庵治石ブランドを次の世代に ~大丁場17代当主の心意気~

大丁場 17代当主 大久保 一彦さん

Interview

2014.02.06

「あれこれ言わずにやるべきことをやれ。考えるよりまず行動しろ。失敗したらそれだけ賢くなる」。幼い頃から父にたたき込まれた、「大丁場(おおちょうば)」の跡継ぎの心構えだ。

大丁場は高松藩の石を切り出す御用丁場だった。その17代当主で、墓石製造会社など3社の経営者が大久保一彦さん(60)だ。

庵治で一番良質の石が採れる丁場を代々守ってきた大久保家の跡継ぎは、腕前がものをいう石職人たちの厳しい通過儀礼を経て、初めて、受け入れられたという。

その跡継ぎが、四百数十年の歴史を持ち、世界で最も高価な庵治石を次の世代に残すために、古い丁場のしきたりを越え、ブランドとして伝統を守ろうとしている。石の町を引っ張るのは、新しい「旦那」を自覚する、「ほっこまい」パワーの持ち主だ。

通過儀礼
人の成長過程の境界で行われ、新しい意味を付与する儀式。通常、生まれた村落共同体で執り行われる。

ほっこまい
「あほう」を意味する香川の方言。「にくめない」というニュアンスがあるとされる。

世界一高価な石、細目

「庵治石は大坂城や高松城の石垣で使われています。本格的な採石が始まったのは、天正時代、1573~1592年のころからとされています」

庵治町には、庵治、野山、中丁場、大丁場の4地区に約40カ所の石を切り出す丁場があって、大丁場は、庵治石の極上と言われる細目(こまめ)の80%弱が採掘される。

庵治石の硬度は水晶と同じ7度。緻密でねばりがあるから、風化や変質にも強く、彫った文字が何百年も残る。

磨き上げた庵治石はかすり模様が美しい。石面にまだらな模様「斑(ふ)」が浮かび上がる細目は、石の民俗資料館(高松市)によると、石材の単価としては世界一だ。

40年前の通貨儀礼

大学を出て家業についた。作業服を着てジープで採石場を見回る仕事が8年ほど続いた。最初に職人たちに嫌がらせを受けた。

「崖下の石が割れとると思うけど、ぼん、ちょっとここから降りて見てくれ」。20メートルほどの崖の上から長いロープを投げおろされた。

ロープにつかまって10メートルほど崖を降りた。石目(われやすい筋)を確認したが、上がる力はもうない。やっと崖下まで降りた。人目が無くなったら足が震えた。

もっと危ない目にあった。丁場に入ったとたん「ドーン」。発破を掛けられた。「そんなところにおったら死ぬぞー」。怒鳴られた。40年前の丁場の乱暴な通過儀礼だった。

「あいつはなかなかやる。男や」。一度認めたら職人たちは本音で付き合ってくれた。何代も昔から、石を切り出し、石の声を聴き、気が遠くなるほど、たがねで石を穿(うが)ってきた職人気質だ。受け入れられた経験が、自信と支えになった。

細目は原石の3%

大久保さんが経営する大石(だいせき)産業は、大丁場の傘下業者9社が切り出す最上級の庵治石だけを扱う石材加工会社だ。

「極上クラスは、30立方センチ単位で8万から10万円くらいです。しかしうちの基準では原石の3%くらいしか細目になりませんから、97%は市場に出しません」

庵治石は墓石のトップブランドだ。細目の極上もので高級車と同じくらいの値段がする。大石産業がこれまで販売した最高値は、1億円近いという。

山から切り出した原石は、キズや不純物が入った部分を取り除く。加工過程でもキズや「ナデ」と言われる模様やムラが出てくることがあり、未熟な職人だと見逃してしまう。

お墓は普通、3段に石を重ねる。石の色や模様を合わせるために、3、4回は原石から選び直すから、注文をうけて納めるまでにどうしても1カ月くらいかかる。

妥協を許さない職人の心意気が、庵治石の値打ちを支えている。

庵治石を楽しむ製品

墓石に使えない端材が大量に出る。極上の希少な庵治石を、身近で楽しめる製品に使おうと、インテリアデザイナーと組んだ。AZIStand(アジスタンド)のブランドで、メモスタンドやペンスタンド、接着テープのカッタースタンドなどを製品化した。

片手でちぎれるテープスタンドは、ニューヨーク近代美術館の永久収蔵品に売り込んだが、いまのところ色よい返事はない。

音響設計技術者と組んでオーディオ機器も開発した。小さいけれど存在感がある。長時間聴いても疲れない、が売りだ。オーディオ専門誌、ステレオサウンド社発行のDigiFi(デジファイ)が、15ページにわたって紹介記事を掲載した。

映画で石職人に光を当てる

「石職人はかっこいい。でも誰もそう思っていない」。大久保さんは悔しがる。庵治の石職人を主題にした脚本の取材を手伝ったのが縁になって、2010年、映画「絆~庵治石の味~」を製作した。

さぬき映画祭は準グランプリだったが、昨年5月、インドネシアの国際映画祭で審査員特別賞と優秀賞を、さらに同国の複数の映画祭の全出品作品のコンテスト、IMA(International Movie Award)という国際映画祭で、13年度の最優秀賞に選ばれ、他にも主演男優賞、撮影賞、音楽監督賞、美術賞など13部門で受賞した。

映画に出演した俳優の「なすび」さんから、主宰している劇団「なす我儘(がまま)」で舞台化したいと相談されて、12年に東京で7回、高松で3回公演した。

「石職人たちが四百数十年磨いてきた技術に光を当てたい」。家業に入って40年、胸にたまっていたわだかまりのような思いを、映画や芝居、プロモーションビデオの製作で、一気にはきだした。

「ほっこまい」のパワー

石を切断して不純物が入っているかどうか調べる「皮むき」の工程 庵治石を使ったスピーカーユニットやペンスタンド

石を切断して不純物が入っているかどうか調べる「皮むき」の工程
庵治石を使ったスピーカーユニットやペンスタンド

インテリア小物やオーディオ製品には数千万円の経費を掛けた。映画製作はもっと使った。その効果で異業種から製品開発を打診されているが、経費の回収は当分見込めない。

「ええ加減に・・・・・・」。経理担当者に言われて、映画を作りながら考えた。墓石業界も中国製品に押されて構造変化が進む。他の産地では石材加工が空洞化している所もある。

まだ元気のある庵治石と、それを支える地域文化を次の世代に引き継ぐために、「ほっこまい」の力で、利口者がやれない仕事をもっとやろうと考えた。

「旦那」の跡継ぎ

大丁場には、戦後の農地改革まで続いた地主と小作の構造が残り、採石業者を小作と呼ぶ風習が残っている。
「だからこそ、大丁場の当主には、新しい風やエネルギーを吹き込む役割が課せられている。変えないかんものは、変えないかんのです」と大久保さんは言う。
大久保さんは、石職人らが立ち上げたイベント「むれ源平 石あかりロード」、「庵治石ブランド」の制定など、庵治の元気を裏方で支え、ボランティアの先頭にも立っている。
昔は地域の文化を支える「旦那」がどこにもいた。「ほっこまい」は「旦那」の跡継だ。

むれ源平石あかりロード
高松市牟礼町で開催されているイベント。道路沿いに配置した、石で作った照明器具を点灯する。

◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮

大久保 一彦 | おおくぼ かずひこ

1953年 高松市生まれ
1974年 オオクボエンタープライズ(大石産業)入社
1986年 ダイテツ設立 社長就任
2002年 大石産業 社長就任
2006年 オオクボエンタープライズ 社長就任
写真
大久保 一彦 | おおくぼ かずひこ

株式会社オオクボエンタープライズ

所在地
高松市庵治町10-7
TEL:087-871-4828
確認日
0218.01.04

大石産業株式会社

所在地
高松市庵治町10-7
TEL:087-845-2323
確認日
2018.01.04

株式会社ダイテツ(グループ会社内のソフト開発、コンピューター関係全般の保守・管理、庵治石を使った新商品開発を目的とする会社)

所在地
高松市庵治町10-7
TEL:087-871-4853
確認日
2018.01.04

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