技と伝統を継承し、酒蔵再生へ

綾菊酒造 社長 岸本 健治さん

Interview

2015.03.05

寛政2年(1790年)創業、200余年の伝統を誇る綾菊(あやきく)酒造は経営者の高齢化が進む一方で後継者がおらず、存続の危機にあった。売却先を探していたところに名乗りを上げたのが、酒や食品の製造販売・卸などを手掛ける大阪の(株)飯田だった。専務が香川出身という縁もあり、昨年5月、全株式を取得し、飯田の開発営業部チームリーダーで、それまでは営業畑一筋だった岸本健治さん(50)が社長に就いた。

「最初はいろいろありました。よそものがのっとったとか、大阪から金儲けに来たとか。それは違います。事業を引き継がせてもらったんです。歴史ある酒蔵を残すことは日本酒業界にとっても大切なことです」

従業員もそのまま引き継ぎ、技術、ブランド、伝統を引き継いでいく。

新社長は香川にどっぷり骨をうずめる覚悟で、地元に愛される酒蔵再生へ挑む。

「日本酒離れ」も「風向きは悪くない」

綾菊酒造を代表する銘柄「吟醸国重」は、すっきりした旨口で飲みやすいのが特徴だ。通常、吟醸酒は甘い香りが強く、たくさんの量は飲めないという銘柄が多いが、「国重」が目指すのは、飲んでも飲んでも飲み飽きない、食の風味を生かすお酒だ。

「日本人の主食はお米、お酒の原料もお米。合わないはずがありません。そして食のベース、和食に合うのはやはり日本酒。食事しながら飲む食中酒が究極の目標です」

ビール、焼酎、ワイン、カクテル・・・。

アルコール飲料市場は、それ自体が縮小傾向にある中、多様化も進む。10年ほど前は焼酎がブームだったが、今はウイスキーが人気だ。とは言っても、焼酎もウイスキーも市場全体を底上げするほど伸びているわけではない。日本酒はと言えば、毎年5~6%の減少が続き、出荷量は30年前の半分にまで落ち込んでいる。逆風の真っただ中にあるように見えるが、「実は風向きは悪くないんです」と岸本さんは語る。

若者を中心に日本酒離れが進んでいると言われるが、減っているのは価格帯が低い大衆向けの普通酒で、特定名称酒と呼ばれる吟醸、純米、大吟醸などは少しずつ伸びている状況にある。「普通酒の流通量が多いので、全体の数字は確かに落ちています。しかし、特定名称酒が伸びているのは何を意味するか。品質の良いものは売れている、お客さんの口が肥えてきているということです」

良いものを作れば必ず伝わる。そう言い切れるだけの強力なアドバンテージが綾菊にはあると岸本さんは見ている。

良いものを良い状態で届ける

彩菊ブランドの数々。「国重」の吟醸、純米吟醸は冷やか、ぬる間で、特別純米は熱燗で、と岸本さんは勧める

彩菊ブランドの数々。「国重」の吟醸、純米吟醸は冷やか、ぬる間で、特別純米は熱燗で、と岸本さんは勧める

綾菊は代々、地元の水と米にこだわってきた。近くを流れる綾川には開発の手が入っておらず、豊富な伏流水を100%利用できる。酒米には地元産の良質な「オオセト」を使う。地元にこだわる精神は、(株)飯田が経営を引き継いだ以降も変えてはいない。そして何よりの強みは、「綾菊」ブランドを全国区に押し上げた名杜氏・国重弘明さんの存在だ。

国重さんは全国新酒鑑評会で13年連続、通算20回の金賞を受賞し、「現代の名工」にも選ばれた綾菊の看板杜氏だ。オオセトは吸水性が悪く小粒なため扱いにくいが、国重さんが試行錯誤の末、10年がかりで「吟醸国重」を作り上げ、大人気銘柄に育った。78歳という高齢だが、国重さんの元で20年間修行を積んでいる46歳の副杜氏・宮家秀一さんが次に控えている。

「事業の継承は、イコール技術の継承です。日本酒業界ではこれが極めて難しいんですが、ここではしっかりと引き継がれています」

良いものを作り続ける技術はある。そこで岸本さんが考えたのは、その次の段階だ。「良いものが良い状態のまま、お客さんに届いているのかということです」

日本酒は温度や湿度に弱く、瓶詰や保管の状態次第で味や風味が一気に劣化してしまう。これまでの設備は老朽化などで品質管理に限界があったうえ、基本的に一升瓶にどんどん詰めていくという大量生産向けだった。

「たくさん作って大手と張り合っていくという蔵ではありません。これからは少量多品種の時代。消費者ニーズに合わせて少量でもタイムリーな形で供給していく。そうすることで地方の蔵の良さが出せると思います」

岸本さんはこの夏を目標に、夏でも冬でも一定の温度で管理できる高性能冷蔵庫や、小ロット対応可能な瓶詰設備に一新する計画だ。

最高のコミュニケーションツール

(株)飯田は、関西圏を中心に多くの事業所や関連企業を持ち、酒類の製造販売や卸売で年間に約1000億円を売り上げる一大グループだ。岸本さんは入社後、専ら営業畑を進んだ。酒屋、スーパー、百貨店などあらゆる分野を見て回る卸営業のプロフェッショナルだった。ところが一転、まさに畑の違う地方の酒蔵の経営者となった。「最初は戸惑いもありました。伝統と歴史のある酒蔵ですから相当なプレッシャーも感じています。成長産業ではないので舵取りが難しいということも分かっていますし・・・・・・」。しかしこれまでの営業経験から、厳しい業界とは言え「良いものは売れている」ことは知っていた。綾菊で受け継がれている技術があればやっていけるという自信もあった。

経営を引き継いだ時、地元から「飯田グループが入るんだから、どんどん外に売りに行くんでしょう」「大阪で売るのはお手のものですね」といった声が聞こえてきた。「吸収してのっとった」というイメージを持たれているのも感じていた。「私たちは売り手ではなく、作り手です。本当に良いものを作り、地元の人に飲んでもらう。第一歩はそこからです」。まずは地元で認めてもらう。岸本さんが掲げる大きな目標だ。

「お酒は最高のコミュニケーションツールです。冠婚葬祭にも欠かせません。うれしい時にも悲しい時にも飲むのがお酒なんです。そんな時はやっぱり日本のお酒を飲んでほしいですね」

営業マンから経営者へ。勝手は違うが、「何よりも好きなお酒に関わる仕事ができるのは幸せなことですよ」と笑う。若い人たちにも日本酒の魅力をもっと知ってもらいたいと、今後は微発泡系の清酒など若者向け商品も開発していきたいと語る。そして、自身に課せられた大きな使命も感じている。

「今の時代、酒蔵をやっていくのは正直大変です。しかし、うまく軌道に乗せることができれば酒蔵再生のモデルになる。業界のためにも、非常に重要な役割を担っていると思うんです」

◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮

岸本 健治 | きしもと けんじ

1964年3月20日 奈良県生まれ
1986年 大学卒業後、株式会社飯田に入社
2007年 開発営業部広域営業チームリーダー
2014年 綾菊酒造株式会社 代表取締役 就任
写真
岸本 健治 | きしもと けんじ

綾菊酒造株式会社

住所
綾歌郡綾川町山田下3393番地1
TEL:087-878-2222
FAX:087-878-1655
創業
1790年
設立
1945年
資本金
4706万円
従業員数
19人
主要商品
<清酒>
綾菊製品各種
主要銘柄「国重」「大吟醸」「純米吟醸」他
<焼酎>
「樫樽貯蔵空海の道」「MAO(まお)」
「青い風」他
<リキュール>
「うめ酒」「ゆず酒」「かりん酒」
製造内容
・原料米 香川県産「オオセト」「さぬきよいまい」他
・醸造用水 綾川伏流水
確認日
2018.01.04

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