世界から日本を見つめ、ふるさとを思う

NHK高松放送局 局長 久保 智司さん

Interview

2013.08.15

「小学生のころから時事問題を扱うテレビ番組が好きでしたね」。学生時代は、米ソ冷戦が激化し、東アジアでは日中外交の在り方が問われていたころ。政治の動きを取材したいと、NHKへ入社した。高松市出身で年に数回は帰省していたが、暮らすのは高校卒業以来36年ぶりだ。

報道で培った記者魂

入社後、広島放送局へ配属となり、警察担当など記者を6年間務めた。「広島では取材のいろはを学びました。他社の『すっぱ抜き』が怖くて、毎朝、新聞を見るのが、気が重い時期もありましたよ」。その後、1年間のロンドン留学を経て、報道局国際部へ。イランのテヘラン支局長として湾岸戦争を取材した。

衝撃的だったのは、当時のルーマニア大統領・チャウシェスク氏の銃殺事件。テヘランを訪れていた大統領を帰国まで取材したその一週間後、事件は起きた。帰国の途につく彼に「Good luck, Mr. President」と声を掛けたときのことを、今でも鮮明に覚えている。

イラクがクウェートに侵攻した後は、交代でヨルダンのアンマンとイラクのバグダッドに張り付き、開戦の知らせを聞いた。アメリカ軍の拠点滞在中には、生まれて初めて空襲警報を経験。まさに報道の最前線に立っていた。

ベトナムのハノイ支局長を経て帰国。ニュース番組のキャスターなどを務めた後、再び海外勤務で台湾へ。「中国と台湾の関係は、独立を巡って揺れていました。日本でいるときとはまた違う角度で、中国を見ることができましたね。学生時代から追いかけてみたかったアジア情勢を、思う存分取材しました」

世界に向けてニュースを発信

帰国後、日本のニュースを世界に向けて英語で放送するチャンネル「NHK World TV」の24時間化に携わった。NHK World TVは、衛星を通じて全世界に配信している。ニュース制作部長として、日本国内の出来事を分かりやすく伝えることに努めた。「国際放送は、公共放送にしかできないことです。日本の実情を海外の人にもっと知ってほしいという気持ちで取り組んでいましたね」。多国籍の人々が集まる制作チームは、海外勤務とは異なる面白さがあった。

36年ぶりに暮らす香川

「あまり知られていないかもしれませんが、高松放送局は取材用のヘリコプターを持っているんですよ」。緊急取材時は、高松が四国の拠点となる。24時間いつでも出動可能な状態だ。

ふるさとに帰って来たからこそ、してみたいことがある。「高齢化と人口減少が進む香川に、元気を吹き込むお手伝いができれば。みんなで一生懸命になれる『何か』があったらいいですね」。仕事帰りに楽しめるプロスポーツチームのナイター試合や、地元・国分寺の特性を生かした「盆栽マイスター養成学校」など、実現も夢ではないアイデアが次々に湧く。

久保 智司 | くぼ さとし

略歴
1956年9月6日 高松市(国分寺町)生まれ
1980年3月 東京大学文学部 卒業
1980年4月 NHKに記者として入社、広島放送局に配属
1989年6月 テヘラン支局長
第1次湾岸危機・湾岸戦争を取材
1992年6月 ハノイ支局長
1996年4月 おはよう日本「ワールドナウ」キャスターを務める
1999年6月 北九州放送局 報道担当副部長
2002年6月 台北支局長
2005年6月 広報局経営広報部 担当部長
2008年6月 編成局編成センター 統括担当部長
2009年6月 国際放送局ニュース制作部長
2012年6月 高松放送局長

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