます。
これは、骨董品の入札にも当てはまります。売り手(先の例では取調官)は少しでも高額で買って欲しい一方、複数の買い手(先の例では囚人たち)は互いに相手より高い金額でありながらも、その中で少しでも安く買いたいという利害が対立した関係にあります。しかも同じような品物が次はいつ取引されるか分からず、入札に参加するメンバーも流動的で相互に協力できません(先の例では囚人が別々に拘留)。このような状況では、出品者(先の取調官)は高額での落札が期待できるわけです。
ところが官庁の土木工事の入札などでは、事情が大きく異なります。土木工事入札では請負価格を入札するので、最低額を提示した業者が落札することになります。しかも骨董品のオークションとは、入札者同士の“関係”が異なることに注意が必要です。「談合」が生じるのも、そこに理由があります。
もう一度、「囚人のジレンマ」を思い出してください。2人の共犯者は互いに示し合わせて黙秘をする方が、共に自白をするより得になります。しかし、彼らは別々に留置されて取り調べを受けるので、「協調行動」を防止されているのです。
これに対して、土木工事入札の参加者は、特別な技術力を持つ会社に限られているので、およそメンバーが固定され、繰り返し類似した利害対立の状況に遭遇します。このため、複数回の入札を通じて互いに貸し借りを調整できるので、その都度、真剣に競争せずとも良いわけです。「今回はお宅に落札させるから、次回はうちがもらう」といった構図ができあがります。
先の「囚人のジレンマ」ゲームでも、同じメンバーで繰り返し行うと、こうした「協調(黙秘)行動」が見られるようになることが知られています。談合を防止するのはたやすいことではなく、発注者である官庁は様々な対策を考えています。
その一つとして、「総合評価落札方式」と呼ばれる入札の仕組みがあります。従来の価格のみによる落札とは異なり、「価格」と「価格以外の要素」(例えば、土木工事の初期性能の維持、施工時の安全性や環境への影響など)を総合的に評価しようというものです。この方式では入札者の工事の力量も評価されるので、談合はやりづらくなると考えられています。




























