村を育てる学力

香川県教育委員会 教育長 工代 祐司

column

2020.11.05

『村を育てる学力』は、1957年に明治図書から出版された東井義雄さんの本の題名だ。当時、東井さんは兵庫県の農村で小学校の教師をされていた。高度経済成長のとば口を迎え、貧しい農村から夢多き都会へと子どもたちを送り出すことが学校の使命とされていた。

東井先生は言う。「村の子どもたちの希望を、都市の空に描かせることによって、『学力』の昂揚をはかろうとする。」「この道が学力昂揚の唯一の道であり、村の子どもたちをしあわせにする道であるようにも思われる。」

しかし、「私は思わずにはおれない。このような、『村を捨てる』立場から育てられた『主体性』が、『村を捨てる学力』を形成していくことは必然だが、はたしてこれでよいのか…と。」学力の普遍性と地域性の葛藤の中で、先生は、「村を育てる学力」の意義と必要性について探究、提唱された。(「」内は原文引用)

まず、今立っている土(村=地域)を問題にし、そこから村を知り、村を考え、村を愛し、村をより良くする。そうした視点に立った学力を志向することが学校教育の使命ではないか。それによって初めてその学力は、真の意味で生きた学力になる。学問の価値は普遍的、客観的であるべきだが、学習の主体性はあくまで生まれ育った土から出発すべきだ。「村を育てる学力」によって養われた学力は、たとえ村を離れようとも、それぞれの場で人生を切り拓く力となるはずだ。

60年余の歳月を経て日本の社会経済環境は大きく変化した。しかし、少子高齢化、若者の流出、人口減少、グローバル化、経済的格差など課題は山積している。東井先生の考えは、私たちに大きな示唆を与えてくれる。むしろその重要性は増していると感じる。故郷を深く知り、愛し、地域の課題に向き合う意欲と力。それは世界の課題解決にもつながっていく。今こそ「香川を育てる教育」の実践を通じて「香川の空に希望を描ける」人材の育成が求められる。

なお、東井先生の著書については、当コラムの執筆者のお一人である香川大学創造工学部の長谷川修一先生からお教えいただいたものである。

香川県教育委員会 教育長 工代 祐司

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