誰も思いつかなかった…… 靴の片方販売! ~思いやりが高齢者市場をひらく~

徳武産業 代表取締役社長 十河 孝男さん

Interview

2011.02.03

「この足に合う靴はありませんか」。お年寄りのむくんだ右足は24センチ、やせた左足は22センチだった・・・・・・左右のサイズが違うため、片方の靴に詰め物をして履く。それが高齢者のつまずきや転倒事故につながっている。

世界に例をみない速度で人口減と高齢化が進行する日本。徳武産業社長、十河孝男さん(63)は、高齢者用靴のニーズとシニア市場の動向を見据えた。

専門家や業界から非常識で無謀といわれたが、靴の左右別サイズや片方販売に踏み切った。脱ぎ履き簡単、軽くて手洗い出来る、つま先に角度を付けたつまずきにくい靴も開発した。

1995年、ケアシューズ「あゆみ」を開発。年間65万足。今年3月には累計500万足を売り上げる徳武産業は、高齢者用靴のトップ企業に成長した。

本当のニーズ

旅行用のスリッパやバレーシューズ、室内用ルームシューズなどの製造をしていた十河孝男さんは、1993年、友人で特別養護老人ホームの園長から、高齢者用靴の製造を頼まれた。「室内の段差をなくしても転倒事故が絶えない。原因は靴にあるようだ」というのだ。

転倒事故と靴の関係を指摘されたのは初めてだった。思いがけないことだった。2年かけて約500人から歩行の悩みを聞いた。出回っていたリハビリ用の靴と、高齢者が求めているものに大きなギャップがあった。

「かかとをしっかりサポートして、軽い。明るい色で、値段は安い」というものだった。「お年寄りはつま先から着地して歩くことが多い。靴に適当な反り返りがあれば転倒を防げる」とも気づいた。十河さんが、本当のニーズとケアの必要性に目覚めた瞬間だった。

「お年寄りの生活や歩行をきちっと研究して、日本一の靴を開発しよう」。十河さんがアイデアを、妻のヒロ子さん(61・現専務)が試作して、二人三脚で「あゆみ」を開発した。

片方だけを売る

足が不自由な高齢者は、どちらかの足に体重が余計にかかる。だから片方の靴が先に傷むことが多い。靴の片方だけを売ろうと思いついた。

「3千社ある靴メーカーの、どこもそんなことを考えたこともやったこともない。悪いことを言わないからやめろ」。専門家や業界から非常識で無謀だと忠告された。

「左右サイズ違いの靴が欲しいという人はいましたが、片方だけを売ってという人はいませんでした。でもモノを大切にするお年寄りの気持ちに応えたかったんです」

左右のどちらがよく売れるか分からない。でも右が売れ残ったら左を増産すればいいと踏み切った。

昨年度の売り上げの約10%が片方販売だ。高齢者の足の悩みに細やかに対応する徳武産業の、誰も考えない「非常識」は、確かな成功戦略だったのだ。

パーツオーダーシステム

2001年、股関節の手術や足の腫れで、思うように歩けない高齢者を支えるために、特注品「パーツオーダーシステム」を開発した。

左右の脚長差で歩きづらい人も、靴底の高さを調節すればいい。車椅子の人は、ゴム底にすれば足こぎが楽になる。スパイク付きなら寒冷地の雪道や凍結路面ですべりにくい。既製サイズが合わないなら、靴の長さもはばも、履き脱ぎ用ベルトの長さも特注できる。ベルトは、利き手によって左右どちらからでも外せる。

足首をしっかり固定する二重ベルト仕様もある。ベルトの端に取っ手を付けたら、指先が不自由でも開閉が簡単になった。需要の多い幅広靴は、普通品より3.6センチ広い9Eまでを定番商品にした。

手書きのカード

「あゆみ」を履く高齢者へ、社員が手書きした「真心はがき」を送る。誕生日に、メッセージカードとタオルや巾着(きんちゃく)などのプレゼントも贈っている。

「長い老人ホームの生活で、家族の訪問回数が減って寂しい思いをしているお年寄りを、子どもや孫にはなれませんが、お慰めしたいんです」

思いがけないことが起きた。カードを書いた社員に「身内より温かい心遣いがうれしい」と礼状が届き始めた。「誕生日前に亡くなったので愛用の靴を柩(ひつぎ)に入れました。天国であゆみの靴をはいています」という家族の便りもあった。

「もっとお年寄りのニーズを知ろうとアンケートはがきを一緒に入れたら、赤色の靴も欲しい、こんな機能もつけてと、どんどんはがきが戻ってきました」

「あゆみ」は、きめ細かなケア機能とつくり手の思いやりで、高齢者の足と心を支えている。

※誕生日プレゼント
購入日から2年間に限定。

念ずれば花ひらく

1994年から翌年にかけて、好調だった室内用ルームシューズが目標の半分しか売れなかった。「大手通販会社と我々の考え方がうまくかみ合わず、初めて赤字を出したんです」。ボーナスも払えず昇給も出来なかった。会社に将来を託していた若者たちが次々去った。

「つらかったですね。経営には『まさかの坂』があるということ、赤字が若者たちの将来さえつぶす罪悪だということを、思い知らされました」

一社に販売を頼りすぎたミスだった。失敗は「あゆみ」の展開に活かされた。販売経路を多様化して取引先は現在千社以上になっている。2004年5月、座右の銘「念ずれば花ひらく」を刻んだ石碑を建てた。「発売から8年後、問屋さんやいろんな方から、日本一になりましたねと言われました。社員や自分へのご褒美として、坂村真民(さかむら しんみん)先生に書いていただきました」。十河さんは石碑を毎朝見て、初心に帰るという。

※坂村真民
1909年~2006年。癒やしの詩人といわれる。「念ずれば花ひらく」は多くの人に共感を呼び、詩碑は全国、さらに外国にまで建てられている。

シニア市場を開拓する

65歳以上の人口は2944万人で、人口に占める割合は23.1%と過去最高を更新した。高齢者用靴の市場に大手企業が参入してきた。ホームセンターやドラッグストア、大手量販店も販売し始めた。

十河さんは、元気なのに思わぬところでつまずく団塊世代の足元に目を向けた。

「コンセプトは『あゆみ』と同じですが、シニアのおしゃれ心にフィットするデザインで、手頃な値段のセカンドブランドが必要なんです。中国に靴工場を持つ企業と連携して、今年の夏ごろ製品を出す予定です」

十河さんは5年後に売り上げ22億5千万円、経常利益2億5千万円、販売数110万足を達成して、次の世代に社長を譲ると決めている。

「人生最後の靴をつくる使命の重さをしみじみ感じます」・・・・・・十河さんの勲章は、高齢者から届いた数多くの「ありがとう」のはがきだ。

※65歳以上の人口
総務省発表の2010年9月現在の推計人口

掃除の効用

徳武産業はさぬき市の田んぼの中にある。工場や倉庫の周囲は植栽されて、美しい景観が保たれている。

社員は、1カ月に1回1時間早く出勤して担当範囲を、2カ月に1回勤務時間内に会社周辺の道路や用水路、近くの「みろく公園」を全員で掃除する。

「社屋で畑の日当たりが悪くなりますし、50人近い社員や運送用トラックの出入りで、地域に迷惑をかけているんです。掃除すれば自分自身も、地域の人も気持ちが良いじゃないですか」

掃除は人間修行だという。「新入社員は、掃除をいやいやするでしょう。でも掃除するときれいになります。自然に態度が変わって真剣になります」。石碑の近くに設けられた収納場所に、掃除道具が整然と並べられている。

十河 孝男 | そごう たかお

1947年 三木町生まれ
1966年 香川県立志度商業高等学校(現:志度高校) 卒業
    香川相互銀行(現:香川銀行) 入行
1971年 縫製メーカー入社、韓国工場勤務
1984年 徳武産業入社、急逝した義父の後を継いで社長に就任、
現在に至る
写真
十河 孝男 | そごう たかお

徳武産業株式会社

住所
香川県さぬき市大川町富田西
代表電話番号
0879-43-2167
設立
1957年
事業内容
シルバーシューズ(高齢者シューズ)、ユニバーサルシューズ、リハビリシューズ、トラベルスリッパ、ルームシューズ
資本金
1000万円
代表取締役
十河 孝男
社員数
50人
売上高
13億8千万円(2010年7月期)
会社設立
1966年
主な製品
ケアシューズ(高齢者シューズ)
リハビリ・介護用シューズ
トラベルスリッパ
ルームシューズ
地図
URL
http://www.tokutake.co.jp/
確認日
2018.01.04

記事一覧

おすすめ記事

メールマガジン登録
メールマガジン登録
ビジネス香川Facebookページ