ふるさとに自転車の聖地をつくるぞー!

アイヴエモーション 代表取締役 廣瀬 将人さん

Interview

2010.10.07

すいすい風を切ってペダルを踏むと、住み慣れた街も違って見える。日常性の中に新しい発見をもたらし、心を開放してくれる自転車のとりこになった。

(有)アイヴエモーション代表取締役 廣瀬 将人さん(47)は、世界最高レベルの、軽くて強くてしなやかで美しい、ミニベロをつくる。

「自転車をつくろう!と思い立ったのは、田舎暮らしのおかげです。自由でスローな生活で、やりたいことが分かったんです。感性を研ぎすまして、無我夢中でのめり込みました」

2003年、13年間勤めた東京の都市計画コンサルタント会社を辞めて、実家のさぬき市に帰った。自転車づくりの知識も経験もなかったが、ちゅうちょはなかった。

「自分がわくわくしないと、お客さんが感動してくれる自転車はつくれない」・・・・・・ミニベロですいすい走れば夢心地、ペダルを踏めば気分はいつも少年なのだ。

※(ミニベロ)
フランス語で自転車はVeLo、車輪の小さい自転車のこと。街中走行に適している。

「近未来」と「人馬一体」で、感動をつくる

社名の「アイヴエモーション」には、「I have emotion(アイ・ハブ・エモーション)」、感動を持つという思いが込められている。

ミニベロのブランド名「TYRELL(タイレル)」は、SF映画の傑作「ブレード・ランナー」に登場するアンドロイド(人造人間)製造会社の名前だ。人力で駆動するエコロジカルでシンプルな乗り物、自転車に、近未来を予感させる、新しい価値観を見いだそうと名づけた。

デザインのコンセプトは人馬一体。「これほど乗り物と人のかかわりを的確に表現する言葉はない」と廣瀬さんは言う。

2004年5月会社を設立、翌年、手作りバイクの最高峰「ハンドメイドバイシクルフェア2005」(主催 財団法人 日本自転車普及協会)でいきなり一位を獲得、ミニベロ分野で注目された。美しいデザインと、乗り心地で、多くのファンを獲得した。「初年度は74台で1000万円ちょっとの売り上げです。去年450台で7000万円ほど、今年は700台、9000万円を見込んでいます」。販路は中国、韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシアまで広がった。

ふるさとで夢が生まれた

1989年、千葉大学、大学院環境デザイン学科を修了、東京の都市計画コンサルタント会社に勤めて、片道5kmの距離を自転車で通勤した。

自転車のとりこになって、5万円のマウンテンバイクから50万円のロードバイクまで乗り継いだ。8年後、取締役になったが、仕事や生活の慌ただしさに、求める生き方との隔たりを感じた。会社を辞めた。

廣瀬さんは農家の長男だが、農地は人に貸している。雇用保険と多少の蓄えがあったので、生活に不安は感じなかった。

「雨露をしのげる家も、食べるものもありましたから、地元に帰って2、3カ月は、海外旅行したり、のんびりと時間を過ごしたりしました。そんな超スローな生活環境からTYRELLブランドが生まれました」。39歳だった。独学で一から自転車づくりの勉強を始めた。

※(マウンテンバイク)
街中から悪路まで自由に走れる、用途の広い自転車。

※(ロードバイク)
より早く走るための自転車。レース用から入門用までさまざまな種類がある。

納屋にこもって、フレーム開発

自転車業界は分業構造だ。自社製のフレームに部品メーカーの製品を組み合わせて、自社ブランドの自転車をつくる。

廣瀬さんは、一日中納屋にこもった。寝るのも納屋だ。「TYRELLブランドの独自性をデザインで表現する」「軽さと強度のバランスを高いレベルにする」を徹底して追求したという。アイデアがデザインになった。デザインがさらに新たな創造を呼び起こした。何百枚も図面を描いて模型を作った。寝る間も惜しんで、フレームの開発に没頭した。

世界最高を求めて妥協はしなかった。分からないことは、パイプや金属の加工業者に電話やメールで聞いた。「自転車おたくといわれるほど、のめりこみました。疑問がとけてくると、ますます夢中になって、時間と能力のすべてを注ぎました」

台湾が自転車業界の製造拠点だと分かって、図面やデータを送ったら、数社から連絡があった。「相手が外国人でも共通の言語は図面です。僕の感性を受け止めてくれて、一緒にやろうと応援してくれる会社と巡り合えました」

2004年2月、試作車1号が完成した。うれしくて夜中の田舎道を走った。

高性能ミニベロの市場を開拓

自転車の先進国は欧米だ。ロードバイクは有名ブランドの競争が激しい。ミニベロは”ママチャリ“扱いで、ドイツとイギリス等のブランドが日本でも売られていたが、市場は未開拓だった。

「世界最高レベルの自転車をつくるのは至難の業です。何百種類もの部品を、試行錯誤しながら組み合わせました」。街乗りからツーリングまで楽しめるTYRELLブランドのミニベロが、都市部を中心に初心者から愛好家まで、幅広いユーザー層を開拓した。

次の目標は、自転車をスポーツや趣味として楽しむ欧米で認められることだ。

※(ママチャリ)
婦人用ミニサイクルの俗称。

壁は資金調達

創業に伴う手続きや製品化、マーケティングはコンサルタント時代の経験が役に立った。「創業資金は国民生活金融公庫から500万円の融資を受けて、自己資金600万円と、親から借りた300万円でスタートしました」

最大の壁は運転資金で、コストが一番かかるのは原材料費だ。「売掛金の回収と材料費支払いのタイミングがずれてピンチになりました。先祖が残してくれた土地を担保に、地元銀行から安い金利で借り入れができました」

創業で支えになってくれたのが「かがわ産業支援財団」だった。「ファンド事業や支援事業などに応募して、500万円ほど支援を受けました。申請には、プレゼンテーション能力が試されますから、いろいろ助言をしてもらって、事業計画が精密化できました」

※(かがわ産業支援財団)
理事長 中山貢。
高松市林町2217-15 TEL:087-840-0348

※(ファンド事業や支援事業)
2006年香川県創業ベンチャースタートアップ支援事業、07年香川県県外見本市出店支援事業、07年香川県かがわ中小企業応援ファンド事業、08年香川県県外見本市出店支援事業、09年香川県かがわ中小企業応援ファンド事業。

自転車の聖地

廣瀬さんには大きな夢がある。「地元の海の見える高台に自転車工房を建てたい。そこにはショールームもあるし、工房では、サイクリストがこだわりの自転車をスタッフと一緒につくっている・・・・・・」。廣瀬さんは、その工房が、国内外のサイクリストが訪れる自転車の聖地となることを夢見ている。

取材当日、山口市から中年の男性がやって来た。TYRELLの折りたたみ式ミニベロをJRで高松まで持参して、およそ15km、さぬき市の自転車工房まで走って来たのだという。

乗ってきたミニベロに、油を差したり、ねじを締めたり、2人のスタッフと話が弾む。その2人、鎌倉さん(40)と加藤さん(26)も、廣瀬さんの元で自転車づくりをしたいと、高知と名古屋からやってきたのだ。

自転車に、「スポーツ・健康・エコロジー」の追い風が吹く。夢の工房は実現するだろう。

ミニベロですいすい走れば夢心地、ペダルを踏めば気分はいつも少年・・・・・・広瀬さんは微笑む。

外国人との仕事は面白い

廣瀬さんは、外国人と仕事をするのが好きだ。「日本人との取引にない新鮮な驚きがあるんです。日本でフレームをつくっていたら、いまのように面白くなっていないでしょう、意気込みも違っていたと思います」

2003年3月、世界最大の自転車業界のイベント、「台北国際サイクルショー」で、3社のブースを訪ねた。フレーム開発の問い合わせに応じてくれた会社だ。

「外国とのビジネス経験もないし言葉も不自由なのに、考えていること、やろうとしていることが、パッとわかる瞬間があったんです。その会社が、TYRELLを支えてくれています」

国内でミニベロを売り出して、1年後に香港の自転車輸入商社から引き合いがあった。「いまアジアの人は『日本ウオッチ』が盛んで、文化や衣、食、住の情報を集めています」。インターネットで、さぬき市から海外へ、ビジネスチャンスが広がったことに、いちばん驚いたのは廣瀬さん自身だった。

廣瀬 将人|ひろせ まさと

略歴
1963年 さぬき市寒川町生まれ
1989年 千葉大学大学院環境デザイン学科修了
    都市計画コンサルタント会社「計画技術研究所」入所
1997年 同社取締役就任
2003年 同社を退社
2004年 (有)アイヴエモーション設立 代表取締役就任
◎資格/技術士 建設部門(都市及び地方計画)
◎執筆/環境都市のデザイン(ぎょうせい:共著)
都市と高齢者(大成出版:共著)
◎委員・活動等/高松丸亀町商店街タウンマネジメントプログラム策定委員 2005年/香川の自転車利用を考える懇談会(国交省四国地方整備局)委員 2007年/国の道路政策中期計画策定(国交省四国地方整備局)専門家 2007年/自転車利用推進協議会(香川県、高松市)委員 2008年

アイヴエモーション

住所
香川県さぬき市寒川町石田東1000-3
代表電話番号
0879-43-0075
設立
2004年
社員数
5人
事業内容
自転車・同部分品製造業
沿革
2004年 5月 有限会社アイヴエモーション設立
2005年 2月 TYRELL商標、スラントデザイン意匠登録
2005年 3月 「ハンドメイドバイシクルフェア2005」(財)日本自転車普及協会
「サイクリング・シティバイク部門」第一位受賞
2005年 5月 SZ、PKZ、PK1販売開始
2006年 6月 香川県創業ベンチャースタートアップ支援事業の採択
2006年 11月 香港・中国へ販売開始
2007年 3月 韓国へ販売開始
2007年 4月 香川県 県外見本市出展支援事業の採択
2007年 8月 台湾へ販売開始
2007年 12月 香川県かがわ中小企業応援ファンド事業の採択
2008年 4月 香川県 県外見本市出展支援事業の採択
2008年 7月 香川県経営革新計画の認定
2008年 8月 シンガポール、マレーシア、インドネシアへ販売開始
2009年 4月 香川県かがわ中小企業応援ファンド事業(経営支援革新事業)の採択
URL
http://www.tyrellbike.com
確認日
2010.10.07

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