楽観主義者は半分残った酒ビンを、「まだ半分もある」と見る。その例にもれず中尾さんは、乾めんに商機を見た。自社ブランドをやめ、OEM(相手先ブランド)に特化した。
「市場が小さいから大手がいません。冷凍めんで大手企業と競争していたから、分かったんです。乾めんだけやっていたら判断できなかったかもしれません」
2003年と04年、20数億円かけて二つの大型製造ラインを稼働させた。今年3月に第3工場を完成、10月に第4工場を着工する。総額40億円の設備投資で乾めん業界のトップに躍り出る・・・・・・中尾さんのリーディングカンパニー戦略だ。
※乾めん市場
「うどん・そうめん・冷や麦」出荷額300億円(全国乾麺協同組合連合会・2009年度)
※冷凍めん市場
「うどん・そば・ラーメン・スパゲティ」出荷額1627億4000万円(日本冷凍めん協会・2009年度)
※リーディングカンパニー
業界を主導する企業
全国トップを目指す
シーズンが終わると、在庫の返品は当たり前。それに、ゆでるのに時間がかかる乾燥うどんは、少しずつ需要が減っている。中尾さんは、創業事業から撤退するか悩み抜いた。
「でも、古くなった製造ラインを、他の業者は10億円もかけて更新できない、と気がついたんです。もし設備投資ができれば、日本一の会社になれて生き残れる」。乾めん市場の先を見通した中尾さんの才覚だ。
2003年と04年が飛躍の転機になった。
「次の局面は16年ごろです。いま稼働中の多くの製造ラインが30年ほどたって古い設備になるから、更にあと3ライン追加すれば、合計7ラインで、シェアを24~25%に拡大できる」
需要が減る乾めんの売り上げシェアを倍増させる。5年後の目標はゆるぎない全国トップの座だ。中尾さんは常に先を見る。
OMEで優位に
中尾さんはOEMに徹底した。NB商品は利益率が高いが、営業費もかかる。稼働率が落ちると利益は出ないからだ。「稼働率を上げようとして、利益率の低いOEMを手掛けても、NBメーカーは採算が合うはずがありません」
もっとPB開発が増えれば、もっと有利になると中尾さんは考えている。「トップシェアをとれる設備を持っておけば、大手量販店がOEMの発注先を変えようしても数量を確保できないんです」
大手量販店の発注は数十万ケース単位だ。発注先を分散すると品質管理が難しいし、コストも高くつく。これがリーディングカンパニーの強みだ。
※PBとNB
PBはPrivate Brandの略称。小売チエーンや量販店が開発したブランド。NBはNational Brandの略称。有名なメーカーの自社ブランド。
冷凍めん進出
「1週間ほどたってゆがいたら、めんが短くなるんです。数年後に他社が成功させましたが、原因は経時変化(経年変化より短い時間単位の変化)でした。乾燥技術が未熟だったんです」
「何としても包丁切りうどんの乾めんを」という父に、中尾さんは「思いだけで解決できるわけではない。一度、これを横に置いてみよう」と押し止めた。会社は数億円の赤字でピンチになった。
打開のため中尾さんは、取引先の明星食品の支援で、冷凍うどん製造の「さぬき丸一製麺」を設立した。87年、社長になった中尾さんは、明星食品と合弁で「さぬき冷食」を設立。さぬきうどんをメーンにした和風レストランを展開するため1号店を松山に出したが、慣れないサービス事業は失敗だった。
問屋を通じて売る乾めんは、営業費がかさんでいた。「流通経路を短縮するために、冷凍めんを直接各地の生協に売り込んだんです」。生協は冷凍めんを、まだ扱っていなかった。九州、中国、関西へと、各地の生協に販売網を広げた。冷凍めんで会社の危機を乗り越えることができた。
乾と冷の「複眼経営」
冷凍めんは乾めんよりもっと装置産業だ。
「加ト吉、ニチレイ、東洋水産、味の素などの大手と全国市場で競争しても無理です。東海から九州までのエリアに限定して、局地戦で勝負します」。工場の管理コストでは大手に引けを取らない。
設備は古くなると効率が落ちる。10年たった工場は1時間で5~6000食、新しい工場なら8000食だ。だから償却が終わった時期に新しい工場をつくる。そして古くなったラインのフリーザーは冷凍食品の製造に転用する。
「冷凍めんだけやっているところは、製造品目を変える発想ができないんです」。乾めんと冷凍めんは繁忙期が違う。乾めんが夏季(3~7月)、冷凍めんは冬季(10~2月)だから、繁忙期に合わせて人員を調整できるので、生産性も高い。
乾めんは利益率が低い。冷凍めんは、焼きうどんや肉うどんなど付加価値の高い調理めんがあるが、乾めんにはないからだ。
「いま乾めんはシェアを伸ばす方が得策です。利益率が低くても、徹底した合理化と省力化で黒字は確保していきます」
市場の大きい冷凍めんは、いつ大手との競争が激しくなるかわからない。小さな市場の乾めんで、トップシェアをとって生き残る・・・・・・中尾さんの経営戦略は複眼で磨かれている。
※装置産業
装置や設備を整えればそれだけで一定の成果・収益が期待できる産業。
ライフワーク
「償却費2000万円ぐらいが赤字です。引退したら農業を大規模にやろうと思っているんです」。顔がほころぶ。
08年、障害者就業支援の株式会社、「ルネサンス生活支援センター」を立ち上げた。「お世話になった叔母の孫が障害児で、子供のころよく遊びに来ていたんです。誰もぐちをこぼさなかったけど、家族の苦労がわかります」。目が潤んでいる。
中尾さんの出資金は2000万円。利益を求めない、もうけない、叔母さんへの恩返しの株式会社だ。支援センターに12人の障害者がいるが、来年は人数が増える。坂出市福祉事務所を退職した友人の西久保晋(すすむ)さん(64)の協力で、社会福祉法人の申請準備をしている。
自立の仕組みをつくる
「子供たちが、作物を収穫して喜ぶ姿は、すばらしい。感動します。生産から二次加工、販売までの一貫した仕組みがつくれたら、彼らは自立できます」
「農業は大規模にしないと、自立できない」と考える中尾さんは、これからも農業用地の確保に積極的に取り組んでいく。
ビジネスの状況は刻々と変わる。ピンチは必ずある。
「前向きなら、アクシデントが起きても、必ずプラスに変えることができるはずです」。チャレンジが生きがいという中尾さんは、大規模農業を自己資金で実現すると決めている。
土地も使い方次第
「不動産の銀行融資はほとんど10年間です。10年あったらキャッシュが生まれます。会社のメーン事業が不調の時、土地が助けてくれるんです」
土地の価格が下がるのも承知している。土地だけ貸すのはメリットがない。地代に高い税金がかかるからだ。
「設備投資と同じです。何に使うかを考え、建物の償却期間の間に利益を生み出すんです」。関連会社のさぬき興産は、24.4ヘクタールを管理して、ビジネスホテル、コンビニ、倉庫、事務所などを運用している。
需要の減る乾めんに商機を見る中尾さんは、価格の下落が続く不動産にも活路を見出す。その人生最後のチャレンジが「大規模農業構想」だ。
中尾 文俊 | なかお ふみとし
- 1948年 坂出市生まれ
1972年 神奈川大学法学部卒業
中尾食品合資会社入社
1984年 さぬき丸一製麺株式会社を設立
代表取締役社長に就任、現在に至る
1987年 中尾食品合資会社の代表社員
代表取締役就任
現在に至る
- 公職
- 香川県製粉製麺協同組合理事
- 写真
さぬき丸一製麺株式会社
- 住所
- 香川県坂出市西大浜北4丁目5番25号
- 代表電話番号
- 0877-44-5678
- 社員数
- 45人
- 事業内容
- 冷凍めん・冷凍食品製造販売業
※中尾食品グループ関連会社 - 創業
- 1895年
- 沿革
- 1892年 中尾藤蔵 水車製粉を創業、同時に手延素めんの製造開始
1895年 水力による機械製めんを併設
1950年 中尾食品合資会社として法人組成、中尾義夫 代表社員に就任
1962年 移行乾燥設備導入(乾めん乾燥設備近代化第1号)中尾健一 代表社員に就任
1979年 多加水方式による熟成めんの製造装置、扇型圧延製めん装置を考案し導入
1984年 さぬき丸一製麺株式会社を設立、手打ちうどんの製造開始
1987年 中尾文俊 代表社員、代表取締役に就任
1987年 さぬき冷食株式会社を明星食品株式会社と合弁で設立、冷凍めんの製造開始
1991年 株式会社丸一フーズを設立、冷凍食品製造開始
1997年 有限会社まるいちフードサービスを設立、セルフうどん店のチェーン展開開始
2003年 乾めんの新工場建設、大型1号ライン完成
2003年 さぬき興産株式会社を設立
2004年 乾めん工場の大型2号ライン完成
2005年 有限会社まるいちファームを設立、高糖度トマト栽培
2005年 ピュアフーズ株式会社を設立、大型冷凍めんライン操業開始
2008年 ファインフーズ株式会社を設立、大型冷凍めんライン操業開始
2009年 麺匠さぬき株式会社を設立、大型冷凍めんライン操業開始
2011年 乾めんの新工場建設、大型3号ライン完成
2013年 府中エリアに冷凍めん・パスタの大型ライン完成
2021年 現在、冷凍パスタ大型ライン5工場
2022年 冷凍めん大型ライン着工予定 - 確認日
- 2021.08.30
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