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2014年12月4日更新

ITで一つでも多くの命を救いたい ミトラ 社長 尾形 優子さん

母体の陣痛、胎児の心拍数などの検査データはモバイル通信で電子カルテに送られる=高松市林町のミトラ

産婦人科医専用の電子カルテ開発で、国内シェアの約7割を占めている企業が香川にある。医療ITベンチャー、ミトラ(Medical IT Laboratory)だ。

社長の尾形優子さんは大学、大学院時代に原子核工学を専攻。医療用の多極磁石や高周波リニアック(線形加速器)などを研究するいわゆるリケジョ(理系女子)だった。高松市のソフトウエア会社に勤めていた2000年、四国4県で取り組む経産省の電子カルテ事業に香川の代表企業として参加した。実証実験に加わっていた産婦人科医が言った「出産情報がデータ管理できたら助かるわ」という一言に「ビビッときました」

ほとんど普及していない産科用電子カルテを作る。周囲は無謀と言ったが、直感を信じて2年後、ミトラを立ち上げた。「市場が元々無いので最初は全く売れませんでした」

その先見性と行動力で尾形さんは新たな市場を生み出し、起業から10年余りで海外をも視界に捉えた。

大手も敬遠する産科用電子カルテ

ミトラのヒット商品の一つが産婦人科に特化した周産期電子カルテ「ハローベイビープログラム」だ。妊婦や胎児の診療情報をデータ管理するシステムで、妊婦の血圧、胎児の身長、体重など、診察や検査で得たデータを瞬時にグラフ表示できる。妊婦、胎児双方の状態を見て出産計画を立てることができ、ネットワークで結べば病院間での連携や遠隔医療も可能になる。

「データを見ることで、どうすればいいのかという次の手がすぐ打てます。ドクターも妊婦さんも安心して出産に臨むのを支えるシステムです」

電子カルテと言えば、今でこそよく耳にするが、それでも普及率は全医療施設の15~20%程度。「産科用」に限定すると、ほんの数%と言われている。広まっていないのには理由がある。

産科用カルテには途中で患者番号が増えるという特異な性質がある。加わるのは赤ちゃんの番号だ。ある大学病院には二十数億円の電子カルテシステムが入っているが、産科だけ途中で番号を増やすというプログラムを組むのは技術的に極めて難しいそうだ。また、その2人分のデータを一般的な患者より長い、約10カ月間管理しなければならない。データ量は膨大になる。

さらに、産婦人科医や助産師は診療情報を記録する助産録の提出が法律で決められているが、この助産録、定型の書式がない。「分娩情報を載せなさいよというルールしかないので、何を記載するかは病院独自。つまり電子カルテにすると、病院ごとに項目が違う『完全オーダーメード』になるんです」。それぞれの病院に応じてシステムを組むのには、時間と労力がかかる。プログラミングも複雑で大量生産は難しい。そのため大手も産科用電子カルテには手を出さなかった。「市場が無い」大きな理由の一つだ。

「絶対に必要」と信じて

「ハローベイビープログラム」を開発し、香川や近県の産婦人科に連日営業をかけたが、門前払いが続いた。話を聞いてくれたとしても、「電子カルテって何?」というのがほとんどだった。

「打たれ強いんですね。普通の人だったらあきらめていたんじゃないかと思います。でも知られていないだけ。知ってもらえさえすれば、絶対に必要とされると信じていました」

200の病院を営業回りする目標を立てた。学会など医者が集まる場所もしらみつぶしに訪ね歩いた。

初めて買ってくれたのは、千葉県の亀田総合病院。全国でも有数のIT化に積極的な病院だったが、やはり産科だけは電子カルテが導入できていなかった。ミトラの噂を聞きつけ、担当者が高松まで訪ねて来た。プレゼンを重ね、記念すべき第1号の販売に成功。起業して3年目のことだった。「その時はやった~って。本当にうれしかったです」

評判は、全国の病院や自治体に口コミで広がった。まずは「知ってもらわなければ」と、時には費用を負担してシステムを貸し出した。「完全オーダーメード」の難問には、医師が要望しそうな診察項目を予測し、事前に数万パターンの組み合わせを作成。納品期間を短縮させ、病院ごとのきめ細かなカスタマイズにも対応した。

現在全国で約100カ所の病院や治療院がこのシステムを導入しており、産科用の電子カルテでミトラは国内トップシェアを誇る。尾形さんが信じた「絶対に必要とされる」。間違ってはいなかった。

世界も必要としたシステム

四方を山に囲まれた人口約2万9000人の岩手県遠野市。産婦人科医は一人もおらず、分娩できる医療機関もない。「市が産婦人科医を募集しても来ないので、助産師さんでやろうと助産院を建てたんです」。助産師が妊婦を定期的に診察し、お腹の張りや胎児の心拍数のデータをネットワークで結んだ市外の中核病院に送る。赤ちゃんは元気か、へその緒がからまっていないか、そして、いつ生まれるのか。送られたデータを医師が見て、必要な時だけ妊婦に来院を促す。この仕組みにミトラの遠隔版電子カルテが使われている。

「産婦人科医の数は特にへき地や過疎地で激減しています。遠野市ではこのシステムを入れてから出生率が上がりました」

それでも医療技術の高い日本では、元々異常分娩や、妊婦や胎児の死亡率は高くない。ミトラでは昨年から東南アジアへの展開を始めた。現在タイで7施設、ラオスで3施設。医療レベルや通信網がある程度発達している都市部と、医師不足に悩む山間部をネットワークで結んでいる。「南アフリカからも話が来ています。こういったITが威力を発揮する場所はまだ限られていますが、少しでも役に立てられたらと思っています」

起業後まもなくして、奈良や東京で妊婦の救急車たらい回し事件が起きた。尾形さんは「妊婦さんの状態が分からないから大きな病院へ行ってくれ、となったのではないでしょうか。病院間で連携して患者さんのデータが共有されていたら・・・・・・」と唇をかむ。遠野市がある岩手県は現在、ミトラのネットワークシステムを十数台導入。妊婦の救急搬送中、検査機器からダイレクトにデータが病院に送られ、医師が受け入れの準備を整えている。

自身も出産を経験した。大きな不安は無かったが、「自分に何が起こっているのか分からない状態だった」と当時を振り返る。診察・検査データが管理されることで、医師も助かり、妊婦も安心できる。そして、新たな命が生まれる―。尾形さんはこう話す。「リスクのある出産には速やかに対応し、リスクの低い妊婦さんには出産を楽しんでほしい。このシステムを世界中の人たちに役立ててもらうことで、出産や子育てにもっと優しい世の中になればうれしいですね」

◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮

おがた ゆうこ

  • 大阪府高槻市出身
  • 1981年 京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻
  • 1991年 株式会社ファモス 画像処理部チームリーダー
    経営企画室室長
  • 1997年 株式会社アムロン 常務秘書
    株式会社イノベイト 企画室室長
  • 1998年度 診療所向け電子カルテ開発(経産省事業)に参加
  • 2000年度 四国4県電子カルテネットワーク事業(経産省事業)に参加
  • 2002年 株式会社ミトラ 設立

株式会社 ミトラ Medical IT Laboratory(メディカルITラボ)

住所
高松市林町2217番地15 香川産業頭脳化センター406
TEL:087-869-8288
FAX:087-869-8377
設立 2002年10月10日
資本金 1200万円
事業内容 ネットワークシステムの設計
コンピュータソフトの企画開発及び販売
コンピュータ及びソフトウエアメンテナンス業務
コンサルタント業 他
  • 2004年 周産期電子カルテ「ハローベイビープログラム」リリース
  • 2008年 健康診断結果自動判定システム「メタボリックカルテ」リリース
    遠野保健福祉情報システム「遠野型すこやかネットワーク」が総務大臣賞受賞
  • 2009年 岩手県周産期医療情報ネットワークシステム「いーはとーぶ」が
    u-Japanベストプラクティス2009 u-Japan大賞受賞
    ジャパン・ベンチャー・アワード2009起業家部門 中小企業庁長官表彰

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