「デザイン思考」で 香川大学が変わる

香川大学 学長 筧 善行さん

Interview

2018.01.18

殻を破った新学部

香川大学に新しい学部「創造工学部」が誕生する。構想段階から新学部設置を主導してきたのが、昨年10月に学長に就任した筧善行さん(63)だ。「基盤は工学部ですが、従来の工学教育の殻を破った全く新しい学部です」

学生たちは「造形・メディアデザイン」「建築・都市環境」「防災・危機管理」など7つのコースで学ぶ。キーワードは“デザイン”だ。

例えば「安全で快適な街づくり」。人間工学、人工知能、VR(仮想現実)といった技術的なアプローチに加え、そこに暮らす人や利用者の視点も考慮。理想的な交通システムなど街の未来をデザインしていく。

「デザインとは新たな価値を創造することです。これまでの工学部は一つの分野を深く学ぶ技術者養成教育が主流だった。企業からの評価は高かったが、それで本当にいいのかという思いがありました」
副学長だった3年前、筧さんは“香川大学改革”に着手。米スタンフォード大学が取り入れている「デザイン思考教育」に注目した。「スタンフォード大のデザインは、形や模様などの意匠的なものではなく、プランニングや問題解決という意味。これを工学に応用したら面白いんじゃないかと思いました」

新たな価値の創造には、システムの不具合や情報漏えいなどリスクが必ずつきまとう。筧さんは「デザイン思考」に「リスクマネジメント」を加え、二本柱をカリキュラムのベースにした。計画を進めるうち、東京の芸術大学の教員や自動車メーカーの開発担当者らが筧さんたちの考えに賛同。教員として参加してくれることになった。「年収はかなり減るかもしれません。でも皆さん、デザイン思考を融合させた新しい工学を若者たちと一緒に始めることにワクワクしてくれている。とてもありがたいことです」

新設する創造工学部の他、経済学部はこれまでの3学科制から、観光や地域振興、グローバル社会経済などを学ぶ1学科5コース制に改組。医学部は一昨年新たに法整備された国家資格「公認心理師」を養成する「臨床心理学科」を全国の国立大医学部で初めて設置する。「デザイン思考とリスクマネジメントは何の分野にでも当てはまる。最終的には全学部共通で取り入れ、地域のニーズに応えられる、創造力溢れる人材を育成したい」

デザインの“デ”の字も知らなかったと笑う筧さんのデザインで変貌する香川大学は、今年4月に新たなスタートを切る。

挫折から生まれた縁

筧さんは、元々は泌尿器科医だ。手術支援ロボット「daVinci(ダ・ヴィンチ)」を操るなど、数々の難手術を執刀してきた。一方で、患者のQOL(quality of life)向上のために手術を避ける「監視療法」を推奨するなど、前立腺がん治療の権威として全国にその名を馳せている。
出身は京都市。医者の家系に生まれ、京都大医学部でキャリアを積んだ。香川にゆかりはなかったが、ある挫折をきっかけに香川大学との縁が生まれた。「人生、何がどう転ぶか分からないものですね」

1998年、京都大学の教授選で1学年下の後輩に敗れた。「私がいるとやりづらいだろうから、早く大学から出ていってあげたいと思っていました」

たまたま香川医科大学(当時)の教授の退官に伴う公募が出ていた。「京都大の前任の教授が、私が落ち込んでいるのではと心配して『応募してみないか』と声をかけてくれました」

2001年、泌尿器科学の教授として香川医大に迎えられた。「暖かい気候だから良いか、というくらいの軽い気持ちで来ましたが、私も家族もすっかり馴染みました。子どももすくすく育ち、ここに来て本当に良かったと思っています」

Don't hesitate!

国立大学の法人化や少子化の影響で大学間の競争は年々激しさを増している。だが、「香川大学は特徴が乏しく、ブランド力が弱いと常々思っていました」

ブランド力をアップさせるためのデザイン案が筧さんにはまだまだある。その一つが東京の大学との交流事業だ。「半年から1年位それぞれの学生を交換します。デザイン思考などの手法は他大学にとっても魅力的だと思うし、香大生も東京の空気を吸って来てもらう。既に都内いくつかの有名私立大と具体的な検討を始めています」

さらに構想を練っているのが「リカレント(生涯)教育」だ。寿命がさらに延び「人生100年時代」へ向かう中、「暮らし方や大学の位置づけが大きく変わってくる」と強い口調で話す。「中高年の方が自分に再投資しようと考えた時の受け皿に大学がならなければならない。40歳を過ぎてからのデザイン思考も、公認心理師になりたいというのもありだと思います」

香川大学の変革元年、ともに歩んでいく学生たちへ、筧さんはこうメッセージを送る。「香大生は真面目で優しい子が多い。でもこれからは、多少行儀が悪くても、現状をぶち壊して会社を蘇らせるようなアイデアを提案できる人材が求められると思う。『Don't hesitate!(躊躇しないで。遠慮しないで)』の精神で育っていってほしい」

学長になって以降、キャンパスを歩く学生たちにすぐ目がいくようになった。「肩を落として歩いているのを見ると、何があったんだろうと気になって仕方がない。学生がいつも元気でニコニコしている。そんな大学をつくっていきたいですね」

篠原 正樹

筧 善行 | かけひ よしゆき

1954年 京都市生まれ
1973年 愛知県立旭丘高校 卒業
1981年 京都大学医学部 卒業
1989年 京都大学大学院医学研究科 修了
2000年 京都大学大学院医学研究科 助教授
2001年 香川医科大学医学部 教授
2008年 香川大学医学部附属病院 副病院長
2013年 香川大学 副学長
2015年 香川大学 理事・副学長
2017年 香川大学 学長

国立大学法人 香川大学

住所
香川県高松市幸町1番1号(幸町キャンパス)
代表電話番号
087-832-1000
設立
1949年5月
学部
教育学部、法学部、経済学部、医学部、創造工学部、農学部
大学院
創発科学研究科、工学研究科、医学系研究科、農学研究科、
教育学研究科、地域マネジメント研究科、連合農学研究科
地図
URL
https://www.kagawa-u.ac.jp/
確認日
2024.03.07

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