まちの歴史に思いをはせて城跡巡り

日本航空 高松支店長 福永 航一さん

Interview

2014.09.18

今年6月に着任。史跡が好きで、「四国に来たので、村上水軍に興味が湧いてきました。ゆかりの場所に行ってみたいですね」と話す、福永航一さん。航空会社勤務を予見していたかのような名前だ。

歴史好きは子どもにも

子どもは2人で、高校1年の娘と中学1年の息子がいる。娘は小学生の時にバスケットボールを始めた。影響を受けた息子もバスケットボールを始め、福永さんは練習相手を務めるように。「持って生まれたセンスは個人差があります。けれど、努力でカバーできることもあると、頑張る子どもの姿を見て感心しました。仕事にも通じるものを感じますね」

自身は、小・中学校とサッカーに励んだ。一方で、歴史にもはまった。歴史小説好きの父の影響だ。「司馬遼太郎の作品はほとんど読みました」。高校生になると、地元の図書館で史料を見て、城跡をあちこち巡った。「『こんなところに城が』、『これってもしかして堀だったのか』と考えるのが面白い」

大人になってからもその趣味は続く。大学の夏休みにはバックパッカーを経験。1カ月掛けて、フランス、ドイツ、スイス、スペインなどヨーロッパを回った。「ドイツのロマンチック街道が印象的。この旅をきっかけに、人との交流の楽しさを知りました。辞書を引きながら、英語で会話したことも良い思い出です」

JAL入社後、名古屋勤務のときには鷲津砦(わしづとりで)など桶狭間の戦いゆかりの場所を訪ねた。「息子も歴史に興味を持ち始めたので、名古屋城や浜松城、駿府城などには一緒に出掛けました。男同士2人で、全国の城巡りをしたい」

経営破たんを機に

仕事をする上で意識してきたのは「明るく、楽しく、元気よく」。「明るく」は目標を明確に、「楽しく」はやるべきことを理解して主体的に取り組む、「元気よく」はスピードを意味するそう。「お客様の必要なタイミングにサービスを提供したい。スタッフの先にいるお客様を想像しながら、業務に当たっています」

JALは2010年に経営破たん。それが、大きな転機となった。「当時は社内の一体感や、なぜ経営が順調でないのかという当事者意識が欠けていたように思います。破たんによる環境の激変を機に、稲盛哲学(フィロソフィ)・部門別採算に触れ、社員一人一人の考え方、コスト意識が変わりましたね」。安全やサービスの品質はそのままに、アイデアや努力で費用を抑える。

「まだまだ再生途上。会社を生かしてもらったことを忘れずに、歯を食いしばって土台を固める時期だと思います。交通は社会基盤。人間の体でいうと、血液のようなものでしょう。インフラとしてしっかり整備し、既存路線の充実を図りたい。それが社会への恩返しになるのでは」

福永 航一 | ふくなが こういち

略歴
1964年4月  神奈川県生まれ
1988年3月  早稲田大学政治経済学部 卒業
1988年4月  日本航空株式会社 入社
2007年5月  国際営業部日本地区販売グループマネージャ
2008年4月  名古屋支店販売部国際販売業務グループ長
2010年12月 路線サポート部制度グループ長
2014年6月  高松支店長

日本航空株式会社

確認日
2014.09.18

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