“握りやすさ”で世界をつかむ手袋 ~伝統から革新を生む知恵~

松岡手袋 代表取締役 松岡 紘二さん

Interview

2011.06.02

20年にも及ぶスポーツ用品市場の縮小。そのうえ外国ブランドとの安値競争。ダブルパンチだ。スポーツ用手袋製造の松岡手袋(株)は、売り上げがピーク時から大幅に減った。もう日本だけでやっていくのは無理だ。

代表取締役社長・松岡 紘二さん(67)は、香川の手袋産業123年の歴史で画期的な、人間工学「エルゴノミクス」に着目した。2007年、人間工学に基づくスポーツ手袋「エルゴグリップ」を開発、国内の品評会でグランプリ、香港の見本市では技術大賞を受賞、握りやすく疲れにくい機能性とデザインが評価された。

「特許を6カ国で申請しています。本格的な販路の開拓はこれからですが、欧州や韓国のスポーツ用品メーカー数社にOEM供給を始めています」

革新技術でスポーツ手袋の世界ブランドへ。松岡さんの夢は広がる。

※エルゴノミクス
人間の生理的・心理的な特徴をもとに、「人間にとっての使いやすさ」という観点から、機械などのあり方を研究する学問。「人間工学」と訳される。エルゴは作業とか仕事、ノミクスは正常化、習慣と言う意味。

※エルゴグリップ
松岡手袋の新技術で作られた製品。エルゴノミクスの「エルゴ」と、手袋の機能「グリップ」を合わせた造語。

※OEM
相手先ブランドによる生産。

「マチ」がない手袋

手袋の基本構造は、手の甲と手の平の間に「マチ」を入れた4面のボックス(箱)型だ。ゴルフ用もスキー用もバッティング用も、手袋はみんな同じ構造だが、エルゴグリップは2面構造で「マチ」がない。

普通の手袋はまっすぐで平らだが、エルゴグリップは手のひら側に湾曲(わんきょく)している。「湾曲部分にしわができます。そこを楕円(だえん)形に切り抜いてつなぐと、指が少し曲がった手の形になります」

商品展示室に並べられた手袋は、どこかで見た形・・・・・・ローマ法王がミサで祝福を与える時の・・・・・・あの、強い意志と生命力を感じさせる。

「職人さんの世界では、親方に教えられた方法をめったに変えませんから、123年の手袋の歴史で、『マチ』のない手袋の立体加工技術は初めてなんです」。松岡さんはにこやかに笑う。革新的な技術は伝統の技と、人間工学を取り入れた知恵から生まれたのだ。

※マチ
手袋に厚みを持たせるための側面部分。

海外へ

06年特許申請、07年中小企業地域産業資源活用事業の第1回認定を受けた。08年ジャパンレザーアワード(主催日本皮革産業連合会)でグランプリ、09年には世界1700社が出展した皮革見本市「アジア・パシフィック・レザーフェア」(開催地 香港)の技術部門で大賞を受賞した。

「活用事業の認定で出た助成金、4年間でおよそ1000万円を活用して、海外に初めて出かけだしたんです」

10年には、PGA(米国プロゴルフ協会)のゴルフ用品展示会(オーランド)や、「ISPO」 (スポーツ用品の国際見本市・ミュンヘン)、「KOGOLF」(韓国ゴルフ総合展示会・ソウル)にエルゴグリップを出展して好評を得た。

※中小企業地域産業資源活用事業
地場産業的な地域資源の事業継承のため後継者不足や、海外への販売を援助する法律、「中小企業地域資源活用促進法」による事業のこと。

日本は創意工夫の国

松岡さんは海外へ出て初めて、日本が世界で手袋の新分野を開拓してきたほとんど唯一の国だと気付いた。

「イタリアやドイツの手袋は約300年の伝統があります。でも昔ながらの製法を守って新しい素材や技術をなかなか使いません。いまだにスキーの手袋は革でないといかんのです」

ヨーロッパの他、中国、台湾も同じだった。与えられた品質基準の製品を、与えられた技術で作り続けることが、すべての基本だった。

「日本では違います。もっと良いものはないか、よそにないものはないかと要求されます。保守的な伝統を壊すことを、お客さんが求めてくるんです」

オートバイやスキー手袋には不満があった。「ぬれたときに冷たい」に応えるために、合成皮革など新しい素材や技術を工夫した。人工皮革のゴルフ手袋は、まがい物といわれたが、雨にぬれてもグリップが滑らないことから普及した。

色落ちしない革も、紫外線防止のUV手袋も、工業用の静電気防止の手袋も、立体加工の手袋も、日本の創意工夫から生まれたのだ。

伝統からモダンを生むメード・イン・ジャパンの革新性。「エルゴグリップが、もうすぐ世界を魅了するでしょう」。松岡さんは確信している。

※合成皮革
織物・編物などの基布の表面に樹脂をコーティングしたもの

※人工皮革
極細繊維不織布にポリウレタンなどの樹脂を含浸させ、天然皮革に近づけたもの

販路開拓

海外の評判は良かったが受注につながらなかった。日本の材料を日本で製造したのでコストが高すぎたのだ。

「今はゴルフ用をインドネシアで、スキー用は中国で作っています。縫製(ほうせい)に手間がかかるので、普通の手袋より高いですが、競争力のある値段で、少しずつ海外で取引できるようになりました」

スウェーデンのヘストラ「HESTRA」(スキー手袋では世界一の会社)、オーストリアのエスカ「ESKA」(オートバイ用品)、ゴルフ手袋は韓国の「コーロングループ」とイタリアのレベル「LEVEL」にOEM供給を始めている。さらにヨーロッパの有名ブランド数社とも交渉中だ。

「これからは日本の原材料やデザインを海外の工場へ持ち込み、製品を欧米や成長市場の韓国や中国、タイへ送る三角貿易で、販路を拡大します」。5年後には海外で2億円の売り上げを目指している。

国内で自社ブランドの販売も始めた。主力はインターネット通販だが、東京、大阪、名古屋、高松の各都市で、ゴルフ、スキー、オートバイ、自転車用の4種類を販売している。

※三角貿易
主に三つの国や地域が関係している貿易構造のこと。

機能性の数値化

昨年からエルゴグリップの特性評価に香川大学工学部と連携して取り組んでいる。ゴルフ用は普通の手袋より、「握りやすく疲労が少ない」ことが、筋肉測定データで裏付けられたが、「ゴルフクラブのヘッドスピードやボールの初速」では普通の手袋との差がなかった。

「高校のゴルフ部の生徒さんに試してもらいました。調査項目を増やして、握力の弱いシニアや女性ゴルファーも加えてテストすれば、もっと違いが出るだろうと思います」

手袋を機能性で差別化する。松岡さんはエルゴグリップの「握りやすさの数値化」で、欧米のブランドが圧倒的な力を持つ、スポーツ手袋の世界市場を開拓しようと考えている。

社会のためのユニバーサルデザイン

特性評価の実験を指導した石井明教授からアドバイスをもらった。「この技術を、もっと多くの人に役立てるべきだ」

大学との連携や行政の後押しは、松岡さんに新たな使命をもたらした。「ユニバーサルデザインの製品開発です。握力の弱い高齢者には、エルゴグリップの方が普通の手袋より杖が握りやすいんです。この技術を応用してたくさんの人に喜んでもらおうと思うんです。宇宙用手袋開発という、でっかい宿題もいただきました」

香川の手袋産業123年の歴史が培った伝統。その財産を社会のために、もっと革新して発展させる。松岡さんはエルゴグリップの大きな使命だと信じている。

※ユニバーサルデザイン
文化・言語・国籍の違い、老若男女といった差異、障害・能力の違いを問わずに利用することができる施設・製品・情報の設計。

「母の愛情」が生んだアイデア

ヤマハ(株)へOEMでスキー用手袋を供給していた当時、「もっとスキーストックを握りやすく」が開発テーマだった。マチがついた手袋で湾曲したものを作ったが、マチのない2面構造の発想まで至らなかった。

「2005年のことです。ベテラン女性縫製員が、志度高校野球部の息子さんに、『もっとバットをしっかり握れる手袋はないの』と言われたのがきっかけでした」

「息子のために」不良品の手袋を縫い直しては、試行錯誤していたのを見て、これはおもしろいと職人たちが協力した。100枚ほどのパーツを組み合わせて立体的に縫うのは熟練工の技だ。

母親の愛情と技で生まれた新技術を、「社会のための」テクノロジーへ脱皮させる・・・・・・松岡さんのライフワークだ。

松岡 紘二 | まつおか こうじ

1944年 神奈川県茅ヶ崎市生まれ
1967年 新潟大学卒業
1968年 大塚食品工業入社
1972年 松岡手袋株式会社入社
1995年 松岡手袋株式会社代表取締役に就任
現在に至る
写真
松岡 紘二 | まつおか こうじ

松岡手袋株式会社

所在地
東かがわ市引田 1884-10
TEL 0879-33-2090/FAX 0879-33-2260
E-mail:info@matsuoka-glove.co.jp
創業
1957年
資本金
1000万円
代表者
代表取締役社長 松岡 紘二
生産拠点
本社工場 (東かがわ市)、中国(上海市・東完市)、インドネシア、ベトナム
従業員
本社 30名、中国 200名
事業内容
各種専門スポーツ用品手袋企画製造販売
革用品 ・ ソフトケース等袋物製造販売
確認日
2018.01.04

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