考えて、楽しむ 小豆島野球で甲子園へ

小豆島高校野球部 監督 杉吉 勇輝さん

Interview

2016.03.17

島が歓喜に沸いた。1月29日、第88回選抜高校野球大会に、小豆島高校が21世紀枠で選出された。「センバツ、決まったぞ!」。杉吉勇輝監督(32)は、選手やお祝いに駆けつけた島民を前に高く拳を突き上げ、喜びを爆発させた。

丸亀高校での現役時代は、俊足巧打の不動のトップバッターだった。左打席からヒットを量産する姿は「讃岐のイチロー」とも呼ばれ、春夏2度の甲子園も経験した。しかし、「甲子園は苦い思い出しかありません」

三井住友銀行に就職したが、「香川の高校野球を変えたい」と脱サラし、高校教師になった。モットーは「エンジョイ・ベースボール」。中学、高校、大学時代に学んだそれぞれの野球を融合させ、これまでに無い新たな高校野球のスタイルを追求してきた。

「こんな野球があるのかと、全国であっと言わせたいですね」

初戦の相手は同じく21世紀枠で選ばれた釜石(岩手)に決まり、樋本尚也主将は抽選で選手宣誓を引き当てた。小豆島で生まれ育った17人の部員達と挑む春のセンバツは、3月20日に幕を開ける。

自主性育てる「ボトムアップ」

「面白いんですよ。『考えて野球をやる』というのは。僕はそれを選手達に伝えてあげたい」

杉吉さんは練習中、ほとんど口を挟まない。プレーについての解説はするが、「じゃあどうすればいいのか」という答えは言わない。「自分で答えを導き出す楽しさを奪いたくないんです」

技術が向上して試合にも勝てば、選手達はもちろんうれしい。しかし、監督にあれこれ言われて得た成果は所詮、監督の手柄だ。それよりも、自分で目標を立てて、そこに向かって努力する。考えて工夫して、自分の手でつかみとった時の喜びは何事にも代えがたいと杉吉さんは力を込める。

そのために取り入れているのが、選手の自主性を重んじる「ボトムアップ理論」だ。監督にやらされる「トップダウン」ではなく、選手達が練習メニューを考え、ノックも自分達で打つ。ミーティングも試合の戦略を練るのも選手が主導。杉吉さんはそばで見守っているだけだ。「選手が自分から動くことが増え、指示待ちがめちゃめちゃ減りました」

例えば「ランナー1塁」の練習では、盗塁をアウトにしたいのか、送りバントに備えるのか、外野手は長打を警戒するのか・・・・・・様々な場面を考える。「どんな意識でどんな練習をすればどんな効果があるのか。漫然とやるのではなく決めてやる。それで練習の濃さは全く違ってきます」

ボトムアップを取り入れてまだ1年程だが、「この前のノックは20分やって間延びしたので、きょうは15分でやります」「走塁の練習ではリードを広めに取って、足の遅い選手も速く見えるようにしてみます」……次々と選手からアイデアが出るようになった。「いつもグラウンドへ行くのが楽しみなんです。きょうはどんな面白い練習をするんだろうって」。杉吉さんは目を細める。
センバツ出場決定を喜ぶ杉吉監督と選手たち=1月29日、小豆島高校  練習メニューは選手達が考える=四国Cスタ丸亀

センバツ出場決定を喜ぶ杉吉監督と選手たち=1月29日、小豆島高校

練習メニューは選手達が考える=四国Cスタ丸亀

「これが考える野球なんだ」

考える野球。その原点は、杉吉さんの高校時代にある。3年夏の香川県大会準決勝で象徴的なシーンがあった。

同点の9回裏無死2塁、サヨナラ負けのピンチだった。敬遠や送りバントで一死満塁となり、打席には9番バッター。スクイズを見抜き、ピッチャーは外角に速い球を投げた。打球は強く転がりホームゲッツーが成立。ピンチを脱し延長戦で勝利した。

試合後のインタビューで当時監督だった搆口秀敏さん(現坂出高校野球部顧問)は、9回裏の守りについてこう言った。「練習通りです」。この言葉を聞いた瞬間、「これが考える野球なんだ」。杉吉さんは、はっとしたと振り返る。

あの場面、僕達は打順やボールカウントを見て、このバッターは敬遠しよう、ここでピッチドアウト(投手がストライクゾーンを外して投げること)しよう、スクイズのシフトを敷こうと自分達で判断した。ベンチからの指示は一切無かったんです」

搆口さんには「考える野球」を徹底的にたたき込まれた。弱者が強者を倒すためには何が必要なのか。点差や状況、試合展開で監督は何を考えるのか。チームでの自分の役割は何なのか・・・・・・。

「搆口先生の『練習通り』という言葉には、選手は練習の時から自分達で考えて、きちんと理解して動いていますよ、という意味が込められていたんだと思います」

杉吉さんは高校卒業後、慶應義塾大学に進み、二塁手のレギュラーとして東京六大学のリーグ優勝も経験した。同世代には、阪神の鳥谷敬選手、メジャーリーグで活躍する青木宣親選手(ともに早稲田大)らがいた。トップレベルの野球に触れ、「アスリートとしての真剣さやストイックさ。考えて、さらに突き詰めてやることが大事なんだと学びました」

高校時代の考える野球に、大学時代の突き詰める野球の要素を取り入れる。杉吉さんが目指す高校野球像だ。

楽しむことは難しい

大学卒業後、三井住友銀行に入った。仕事は面白かった。だが、ある時ふと思った。「この場所に僕の代わりはごまんといる。自分らしくいられる本当の居場所は高校野球の監督なんじゃないだろうか」。銀行を1年で辞め、大学に入り直して教員免許を取得。2009年、地歴公民の教諭として小豆島高校に赴任した。

監督就任7年目で秋の県大会を制し、小豆島勢として初めての甲子園をつかんだ。「選手達には、島の皆さんと一緒に目一杯楽しんでほしいですね」。そして、こう続ける。「でも、楽しむためには余程の準備をしなければならない。僕がそうでした。準備しているつもりでも出来ていなかった・・・・・・」

高校時代に出場した2000年のセンバツでは、初戦で智弁和歌山に8対20で大敗した。今も大会記録として残る1試合で41本もの安打が飛び交う乱打戦だったが、杉吉さんは6打数ノーヒットに終わった。連続出場した3年夏の甲子園では、栃木の宇都宮学園(現文星芸大付)と対戦。二塁手だった杉吉さんは初回、失点に繋がるエラーをしてしまう。「ゴロを捕ったと思ったらはじいていて・・・・・・そこからの記憶が無いんです。気がついたらベンチの前に立っていて、相手校の校歌が流れていました」。甲子園を楽しむことが出来なかった。選手達には、「楽しむことは難しい」ということも学んでほしいと杉吉さんは話す。

センバツ出場が決まってすぐ、恩師の搆口さんに連絡した。「おめでとうって喜んでくれました」。そして、こうも言われた。「これがゴールじゃない。スタートだぞ」

もう一人の恩師がいる。綾歌中学時代の監督で、現高松商野球部監督の長尾健司さんだ。「野球ってこんなに楽しいんだと教えてくれたのが長尾先生でした。長尾先生も丸亀高校OBで搆口先生の教え子。『君も搆口先生のもとで甲子園を目指してみたら?』と言ってもらったんです」。高松商も今回のセンバツに出場する。「ぜひ甲子園で対戦したいですね」

考えて、突き詰めて、楽しむ「エンジョイ・ベースボール」を大舞台で実践する。どんな野球を見せてくれるのだろうか。

「どうせ勝てないだろうと思われているチームが、試合が進むにつれて『あれ?こいつら何か違うぞ』となっていく。のんびり見ていた人も次第に惹き込まれ、球場全体が沸き上がる。そんな試合が出来ればいいですね」

杉吉 勇輝 | すぎよし ゆうき

1983年 丸亀市出身
2001年 丸亀高校 卒業
2005年 慶應義塾大学商学部商学科 卒業
    三井住友銀行 入行
2007年 香川丸亀養護学校
2008年 香川中央高校 野球部副部長
2009年 小豆島高校 野球部監督
写真
杉吉 勇輝 | すぎよし ゆうき

香川県立小豆島高校 野球部

住所
小豆郡小豆島町草壁本町57
創部
1925年
部員
17人/マネジャー 2人
2012年 春季香川県大会 優勝
2015年 秋季香川県大会 優勝
2016年 第88回選抜高校野球大会 21世紀枠で選出
確認日
2018.01.04

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