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潮流

2014年1月16日更新

神話の中の四国

かつて、島根県の出雲地方に勤務したことから、出雲神話を少々勉強したことがある。神話とは言え、元は、古事記であり出雲国風土記であるが、神話の世界では、イザナギ、イザナミの神様夫婦がこの国を生んだことになっている。最初に生まれたのが、淡路島であり、次が四国である。不思議なことに、神戸とは神の門との意味らしく、本州から見て淡路より先は神の国だったらしい。ということは、何とも神聖な国に勤務させていただいていることになる。

国譲り神話では、スサノオ系の大国主が、天照系の大和朝廷に敗れ、王権を委譲したこととなっている。また、王権のシンボルである草薙の剣は、越(北陸)のヤマタノオロチから、出雲をへて、大和朝廷へと譲り渡されている。何となく、邪馬台国、越国、出雲国、大和朝廷と政権が動いたのかなという感じがしている。

その時の神武東征の目的地は、出雲系のナガスネヒコが君臨した大和の樫原あたりであった。以前勤務した和歌山には、当初生駒山の戦いで敗れた神武天皇が、和歌山に上陸し、名草や熊野の女王と戦い、これを破った古戦場跡が鎮魂の神社として残っていた。最後は、熊野から八咫烏の案内で、大和へと攻め込むのであるが。

さて、天皇が代替わりする際行われる大嘗祭は、天照大神と一体化するためのこの世で最も神聖な儀式であるが、この時着る麁衣(あらたえ)と呼ばれる麻の着物は、古代より、徳島の麻植地方に住む忌部氏が作って献上している。また、6世紀に造営された飛鳥宮は土佐の技術者たちが建立し、飛鳥には、その子孫が住む上土佐、下土佐という町名も残っている。

 神話の話とは別に、実際に東征したと言われる崇神天皇の道案内役を務めたヤマトトトヒモモソ姫を祭神とするのは、讃岐一宮の田村神社である。四国には、神武天皇戦勝祈願の地もあると聞く。

神武東征伝説では、安芸に7年、吉備に8年逗留したとあるが、これは、安芸攻めに7年、吉備攻めに8年かかったとの意味らしい。攻めるなら当然対岸の四国が足場になりそうだ。大阪攻めも、対岸の淡路が足場となっても不思議ではない。ということで、神武東征は、四国拠点説も有力らしい。

何とも話が神話の世界になってしまったが、そんな歴史の魅力あふれる四国が、是非、日本経済もリードする、そんな時代が来てほしいものだ。

四国財務局長 鶴谷 明憲

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讃岐を歩く

まんのう町帆山地区を歩く。夏の季語でもあるひまわりが、町を鮮やかに彩る。花言葉は「あなだたけを見つめる」。暑く感じるのは、君と目が合った僕だけかな。

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