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2016年5月5日更新

驚きと感動届けるおかしなお菓子 ツジセイ製菓 社長 辻 清太さん

これまでに企画・製造したお菓子の前で=高松市香川町のツジセイ製菓

「超A級の施設ができるのに、なんで菓子屋にならんのや」。大阪でサラリーマンをしていた頃、愛知県豊橋市で菓子メーカーを経営する妻の父親からけしかけられた。

辻清太さん(58)は1986年、義父からの出資を受け、お土産用の菓子メーカー、ツジセイ製菓を立ち上げた。超A級施設、瀬戸大橋ができる2年前のことだった。「架橋記念で開かれた瀬戸大橋博で、ツジセイ製菓というお菓子屋がスタートしました」

人が集まる場所をターゲットに、くすっと笑えるユニークなお土産を次々にヒットさせてきた。OEM(取引先のブランド名で商品を製造)で受注生産しているため社名は表には出ないが、東京スカイツリー、ハウステンボス、海遊館など国内有数の観光地にはツジセイ製菓で作られたお菓子がずらりと並ぶ。

「驚きと感動を生む"おかし"な会社でありたい」。その信念で会社を一から育ててきた。 来月で創業30年を迎える。節目の年に辻さんは、驚きと感動を生み出す新たな夢を思い描き、チャレンジの一歩目を踏み出そうとしている。

ゼロから企画して作る

「お菓子を売っているんじゃなく、企画を売っている感覚です」

大阪にユニークなお土産がある。ツジセイ製菓が企画した「とらカップぶらさがりトラクッキー」だ。クッキーのトラの前足をカップの縁に引っ掛けると、トラがぶら下がっているように見える。「可愛らしい姿に癒やされる」「コーヒータイムが楽しくなる」と女性を中心に人気が広がった。お客さんがイメージできるよう、カップにトラをぶら下げて店頭に置く商品サンプルの仕掛けも合わせて提案した。

「大事にしているのはインパクトやユニークさです。ひとひねりしたアイデアで『ツジセイのお菓子には何かある』と思われる商品づくりを目指しています」

とらカップぶらさがりトラクッキー

旅行や出張先でお土産として買うお菓子は買った本人が食べるのではなく、家族や友人、仕事仲間に贈るケースが多い。「お土産とは、その場所へ行ってきたと一目で分かる証拠品でなければなりません。私達の商品は見た目のインパクトが強く、味や中身は後からついてくる。お菓子そのものにはあまり期待されていないかも・・・・・・」と辻さんは笑う。

OEM製造と言えば、発注元からの注文通りに商品を作るのが一般的だ。しかし同じOEMでも、企画を練って売り込むところから始まり、顧客と一緒に商品を作り上げていくのがツジセイ製菓のやり方だ。少しでも面白い商品を作ろうと、お笑いの芸能事務所やテレビの放送作家とチームを組むこともある。「発想力を磨く社員研修も取り入れています」

営業マンは車で年間5万キロ、タクシーと同じ位の距離を走り、全国各地の取引先を隈なくフォローする。お客さんがどのような商品を望んでいるか、どんなイベントを計画しているか、情報を素早くキャッチし、新たな商品開発に繋げていく。

「自分達がゼロから企画して、お菓子やパッケージや売り方を決める。そうやって生まれた商品が店頭に並んだ時や売れた時は何事にもかえがたい達成感があります」

テーマパークブームで全国へ

1988年の瀬戸大橋博で初めてのオリジナル商品を作った。3年後にオープンしたレオマワールド(現NEWレオマワールド)で販売した、キャラクターをかたどったウェルカムクッキーは「売れるカムクッキー」と呼ばれるほどの人気商品になった。

創業当時はバブル期のテーマパークブームだった。志摩スペイン村(三重)、呉ポートピアランド(広島)、倉敷チボリ公園(岡山)など全国へ進出したが、「毎日が戦場の様でした」

午前3時に工場の機械のスイッチを入れ、フル稼働でお菓子を作った。一日の作業が終わるのは翌朝2時。「次に機械を動かすまで1時間しかないので、工場に段ボールを敷いて寝ていました。もうフラフラですわ」。お菓子を焼き続け、商品を完成させ、店頭に並べ終わった直後にテーマパークのオープニングパレードが始まったこともあったそうだ。

当時お土産のお菓子と言えば、箱入りで一つ1000円位、袋入りで500円位が一般的だった。バブルが崩壊して景気が冷え込んだ時、辻さんは箱入りを300円で販売した。他社が真似できないやり方で売れるには売れたが、1000円も300円も一つの商品に掛かる手間は同じ。原価まで持っていくには3倍以上の個数を作らなければならなかった。「タイムカードが真っ黒になる位、従業員にも苦労を掛けました」。深夜まで残業していたパートの女性の夫が、「こんな時間まで本当に仕事をしているのか」と工場に怒鳴り込んできたこともあった。「厳しい時期を乗り越えられたことが自信になり、会社の力がついたのかなと思います」。辻さんはしみじみと振り返る。

4代目の使命と責任

2005年の愛知万博では、5社しか採用されない土産物の菓子販売で、200社を超える申し込みの中から選出された。「テーマパークや博覧会での過去の実績が認められたんだと思います」。5社の中では一番小さい会社だったが、期間中、回収やクレームなどのトラブルが一件も無かったのはツジセイ製菓だけだった。

東京スカイツリーでは数ある土産物の中で常に売れ筋トップ5に入り、大阪万博跡地に昨年開業した大型複合施設エキスポシティ内の土産物売り場では、早くもヒット商品を生んでいる。

家業は映画館の興行主だった。曽祖父が創業し、最盛期には香川、愛媛、大阪で20館以上を経営していた。「子どもの頃は映画館の中が遊び場でした。ガラガラだった記憶しかありませんが・・・・・・」。中学3年の時、高松市藤塚町にあった最後の劇場が閉館した。

「父親までは映画館の仕事をしていましたが、私はできていません。今の時代、小さな映画館をやっていくのは非常に難しいと分かっていますが、何らかの形で映画に関わる仕事をすることが4代目としての使命であり、責任だと思っています」。祖父が高松市古馬場町に建てた映画館のオープンが、自身の誕生日と同じ1957年8月だったことにも運命を感じている。

ツジセイ製菓の後継者を育て、新たな分野にもチャレンジする。まだまだやることはたくさんあると辻さんは意気込む。

「人が集まる場所に驚きと感動を届けるというのは、お菓子も映画も共通すると思うんです。地域に貢献できる"おかし"なことをこれからもやっていきたいですね」

かつて高松市中心部にあった映画館

編集長 篠原 正樹

つじ せいた

  • 1957年 高松市出身
  • 1980年 名古屋商科大学商学部 卒業
    大阪東通(現関西東通)入社
  • 1986年 ツジセイ製菓 設立
    代表取締役

ツジセイ製菓 株式会社

住所
高松市香川町川内原1591-1
TEL:087-815-8855
FAX:087-885-0400
地図
創立 1986年6月3日
資本金 4500万円
従業員 100人(パート40人含む)
営業所 大阪、福岡
URL http://www.tsujisei.co.jp/

プライムパーソンとは

海外進出、ニッチトップ、地域に根ざす100年企業・・・
香川には数多くの魅力的な企業があり、その舵を取るリーダーたちもまた、たくさんの魅力にあふれています。
企業、団体、伝統文化など様々な分野の最前線で活躍する人たちの本音に迫ります。

讃岐を歩く

着陸

塩江街道を南へ歩く。鮎滝下の交差点の先に赤い鉄橋のようなものが見えてくる。高松空港の誘導灯だ。見上げると、着陸間近の飛行機。夏の空の下、楽しい旅の始まりや終わりを迎える人をのせているのだろうか。

Photo:T.Nakamura

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