日経支局長から転身 「ビリからの逆襲」誓う

カマタマーレ讃岐 常務取締役 岩澤 健さん

Interview

2015.09.03

熱狂的と言えるほどのサッカーファンではなかった。新聞記者という仕事にやりがいや誇りもあった。「生活の安定など理屈で考えたら有り得ない選択だと自分でも分かっていました」。日本経済新聞社の高松支局長だった岩澤健さん(55)は今年5月、30年間勤めていた新聞社を辞めた。

「スポーツクラブの経営をやってみないか」。1年ほど前から、取材を通じて親しくなったサッカーJ2・カマタマーレ讃岐の幹部から強いオファーを受けていた。「最初は冗談かと思いました」。年収は新聞社時代の数分の一になる。人に相談すると皆一様に反対する。不安はあった。しかし考えれば考えるほど、湧き上がってくる感情を抑えきれなくなった。

「満員のスタジアムで観客が一つになって地元チームを応援する。そんな景色を見たくなったんです」

新聞記者から経営者へ。岩澤さんは香川に定住し、カマタマーレ讃岐と共に歩んでいく新たな人生を選択した。

初観戦のハードルを下げる

7月26日、カマタマーレ讃岐の本拠地・香川県立丸亀競技場で行われたギラヴァンツ北九州戦。岩澤さんは真っ黒に日焼けした顔で、来場するサポーターにうちわを配っていた。「大切なのは地道な努力の積み重ねです。話題性のあるイベントも並行してやっていこうと思っています」。常務取締役になったばかりの岩澤さんがまず担当するのは営業と広報だ。スポンサー回りや、どうすれば観客が増えるかについて日々考えを巡らせている。

カマタマーレの収入源の柱の一つはホームゲームの入場者だ。リーグ後半戦からクラブで掲げたキャッチフレーズは、若手社員発案の「平均入場者数ビリからの逆襲」。Jリーグに初めて挑んだ先シーズン、1試合平均の入場者数は3317人で、J2の22チーム中、最下位だった。「あえて自虐的な『ビリ』のフレーズを使うことに面白さを感じました」

今後のターゲットとして捉えているのは一度もスタジアムに来たことのない人だ。岩澤さんは、人が人を連れてくる新たな仕組みを作りたいと話す。「一人で初めて試合を見に行くというハードルは思った以上に高い。どこに座ればいいかとか、応援歌を歌えなくて大丈夫かとか、『知らない怖さ』は大きいと思うんです」。知っている人が一緒だと、分からない時は聞けばいい。「その瞬間に不安だったハードルがぐっと下がります」。今月20日の徳島ヴォルティス戦は1万人の集客を目標にし、そのゲーム限定で10人分の料金で11人が観戦できる特別割引の「イレブンチケット」を販売する。「職場の仲間を誘い合って来てもらおうと企画しました」

人に誘われて初めて観戦し、スタジアムの迫力を感じ、カマタマーレの魅力に引き込まれていく。それはまさに岩澤さん自身がたどったルートだった。
スタジアム入口でうちわを手渡す岩澤さん 岩澤さんが中心になって進める観客動員プロジェクトのチラシ

スタジアム入口でうちわを手渡す岩澤さん
岩澤さんが中心になって進める観客動員プロジェクトのチラシ

誘われて、のめり込んだ

2012年4月、岩澤さんは日本経済新聞社高松支局長として香川に来た。翌年の6月、知り合いに「カマタマーレの試合を見に行かないか」と誘われた。サッカー少年だったわけでも、戦術が語れるほどのサッカー通でもなかったが、スタジアムで見る試合は純粋に楽しかった。その後も誘われて何試合か観戦するうちに、「どんどん楽しくなって次第に誘われなくても一人で行くようになっていました」

今思えば転身の引き金になっていたと語るのが13年12月、J2昇格をかけたアウェーでのガイナーレ鳥取戦だ。テレビで応援するつもりだったが、「当日の朝、居ても立っても居られなくなったんです」。急いで鳥取へ向かった。1対0で勝利し、J2入りの歓喜をサポーター達と共有した特別な一日になった。

カマタマーレ入社を打診されたのは昨年6月だった。「最初は『えっ、僕が?』みたいな感じでした」。何度話を持ちかけられても、新聞社を辞めるつもりはさらさら無かった。だが、ある晩にオファーを真剣に考えた。「地方のクラブはある意味ベンチャー企業。その経営に携わる自分の姿を想像したら、急にワクワクして眠れなくなったんです」

給料は大幅に下がるが、蓄えもあるのでやっていけるだろう。老後に住みたいと思っていたほど香川の人柄や土地柄は気に入っている。何より、50歳を過ぎた自分を必要としてくれている。「人に誘われてカマタマーレにのめり込んでいったプロセスを考えると、サッカーに詳しい人間よりも自分のような立場の目線がクラブには必要で、力になれるんじゃないか・・・・・・」。やがて気持ちは固まった。

新聞社に退職願を出した後、当時の社長と副社長に挨拶に行った。ここまで育ててもらったのにと申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、「日経からスポーツクラブの経営に移る人間は初めてだ。面白い。応援するから頑張れ」と言ってくれた。こんなにありがたい言葉はなかったと振り返る。

小学生の時から憧れていたというジャーナリストになり、証券会社の不祥事などバブル崩壊の最前線を報じた。阪神淡路大震災では大勢の取材陣を束ねるキャップも務めた。今後、新聞というマスメディアで発信することはないが、「カマタマーレもある意味メディアの一つだと思う。情報はどんな形でも発信できるし、新聞記者だったキャリアを捨てる気もない。これからもジャーナリストの精神は持ち続けたいと思っています」

想定外だった夢を追って

目標とするチームがある。今シーズンからJ1で戦う長野の松本山雅FCだ。「市民クラブの成功例と言われています。スタジアムは駅から車で30分。地方都市で市民クラブ出身のカマタマーレと条件は似ています」

J2にいた先シーズン、カマタマーレとの試合を長野まで見に行った時、衝撃を受けた。「地方のJ2のスタジアムがこんなに人で埋まるのかと、その盛り上がりと一体感にゾクゾクしました」。松本山雅も10年前の観客数は1試合平均1500人余りだった。現在は1万2000人を超える。「どんなやり方で増やしていったのか、その手法をこれから解明していきたいと思っています」

2万人収容の丸亀競技場をいつか満員にしたい。そんな夢を持つことになるとは自分の人生では想定外だったと語る。「優勝争いやJ1昇格をサポーター達と喜び合う。そんな光景を想像するとワクワク感が止まらないんです」。丸亀競技場で過去に最も観客が入ったサッカーの試合は、今年5月のなでしこジャパン戦の1万4000人だ。満員にすることが簡単ではないことは分かっている。

「地域スポーツのマネジメントは厳しい分野ですが、地元への愛着や一体感を生み出す有力な地方創生のツールになれる。その手伝いができればと思うと、またワクワクしてくるんです」

◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮

岩澤 健 | いわざわ たけし

1960年 千葉県生まれ
1984年 早稲田大学政治経済学部 卒業
    日本経済新聞社 入社
2012年 高松支局長
2015年 カマタマーレ讃岐 入社
    常務取締役
写真
岩澤 健 | いわざわ たけし

株式会社 カマタマーレ讃岐

住所


高松市西春日町1059-13
TEL:087-887-3280
FAX:087-887-3327
設立
2008年1月16日
資本金
7675万円
代表者
代表取締役会長 大西大介
代表取締役社長 熊野實
本拠地
香川県立丸亀競技場(Pikara[ピカラ]スタジアム)
主な事業
サッカー競技の興行
サッカーチームの運営 他
1956年 高商OBサッカー部として設立
2006年 カマタマーレ讃岐に改称
2010年 全国地域リーグ決勝大会で優勝しJFL昇格
2013年 JFL2位 入れ替え戦を経てJ2昇格
2014年 J2リーグ21位
2015年 J2リーグ14位(30節終了時)
確認日
2018.01.04

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