保存・再生し、後世へ
地域に点在する空き家を再生し、命を吹き込む。地元建築会社の菅組が手掛けるこの取り組みに、社長の菅徹夫さん(59)は「仁尾縁(よすが)」と名付けた。「建築的に後世に遺したい建物を保存・再生したい。歴史を伝え、訪れる人と地元の人や町との“縁”を繋ぎたい。そんな思いを込めたプロジェクトです」
多喜屋は江戸時代末期の商家だった。「梁や柱など残せるものは残し、現代の建築と融合させました」。1階は居間と食堂。2階は、元々は狭い物置だったが、天井を低くした和風と洋風の寝室にしつらえた。むき出しの梁が、ずっと見つめ続けてきた歴史を語りかけてくるようにも感じる。「元の建物は特別な工法でつくられたものではなく、一般的な庶民の家だった。でも、瓦の形状、漆喰、なまこ壁、外観が町にどのように向き合っているか……普通の古民家にも価値がある。そういうことを知ってもらえればうれしいですね」
再生した古民家は当初、一戸建ての賃貸物件にしようかと考えていた。だが、「それだと、そこに住む人だけのものになってしまう。いろんな人に利用してほしいし、建築の魅力を感じてほしい。そんな思いから宿泊施設の形にしました」
同じ集落にはまだ数軒、遺したい古民家がある。賃貸ではなく、見学するような文化財としてでもなく、様々な人が行き交う「生きた建築物」として再生したい。「そうなれば、建物の本当の価値が出てくる。さらには町全体の魅力も増すと思うんです」
宝石のような町並み
建築とは「町を構成する一つの要素」「名脇役であるべき」というのが菅さんの信条。「観光地化されるような主役である必要はない。地域に根づいた土着的な建築物に惹かれますね」
理想とする町の姿がある。イタリアで生まれた理念「アルベルゴ・ディフーゾ」。イタリア語で、アルベルゴは「宿」、ディフーゾは「分散した」という意味で、「旅人を歓迎して、もてなす。町全体が宿になっているという考え方です」
学生時代、友人と2人でヨーロッパを旅した。1カ月半ほどのバックパックでの卒業旅行。「名もない田舎町を中心に見て回りました」。イタリアで立ち寄った小さな町。眼前に広がる光景に全身がしびれた。「建物に統一感があって、暮らしに溶け込んでいる。『宝石のように美しい』と感じました。そんな町が無数にあるんです」。建物を眺めていると近所のおばちゃんが近づいてきて「この家はこんな造りだ。あの家はこうだ」と誇らしげに説明を始めた。集落の規模は日本の田舎町とほぼ同じ。だが、全然違ったと振り返る。「町の在り方の本質を見た気がした。今に通ずる、私の建築に対する価値基準を形成した衝撃的な出来事でしたね」
「建築は面白い」
手掛けた建築物が完成し、足場をばらす瞬間、この上ない喜びを感じるそうだ。「初めて全貌が明らかになり、その場にいきなり出現した感覚に陥る。苦労が報われ、感動がこみ上げてきます」
生まれ育った家、学校の教室、故郷の町並み……人は誰しも建物や空間から何らかの影響を受けていて、「建築が持つ力は想像以上に大きい」と菅さんは力説する。「建築とは、町の中で否が応でも人目にさらされ評価される。だからこそ、緊張感もあって面白いと思うんです」。そう話しながらも一方で「最近は若者の建築離れが進み、我が社の社員にとっても、面白さより、しんどい面が先行しているのかもしれない……」と残念がる。「建築の面白さを見出せるような環境をつくっていくのが私の使命。これからも建築で美しい風景をつくり、“縁”へと繋げていければと思っています」
篠原 正樹
菅 徹夫|すが てつお
- 略歴
- 1961年 三豊市出身
1979年 観音寺第一高校 卒業
1983年 神戸大学工学部建築学科 卒業
1985年 神戸大学大学院修士課程(西洋建築史専攻)修了
東京の中堅ゼネコン設計部での勤務を経て
1990年 株式会社菅組 入社
2008年 代表取締役社長
株式会社 菅組
- 住所
- 香川県三豊市仁尾町仁尾辛15-1
- 代表電話番号
- 0875-82-2441
- 設立
- 1909年10月5日創業
- 社員数
- 150人(技能者30名含む)
- 事業内容
- 建築工事、土木工事・一級建築士事務所
不動産事業・古材事業 - 資本金
- 7500万円
- 地図
- URL
- http://www.suga-ac.co.jp/
- 確認日
- 2021.10.04
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