アートは、経済発展と人々を結ぶためにだけあるのではない。太古の洞窟壁画、アルタミラやラスコー以来、恵みと危機をもたらす自然への命の再生や、豊穣(ほうじょう)の祈りでもある。
「瀬戸内国際芸術祭2013」は今年、会場を12の島に広げ、春、夏、秋の3会期にわたって繰り広げられる。2010年の第1回、当時香川県知事だった真鍋武紀さん(73)は、アートディレクターの北川フラムさん(66)を招いた。
「衰退する島々こそ、現代アートが最も輝く場所だ」という主張に感銘を受けたからだ。
意気込みで島の協力を得る
「それにしても」真鍋さんは続けて言った。「アートの先進地、直島の存在なしで芸術祭はやれませんでしたが、自薦他薦の大勢のアーティストの『何』を見て、フラムさんは出展者を決めるのか。その目利きの力がアートだと思います」
現代アートは多くの県民や島の住民にとって、まだまだ「奇妙なもの」でしかない。職員が芸術祭で島を振興すると説明しても理解されないので、フラムさんは何度も自ら島へ通ったという。
「変わった名前ですし、うさんくさく思われてたんじゃないでしょうか」。いつも、つば広の黒い帽子を目深にかぶり、目鼻立ちのはっきりした顔は、舞台俳優のような迫力がある。
「面白いよ、やろうよ」と語りかけているうちに、様子が変わってきた。「芸術祭が終わったら、作品は全部撤去して欲しい」と言っていた島の人たちの反応が和らいだ。芸術祭がどんなものか、説明は難しかったが、それでも意気込みだけは受け入れてくれた。
忘れてはいけないもの
民俗学者の宮本常一に影響を受けた。辺境の村や離島を歩いて、言い伝えや風習を聞き取り、日本人の原像を浮かび上がらせた。進歩の中に退歩もあると説いた著書「忘れられた日本人」に学んだ。
その大切なものが、世界中で経済効率によって切り捨てられている。瀬戸内の島々から、狭い畑に種をまき、海で魚を捕った半農半漁の暮らしが消えようとしている。
「島をたたえる寿(ことほ)ぎを題材にしたアートを観光客が見に来てくれます。来てくれたらしめたもので、なにより島の風土や、じいちゃんばあちゃんの笑顔に魅了されます」。その土地で、辛苦を克服して暮らしてきた喜びや祝いがお祭りだ。エネルギーが消えようとする島の祭りを、アートで創造し、よみがえらせるのだ。
芸術祭で生まれた島の喜び
訳を聞くと、「商売ではない。家の前を通る観光客とおしゃべりをするためにやっている」という。"商品"は近くの自動販売機で買って、つり銭が無い時は100円にするそうだ。おばあちゃんは、自分流の芸術祭の楽しみ方を見つけたのだとうれしくなった。
芸術祭が終わった翌年、2011年の5月14日、男木島は結婚式で沸いた。花嫁と花婿は、会期中に島を訪れた鹿児島と静岡のカップルだった。島のお母さんたちが、段ボールで作った長持ちに棒を通して担ぎ、「男木伊勢音頭」を謡いながら新郎新婦の後について集落を練り歩いた。
結婚式という地域共同体の大事で、うれしい祝い事が、32年ぶりに復活したのだ。
アートの危機感と地域振興
そして、続けた。「生と死のはざまで生きている野生の力は、オリの中では失われます。それと同じで、アートはいま危機です。だから、越後妻有(えちごつまり)や瀬戸内の島々から変わり始めていると、期待するアーティストも多いのです」
その危機感と期待を、フラムさんは地域振興策にする前例のない構想につなげた。そして採算が合うように具体化した。1996年から準備して2000年に始めた越後妻有の「大地の芸術祭」は、反発や批判を受けて孤立もした。しかし、昨年5回目を迎え、10年には「瀬戸内国際芸術祭」へと広がった。
(越後妻有)新潟県十日町市、津南町
島から「力」をもらった
「アートは人と違うことに価値がある。それが力になる。平均値や合理性や効率じゃない。それを辺ぴな山里や島の暮らしが、実感させてくれる……。そうだよね」
少し憂鬱(ゆううつ)そうな表情で、20年もかぶってほころびた帽子を斜(はす)にかぶり直して、自分の言葉にうなずいた。
「地域振興策のつもりでしたが、逆でした。島から力をもらったのは、アートと私でした」。フラムさんは、はにかんだように見えた。
◆写真撮影 フォトグラファー 濱田 直希
北川 フラム | きたがわ ふらむ
- 1946年 新潟県生まれ
1974年 東京芸術大学卒業
アートディレクター アートフロントギャラリー代表
青山学院大学、女子美術大学他客員教授
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリ エンナーレ」総合ディレクター、「にいがた水と土の芸 術祭2009」ディレクター、「水都大阪2009」プロデューサー、「瀬戸内国際芸術祭」総合ディレクターなどに携わる。近著に『大地の芸術祭』(角川学芸出版) - 主な受賞歴
- ファーレ立川アート計画:日本都市計画学会計画設計賞(1994年)
日本建築美術工芸協会特別賞(1994年)
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ:ふるさとイベント大賞(2000年)
フランス共和国芸術文化勲章(2003年)
ポーランド共和国文化勲章(2003年)
地域づくり総務大臣表彰(2005年)
芸術選奨文部科学大臣賞:芸術文化振興部門(2007年)
国際交流基金国際交流奨励賞、文化芸術交流賞(2007年)
香川県文化功労賞(2010年)
オーストラリア名誉勲章(2012年)
- 写真
瀬戸内国際芸術祭2013 アートと島を巡る瀬戸内海の四季
- アート作品数
- 約200点(うち過去開催の恒久作品43点)
- 参加アーティスト
- 23の国と地域約210組
- 会期
- 春: 3月20日- 4月21日 33日間
夏: 7月20日- 9月 1日 44日間
秋:10月 5日-11月 4日 31日間
会期総計 108日間 - 会場
- 高松港周辺、宇野港周辺、直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、沙弥島、本島、高見島、粟島、伊吹島
- 主催
- 瀬戸内国際芸術祭実行委員会
- 会長
- 浜田恵造(香川県知事)
- 名誉会長
- 真鍋武紀(前香川県知事)
- 副会長
- 竹崎克彦(香川県商工会議所連合会会長)、大西秀人(高松市長)
- 総合プロデューサー
- 福武總一郎(公益財団法人福武財団理事長)
- 総合ディレクター
- 北川フラム(アートディレクター)
- コミュニケーションディレクター
- 原研哉(グラフィックデザイナー、武蔵野美術大学教授)
- 後援
- 総務省、経済産業省、国土交通省、国土交通省観光庁、社団法人日本観光振興協会
- 確認日
- 2018.01.04
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