香川の製粉業最大手、吉原食糧(株)代表取締役社長吉原良一さん(52)は、(株)東芝を辞め、家業の製粉会社に入社した27年前を振り返る。
豪州産小麦「ASW」と国産製麺機の幸運な出合いで、比較的簡単に、コシのあるうどんが打てるようになった。「うまい早い安い」さぬきうどんが、全国に旋風を巻き起こした。
しかし、だからこそもう一度、千二百年以上の歴史を持つさぬきの小麦でさぬきうどんを作りたい。
オフィスコンピュータのソフト開発者として育んだ観察力と感性が、故郷での使命を気付かせた。
吉原さんが県産小麦復活に取り組んでいたとき、県農業試験場の研究者たちも、同じ思いで次世代県産小麦の開発を進めていた。
※(ASW)
Australian Standard White。現在さぬきうどん店の小麦原料の90%以上を占めている。「うどん用」に、香川県内で調査しながら開発したと言われている。
さぬきうどんが変わった
吉原さんは、製粉業者の立場から本を書いた。著書「だからさぬきうどんは旨い」で、うどん業界の出来事を「さぬきうどん&小麦粉50年史」にまとめた。 「50年間を一覧表にしたら、さぬきうどんの意外な『幸運』が見えてきました。1963年、収穫期の長雨で県産小麦が激減した時期に、米国産や豪州産の小麦が輸入されました。『ASW』は手間をかけて踏まなくても、そして製麺機でも、コシのあるうどんができるので、うどん屋さんから圧倒的な人気を得たんです」
県産小麦の「赤」=濃い茶褐色=から、豪州産「ASW」の黄色みがかった「白」へ。固めな食感から、弾力のある食感へ、さぬきうどんが変わった。後に爆発的なブームになる「さぬきうどん」に生まれ変わったのだ。
※(県産小麦生産量の推移)
1961年、5万3600トン→1970年、1090トン
さぬきの小麦でさぬきうどんを!
何とかして香川の小麦でさぬきうどんを作りたい。1955年、小麦の情報を得るため出入りしていた県の農業試験場で、「チクゴイズミ」(九州産)の小麦粉をもらった。 「試食して、これはいけると直感しました。食感が、ボソボソぶつぶつではなく、もちもちでした」。96年、小豆島の農家で栽培してもらい、買ったばかりの石臼機でひいた。 「実はこの時、農業試験場が同じ小豆島で、チクゴイズミ系統と従来の国産系統を交配した新品種=後の「さぬきの夢2000」=の栽培テストをしていたんです」 吉原さんは、農業試験場に出入りしていたのに、同じ施設内で多田伸司主席研究員の開発プロジェクトが進んでいるのを知らなかった。県も公表していなかった。
97年、「チクゴイズミ」が県の小麦奨励品種になった。98年、県の呼びかけで「県産小麦うどん開発研究会」(さぬきの夢2000開発プロジェクト)が発足、製粉、製麺業者、生産者、学識経験者などと共に、吉原さんも加わった。 2001年、「さぬきの夢2000」が小麦奨励品種に採用され、03年、農林水産省に品種登録された。 他の県では、うどんの好みがばらばらで、小麦の新品種を開発するための基準作りが難しい。 「香川は消費者も含めて『おいしいうどんの食感』が明確で、行政と生産者、製粉、製麺業者が共通のイメージを持って小麦を開発できます。これは他の県ではあり得ません。まさに、毎日うどんを食べる”うどん王国“ならではでしょう」
※(さぬきの夢2000)
香川県農業試験場が91年から開発を始め2000年に完成させた「地粉(県内産)」品種。香川県が「育成者権」を持ち、県内だけで栽培している。現在、新品種の開発中で、11年から本格的に栽培する予定。
ハイブリッドで次を目指す
「幸運に甘えているだけではだめです。幸運とそして試練を次に生かさなくては…」。吉原さんは歴史と時代の変化を見通しながら次の手を打つ。 1997年ごろからさぬきうどん用小麦粉製品の売れ筋が、弾力の強いものから、滑らかな口当たりで、もちもち感のあるものに変わってきた。それに気付いて、吉原さんは得意のソフト開発の手法で次世代の小麦粉を開発した。
「さぬきの夢2000」と「ASW」の両方の優れた特性、強めな弾力ともちもち感の両方を持つハイブリッド小麦粉シリーズ、「白鳳」や「讃岐プレミアム」だ。
「二つの小麦を一緒に挽いたのでは特徴がでません。別々にひいて、小麦の胚乳部分から良い所だけを抽出して、それを融合させました」。08年度の食品産業技術功労賞を受賞した。
※(さぬきの夢2000の不正表示)
原料の大半に豪州産小麦「ASW」を使用しながら、「さぬきの夢2000小麦粉100%使用」と不正表示したさぬきうどんを販売していた香川県農協に、香川県が、日本農林規格(JAS)法と景品表示法に基づき、原因究明や再発防止を指示した。
石臼ひき
「うどん屋さんは、興味は示しますが注文はあまりありません。やっと今年の4月から、学校給食のパンに、石臼ひきのさぬきの夢2000が採用されました。全粒粉の健康性や風味が評価されたことと、県産小麦を食べることが子供たちの食育になるという理由です」
石臼ひきの小麦粉は品質管理が難しい。コストダウンも課題だ。コシの強さが絶対条件と思っていた。そのさぬきうどんの食感が変わった。明日のさぬきうどんのために、子供の頃なじんだ小麦粉の「香り」を取り戻したい・・・進化した製粉技術と昔ながらの石臼ひきで、吉原さんは明日の小麦粉を追い続ける。
ASWと製麺機が万博で活躍
「手打ちの技術とASWと製麺機の幸運な出合いがあったからこその成功です。相性が良かったんです。どちらが欠けていても、何千食もの、おいしいさぬきうどんを万博会場に送ることが出来なかったでしょう」
大量のさぬきうどんを、手打ちだけでは作れなかった。当時の県産小麦粉は、製麺機で効率よくコシのあるうどんにするのが難しかった。手打ちの技術を機械に導入することで、よりおいしいうどんが量産できるようになったのだ。
大阪万博には、アメリカ本社からケンタッキーフライドチキンも出店して、翌年から日本に本格的に進出した。70年はファミリーレストランが全国展開を始めた年だ。この年、スカイラーク1号店がオープンした。
「さぬきうどん業界は気付かなかったけど、さぬきうどんは『うまい早い安い』外食産業の3要素を当時すでに持っていました」 吉原さんは、さぬきうどんの50年史を本にまとめた時、さぬきうどんの意外な幸運を見つけて、「人の一生を見るようで楽しかった」と笑顔を見せる。
吉原 良一 | よしはら りょういち
- 略歴
- 1957年 坂出市生まれ
1981年 広島大学工学部電気工学科システム工学課程
卒業後、(株)東芝 入社
コンピュータ事業部応用ソフトウェア部配属
1986年 同社 退社
吉原食糧(株)入社
2009年 代表取締役社長に就任
公職
全国製粉協議会常任理事
香川県産業技術センター食品研究会副会長
香川県産業技術センター研究テーマ外部評価委員会委員
香川県製粉製麺協同組合理事
坂出関税会会長
表彰
2008年度、食品産業技術功労賞受賞(食品産業新聞)
「ハイブリット小麦粉の開発」
吉原食糧株式会社
- 住所
- 香川県坂出市林田町4285‐152
- 代表電話番号
- 0877-47-2030
- 設立
- 1950年
- 事業内容
- 製粉業
・小麦粉、ふすまの開発・製造・販売
・ミックス(惣菜、製菓・製パン用等)の開発・製造・販売
倉庫業
・倉庫証券発行倉庫 - 沿革
- 1902年 坂出市に精麦工場を開設
1950年 有限会社吉原精麦所を設立
1975年 資本金を4000万円に増資
1991年 吉原食糧株式会社に組織変更
1996年 香川県で初めて、(株)甚助と共同で小豆島で
「チクゴイズミ」を自主栽培
1998年 欧州から石臼機を導入。
香川県産・北海道産小麦の石臼ひき小麦粉を
発売開始
2004年 NHK番組「プロジェクトX」にさぬきの夢2000
小麦開発が取り上げられ、吉原食糧の製粉技術
開発の取り組みが紹介された。
2007年 ハイブリッド小麦粉「讃岐プレミアム(Y8)」
発表
2008年 製粉工場を開放して、イベント「さぬきうどん
タイムカプセル」開催 - 資本金
- 4000万円
- 地図
- URL
- https://flour-net.com/
- 確認日
- 2019.12.12
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