文庫版 惹句術 映画のこころ

著:関根忠郎、山田宏一、山根貞男/ワイズ出版

column

2023.01.05

2022年を振り返ると、ロシアによるウクライナ侵攻、安倍元総理の狙撃事件、統一教会の問題、前年に引き続きのコロナ禍などがおきて、サッカーワールドカップでの日本代表の奮闘こそありましたが、とてもいい年とは言えませんでした。正月から面白くない話も嫌なので映画の本を紹介してみます。一昔前は盆と正月は寅さん、もう少し前は裕次郎や旭、もうひとつ前になると橋蔵と錦之助、古すぎるかも知れませんが、もっと前は千恵蔵と右太衛門の映画を観に行くと相場が決まっていました。

ところで惹句術というタイトルはあまりなじみがないし、聞いたこともない言葉かなと思います。現在は映画の情報はネットをはじめ、いろんなものがあります。でもかつては町なかに貼られたポスターが大きな情報源でした。駅や電柱、風呂屋などいたるところに貼られており、そこには主演俳優の見せ場の姿と共に観る人の心を惹く名文句、つまり惹句が書かれていました。

著者の関根忠郎は東映専属の惹句師です。その関根忠郎に、もうこれ以上の適任はいないと思われる山田宏一と山根貞男の二人が話を聞いて映画談議に花を咲かせます。その話はいつしか本格的な映画論になって、この本は映画百年の夢が様々に詰め込まれ息づいている、惹句によるもう一つの映画史になっています。いわば元祖コピーライターの日本映画史です。

読み進めると、無性に町なかに貼られた映画のポスターが懐かしくなってきてしまいます。いつの間にか環境美化の名の下に、町なかから映画のポスターは締め出されてしまいました。アカ抜けしないものだったとは思いますが、著者は情報化時代の今、人々の映画に対する姿勢が大きく変わってしまい、映画を見るという意識そのものが近代化され、都会化されてしまって、ドロ臭さを捨て去った替わりに、映画そのものに対する直接的な親しみが薄らいできたと言います。ポスターが巷に氾濫していた時代は「映画」が街中を歩いたと表現します。そしてそのドロ臭い感じ、巷のにおいが実際に今でも、映画館で映画をみる現役の観客の感性の中にも、もちろん生き続けているはずだと言います。映画に対する愛情があふれています。最後に一つだけこの本に注文しますと、文庫のサイズではさすがに惹句の入ったポスターの魅力が半減してしまいます。

山下 郁夫

宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

坂出市出身。約40年書籍の販売に携わってきた、
宮脇書店グループの中で誰よりも本を知るカリスマ店長が
珠玉の一冊をご紹介します。
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宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

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