生きざま問いつつ在宅専門の診療所

敬二郎クリニック 院長 三宅 敬二郎さん

Interview

2013.03.07

南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ」(宮沢賢治「雨ニモマケズ」の一節、旧仮名遣いは原典のまま)。賢治の生き方のように、最期を迎える患者の自宅に出向き、24時間365日支える医師がいる。

三宅敬二郎さん(57)は、在宅診療「敬二郎クリニック」の院長。もともと医師は1人だった。患者数が300人余りになり、去年9月に脳外科医と今年1月に内科医が加わってようやく3人態勢になった。

兄が理事長をしている三宅医学研究所付属病院に勤め、ある患者との出会いをきっかけに家庭で療養する在宅診療に関わった。多くの終末期や重い病で自宅療養する患者、家族の苦しみ、悲しみ、疲れに真正面から向き合い、自分自身に自らの生きざまを問うて、6年前、在宅専門の診療所を開いた。

「お母さん、良かったね」

▲「在宅診療 敬二郎クリニック」のロゴが書かれた愛車とともに。後ろは三宅敬二郎さんの診療所兼自宅

▲「在宅診療 敬二郎クリニック」のロゴが書かれた愛車とともに。後ろは三宅敬二郎さんの診療所兼自宅

89歳のおばあさんが老衰で亡くなった。老人施設に入っていたが具合が悪くなり、病院で老衰と診断されて入院を断られた。2週間前に在宅診療を始めたばかりだった。

朝6時ごろ、娘さんから「痰(たん)がからんだ」と電話があり、往診したところ、数分後に亡くなった。

「娘さんは『先生に看取っていただいて、お母さん良かったね』とご遺体に話しかけていました」

入院患者の死は、命を救えなかったという敗北感がある。在宅での最期は家族にも医師にも、最後までやりとげた満足感がある。

「家族に涙はありますが、時にはガッツポーズをすることさえあります」

終末期患者の家族を支え

患者の多くは、病院でもう治療することがない、といわれて、家族のもとに帰った終末期の人や高齢者だ。痛みや不眠、便秘や吐き気や出血などに対する医学的処置のほかに、在宅診療だからこそやることが山ほどある。

病院から紹介を受けた、ある乳がん患者は、痛み・出血・臭いに悩まされて、半年も外出していなかった。

「もし症状が改善したら、何がしたいですか」と尋ねた。「外出してお寿司が食べたい、回転寿司でよいから自分で注文して食べたい」と答えた。

病院は治療(キュア:cure)主体だが、在宅診療が目指すのは生活支援(ケア:care)だ。痛みや出血などに対する症状緩和だけでなく、患者や家族の気持ちを癒やし、心を支える。

外科医から在宅医へ

「病院で人生を終わりたくない。家に帰りたい。週に1回でよいから往診してもらえませんか」

付属病院の外科医だったとき、胃に外から直接栄養剤などを入れる胃瘻(いろう)患者の訴えが在宅診療の始まりだった。

一般診療のかたわら在宅診療していたが、在宅患者が増えて、思うように時間が取れなくなった。在宅専門の診療所が必要だ、と肌で感じた。

祖父や父が見守っている

50歳間近になって、外科医として眼の衰えもあった。地元に同じレベルの外科医はほかにもいるが在宅専門の医師はいない。在宅を1人でやっている医師が全国に何人かいた。診療所の設立が無謀だ、とは思わなかった。外科医だった亡き祖父や父が見守ってくれる、と思った。2007年、在宅診療敬二郎クリニックを開院した。

「死を迎えた人が感謝」の関係

「外科医の仕事は、設計図通り正確にものづくりする作業に似ていて、器用な医師なら100例も手術をこなすとある程度のレベルになれます」

在宅診療の仕事は、家庭環境や人生観も宗教感も一人ひとり違う、個々の患者に向き合うことだ。

「突き詰めると、医師にとって最悪の結果、すなわち死を迎えた人が感謝してくれる関係になることです」

患者との関わり方は、外科医と在宅医で雲泥の差があった。

4つの痛み緩和ケア

がん患者の苦痛をやわらげる緩和ケアでは、痛みを身体的な痛み、精神的な痛み、社会的な痛み、スピリチュアルな痛みの4つに分類している。スピリチュアルな痛みは日本語に訳しにくい。宗教的または哲学的な人間存在の根源にかかわる深い苦しみのことを指す。

「在宅療養中、患者さんが病状の悪化や家族への遠慮から、家にいたいけど入院すると言ったり、ご家族がもう無理だと諦めたり、時には親子や夫婦などの家族関係が壊れそうになることもあります」

患者の話をひたすら聞き続ける傾聴(けいちょう)や、ケアの経験をアドバイスすることで、精神的な痛みやスピリチュアルな痛みを緩和させて、折れそうな患者と家族をもう1回立ち上がらせる。もっとも対処が難しい、しかし、やりがいのある在宅医の仕事は家族関係の再構築だ。

❝幸せホルモン❞出る仕事

▲診療に向かう愛車のトランクには診察と治療の7つ道具を常備

▲診療に向かう愛車のトランクには診察と治療の7つ道具を常備

24時間、日曜も祭日もゴールデンウイークも年末年始も、呼ばれると駆けつける。脳裏に、夜中に起こされて自転車で往診に行く、町医者だった父の姿がある。

数年前に読んだ村上龍の「無趣味のすすめ」にあった「真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感をともなった作業の中にあり」に共感した。

「終末期の患者さんやご家族に感謝されると、ドーパミンやエンドルフィンのような幸せホルモンが出るのかもしれません」。在宅診療の深層心理に潜む昂揚(こうよう)感を明かす。

香川県内に在宅専門の診療所は、ほかにない。重い病気を抱え最期を家族と迎えたい高齢者や障害を抱えた人は、これから増え続ける。

◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮

三宅 敬二郎 | みやけ けいじろう

1956年 高松市生まれ
1980年 福岡大学医学部卒業
    岡山大学医学部付属病院他関連病院勤務
1989年 博士号取得
1990年 (財)三宅医学研究所付属病院勤務
2007年 在宅診療敬二郎クリニック開院
資格、専門
日本外科学会専門医、指導医
日本消化器外科認定医
日本医師会認定産業医
ICD(感染制御専門医)
禁煙指導専門医
所属学会
日本外科学会
緩和医療学会
日本在宅医療学会
日本ペインクリニック学会
日本消化器外科学会
日本東洋医学会
日本内視鏡外科学会 他
写真
三宅 敬二郎 | みやけ けいじろう

医療法人社団 慈風会 在宅診療 敬二郎クリニック

所在地
高松市番町5丁目6-26
TEL:087-812-3109
FAX:087-812-3106
診療費
75歳以上 3割 約24,000円 44,400円 高額医療費・ 高額療養費 より返還あり
1割 約8,000円 12,000円
70歳以上 3割 約24,000円 44,400円
1割 約8,000円 12,000円
70歳未満 3割 約24,000円 *44,400円
標準負担額は月4回訪問及び24時間対応に対する1カ月あたりの負担金額。
負担額は訪問診療のみの計算。処置や点滴注射などは負担額を加算する。 薬剤費は別途。
*80,100円+(医療費−26,700円)×1%だが、4回目以降は44,400円で、所得により自己負担の変動あり。
敬二郎クリニック受診相談 3つの窓口
総合病院の地域連携室(地域医療室)
現在入院もしくは通院中の場合は、地域連携室(地域医療室)に相談。

担当医、ケアマネジャー
かかりつけ医や担当のケアマネジャーに相談。

敬二郎クリニック
かかりつけ医もなく、介護保険もない場合は敬二郎クリニックに相談。
確認日
2018.01.04

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