
世界に例をみない速度で人口減と高齢化が進行する日本。徳武産業社長、十河孝男さん(63)は、高齢者用靴のニーズとシニア市場の動向を見据えた。
専門家や業界から非常識で無謀といわれたが、靴の左右別サイズや片方販売に踏み切った。脱ぎ履き簡単、軽くて手洗い出来る、つま先に角度を付けたつまずきにくい靴も開発した。
1995年、ケアシューズ「あゆみ」を開発。年間65万足。今年3月には累計500万足を売り上げる徳武産業は、高齢者用靴のトップ企業に成長した。
本当のニーズ

転倒事故と靴の関係を指摘されたのは初めてだった。思いがけないことだった。2年かけて約500人から歩行の悩みを聞いた。出回っていたリハビリ用の靴と、高齢者が求めているものに大きなギャップがあった。
「かかとをしっかりサポートして、軽い。明るい色で、値段は安い」というものだった。「お年寄りはつま先から着地して歩くことが多い。靴に適当な反り返りがあれば転倒を防げる」とも気づいた。十河さんが、本当のニーズとケアの必要性に目覚めた瞬間だった。
「お年寄りの生活や歩行をきちっと研究して、日本一の靴を開発しよう」。十河さんがアイデアを、妻のヒロ子さん(61・現専務)が試作して、二人三脚で「あゆみ」を開発した。
片方だけを売る
「3千社ある靴メーカーの、どこもそんなことを考えたこともやったこともない。悪いことを言わないからやめろ」。専門家や業界から非常識で無謀だと忠告された。
「左右サイズ違いの靴が欲しいという人はいましたが、片方だけを売ってという人はいませんでした。でもモノを大切にするお年寄りの気持ちに応えたかったんです」
左右のどちらがよく売れるか分からない。でも右が売れ残ったら左を増産すればいいと踏み切った。
昨年度の売り上げの約10%が片方販売だ。高齢者の足の悩みに細やかに対応する徳武産業の、誰も考えない「非常識」は、確かな成功戦略だったのだ。
パーツオーダーシステム
左右の脚長差で歩きづらい人も、靴底の高さを調節すればいい。車椅子の人は、ゴム底にすれば足こぎが楽になる。スパイク付きなら寒冷地の雪道や凍結路面ですべりにくい。既製サイズが合わないなら、靴の長さもはばも、履き脱ぎ用ベルトの長さも特注できる。ベルトは、利き手によって左右どちらからでも外せる。
足首をしっかり固定する二重ベルト仕様もある。ベルトの端に取っ手を付けたら、指先が不自由でも開閉が簡単になった。需要の多い幅広靴は、普通品より3.6センチ広い9Eまでを定番商品にした。
手書きのカード
「長い老人ホームの生活で、家族の訪問回数が減って寂しい思いをしているお年寄りを、子どもや孫にはなれませんが、お慰めしたいんです」
思いがけないことが起きた。カードを書いた社員に「身内より温かい心遣いがうれしい」と礼状が届き始めた。「誕生日前に亡くなったので愛用の靴を柩(ひつぎ)に入れました。天国であゆみの靴をはいています」という家族の便りもあった。
「もっとお年寄りのニーズを知ろうとアンケートはがきを一緒に入れたら、赤色の靴も欲しい、こんな機能もつけてと、どんどんはがきが戻ってきました」
「あゆみ」は、きめ細かなケア機能とつくり手の思いやりで、高齢者の足と心を支えている。
※誕生日プレゼント
購入日から2年間に限定。
念ずれば花ひらく
「つらかったですね。経営には『まさかの坂』があるということ、赤字が若者たちの将来さえつぶす罪悪だということを、思い知らされました」
一社に販売を頼りすぎたミスだった。失敗は「あゆみ」の展開に活かされた。販売経路を多様化して取引先は現在千社以上になっている。2004年5月、座右の銘「念ずれば花ひらく」を刻んだ石碑を建てた。「発売から8年後、問屋さんやいろんな方から、日本一になりましたねと言われました。社員や自分へのご褒美として、坂村真民(さかむら しんみん)先生に書いていただきました」。十河さんは石碑を毎朝見て、初心に帰るという。
※坂村真民
1909年~2006年。癒やしの詩人といわれる。「念ずれば花ひらく」は多くの人に共感を呼び、詩碑は全国、さらに外国にまで建てられている。
シニア市場を開拓する
十河さんは、元気なのに思わぬところでつまずく団塊世代の足元に目を向けた。
「コンセプトは『あゆみ』と同じですが、シニアのおしゃれ心にフィットするデザインで、手頃な値段のセカンドブランドが必要なんです。中国に靴工場を持つ企業と連携して、今年の夏ごろ製品を出す予定です」
十河さんは5年後に売り上げ22億5千万円、経常利益2億5千万円、販売数110万足を達成して、次の世代に社長を譲ると決めている。
「人生最後の靴をつくる使命の重さをしみじみ感じます」・・・・・・十河さんの勲章は、高齢者から届いた数多くの「ありがとう」のはがきだ。
※65歳以上の人口
総務省発表の2010年9月現在の推計人口
掃除の効用
社員は、1カ月に1回1時間早く出勤して担当範囲を、2カ月に1回勤務時間内に会社周辺の道路や用水路、近くの「みろく公園」を全員で掃除する。
「社屋で畑の日当たりが悪くなりますし、50人近い社員や運送用トラックの出入りで、地域に迷惑をかけているんです。掃除すれば自分自身も、地域の人も気持ちが良いじゃないですか」
掃除は人間修行だという。「新入社員は、掃除をいやいやするでしょう。でも掃除するときれいになります。自然に態度が変わって真剣になります」。石碑の近くに設けられた収納場所に、掃除道具が整然と並べられている。
十河 孝男 | そごう たかお
- 1947年 三木町生まれ
1966年 香川県立志度商業高等学校(現:志度高校) 卒業
香川相互銀行(現:香川銀行) 入行
1971年 縫製メーカー入社、韓国工場勤務
1984年 徳武産業入社、急逝した義父の後を継いで社長に就任、
現在に至る
- 写真
徳武産業株式会社
- 住所
- 香川県さぬき市大川町富田西3007
- 代表電話番号
- 0879-43-2167
- 設立
- 1966年9月
- 社員数
- 80人
- 事業内容
- ケアシューズ(高齢者シューズ)、ルームシューズ製造販売 他
- 資本金
- 1000万円
- 創業
- 1957年5月
- 主な製品
- ケアシューズ(高齢者シューズ)
リハビリ・介護用シューズ
トラベルスリッパ
ルームシューズ - 地図
- URL
- http://www.tokutake.co.jp/
- 確認日
- 2024.10.03
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