島から「力」をもらった 瀬戸内国際芸術祭

瀬戸内国際芸術祭 総合ディレクター 北川 フラムさん

Interview

2013.06.06

辺ぴな瀬戸内の島と、無縁にみえる現代アートを結びつけるものは何か。島の人たちに何を語って、最先端の現代アートを島々に持ち込んだのか。

アートは、経済発展と人々を結ぶためにだけあるのではない。太古の洞窟壁画、アルタミラやラスコー以来、恵みと危機をもたらす自然への命の再生や、豊穣(ほうじょう)の祈りでもある。

「瀬戸内国際芸術祭2013」は今年、会場を12の島に広げ、春、夏、秋の3会期にわたって繰り広げられる。2010年の第1回、当時香川県知事だった真鍋武紀さん(73)は、アートディレクターの北川フラムさん(66)を招いた。

「衰退する島々こそ、現代アートが最も輝く場所だ」という主張に感銘を受けたからだ。

意気込みで島の協力を得る

「フラムさんが出向いて住民と話し合われたのです」。島の説明会に県の職員を出席させようとした真鍋さんは当時を振り返った。

「それにしても」真鍋さんは続けて言った。「アートの先進地、直島の存在なしで芸術祭はやれませんでしたが、自薦他薦の大勢のアーティストの『何』を見て、フラムさんは出展者を決めるのか。その目利きの力がアートだと思います」

現代アートは多くの県民や島の住民にとって、まだまだ「奇妙なもの」でしかない。職員が芸術祭で島を振興すると説明しても理解されないので、フラムさんは何度も自ら島へ通ったという。

「変わった名前ですし、うさんくさく思われてたんじゃないでしょうか」。いつも、つば広の黒い帽子を目深にかぶり、目鼻立ちのはっきりした顔は、舞台俳優のような迫力がある。

「面白いよ、やろうよ」と語りかけているうちに、様子が変わってきた。「芸術祭が終わったら、作品は全部撤去して欲しい」と言っていた島の人たちの反応が和らいだ。芸術祭がどんなものか、説明は難しかったが、それでも意気込みだけは受け入れてくれた。

忘れてはいけないもの

なにより尊いのは、歴史を積み重ねてきた人の営みだと思っている。

民俗学者の宮本常一に影響を受けた。辺境の村や離島を歩いて、言い伝えや風習を聞き取り、日本人の原像を浮かび上がらせた。進歩の中に退歩もあると説いた著書「忘れられた日本人」に学んだ。

その大切なものが、世界中で経済効率によって切り捨てられている。瀬戸内の島々から、狭い畑に種をまき、海で魚を捕った半農半漁の暮らしが消えようとしている。

「島をたたえる寿(ことほ)ぎを題材にしたアートを観光客が見に来てくれます。来てくれたらしめたもので、なにより島の風土や、じいちゃんばあちゃんの笑顔に魅了されます」。その土地で、辛苦を克服して暮らしてきた喜びや祝いがお祭りだ。エネルギーが消えようとする島の祭りを、アートで創造し、よみがえらせるのだ。

芸術祭で生まれた島の喜び

豊島で、おばあちゃんが発泡スチロールの箱に冷やした清涼飲料水を入れて売っていた。コーラを買ったら120円だが、100円でいいと言う。

訳を聞くと、「商売ではない。家の前を通る観光客とおしゃべりをするためにやっている」という。"商品"は近くの自動販売機で買って、つり銭が無い時は100円にするそうだ。おばあちゃんは、自分流の芸術祭の楽しみ方を見つけたのだとうれしくなった。

芸術祭が終わった翌年、2011年の5月14日、男木島は結婚式で沸いた。花嫁と花婿は、会期中に島を訪れた鹿児島と静岡のカップルだった。島のお母さんたちが、段ボールで作った長持ちに棒を通して担ぎ、「男木伊勢音頭」を謡いながら新郎新婦の後について集落を練り歩いた。

結婚式という地域共同体の大事で、うれしい祝い事が、32年ぶりに復活したのだ。

アートの危機感と地域振興

高名なアーティストを世界から招くギャラは高額だ。「1億円とか5億円の値がつく美術品は、動物園で飼われている猛獣のようだ」。フラムさんは厳しい目つきになった。

そして、続けた。「生と死のはざまで生きている野生の力は、オリの中では失われます。それと同じで、アートはいま危機です。だから、越後妻有(えちごつまり)や瀬戸内の島々から変わり始めていると、期待するアーティストも多いのです」

その危機感と期待を、フラムさんは地域振興策にする前例のない構想につなげた。そして採算が合うように具体化した。1996年から準備して2000年に始めた越後妻有の「大地の芸術祭」は、反発や批判を受けて孤立もした。しかし、昨年5回目を迎え、10年には「瀬戸内国際芸術祭」へと広がった。

(越後妻有)新潟県十日町市、津南町

島から「力」をもらった

あと10年か20年で人がいなくなるかもしれない辺ぴな場所で、命の原点を形にできないのなら、アートなんかなくてもいい。美術館や額縁に収まりきれず、地底の岩盤を破るマグマのような、やむにやまれぬ根源的な表現がアートなのだ。

「アートは人と違うことに価値がある。それが力になる。平均値や合理性や効率じゃない。それを辺ぴな山里や島の暮らしが、実感させてくれる……。そうだよね」

少し憂鬱(ゆううつ)そうな表情で、20年もかぶってほころびた帽子を斜(はす)にかぶり直して、自分の言葉にうなずいた。

「地域振興策のつもりでしたが、逆でした。島から力をもらったのは、アートと私でした」。フラムさんは、はにかんだように見えた。

◆写真撮影 フォトグラファー 濱田 直希

北川 フラム | きたがわ ふらむ

1946年 新潟県生まれ
1974年 東京芸術大学卒業
    アートディレクター アートフロントギャラリー代表
    青山学院大学、女子美術大学他客員教授
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリ エンナーレ」総合ディレクター、「にいがた水と土の芸 術祭2009」ディレクター、「水都大阪2009」プロデューサー、「瀬戸内国際芸術祭」総合ディレクターなどに携わる。近著に『大地の芸術祭』(角川学芸出版)
主な受賞歴
ファーレ立川アート計画:日本都市計画学会計画設計賞(1994年)
日本建築美術工芸協会特別賞(1994年)
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ:ふるさとイベント大賞(2000年)
フランス共和国芸術文化勲章(2003年)
ポーランド共和国文化勲章(2003年)
地域づくり総務大臣表彰(2005年)
芸術選奨文部科学大臣賞:芸術文化振興部門(2007年)
国際交流基金国際交流奨励賞、文化芸術交流賞(2007年)
香川県文化功労賞(2010年)
オーストラリア名誉勲章(2012年)
写真
北川 フラム | きたがわ ふらむ

瀬戸内国際芸術祭2013 アートと島を巡る瀬戸内海の四季

アート作品数
約200点(うち過去開催の恒久作品43点)
参加アーティスト
23の国と地域約210組
会期
春: 3月20日- 4月21日 33日間
夏: 7月20日- 9月 1日 44日間
秋:10月 5日-11月 4日 31日間
会期総計 108日間
会場
高松港周辺、宇野港周辺、直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、沙弥島、本島、高見島、粟島、伊吹島
主催
瀬戸内国際芸術祭実行委員会
会長
浜田恵造(香川県知事)
名誉会長
真鍋武紀(前香川県知事)
副会長
竹崎克彦(香川県商工会議所連合会会長)、大西秀人(高松市長)
総合プロデューサー
福武總一郎(公益財団法人福武財団理事長)
総合ディレクター
北川フラム(アートディレクター)
コミュニケーションディレクター
原研哉(グラフィックデザイナー、武蔵野美術大学教授)
後援
総務省、経済産業省、国土交通省、国土交通省観光庁、社団法人日本観光振興協会
確認日
2018.01.04

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