楽しかった家業の手伝い
学生時代はテニス部に所属していたという中川さんだが、今、幼いころの思い出として蘇ってくるのは、家業の材木店を手伝っていた光景だという。「だからといって、決して大げさな話ではない。普通に家の仕事を手伝っている、ただそれだけの意識で、特別のことではなかったんですよ」
中川さんの生家は、材木の販売を生業としていた。祖父と叔父が岩国市で営む製材所から仕入れた原木や建材などを船で運搬し、倉庫に保管して用途に合わせて販売する。「販売はほとんどが島内で、家の新築や増改築用に、大工さん相手に売ることが多かったですね」
中川さんは姉と2人姉弟。長男ではあったが、「大きい店でもないし、特に家業を継ぐ意識はなかったんです」。モータリーゼーションが発達していなかった当時、港に着いた船から仕入れた木材を倉庫に運びこむのに主に大八車を使っていた。「友達と遊んでいても、木材をのせた船が港に着いたら、遊びをやめて運搬の手伝いに行く。木材を大八車に積み替えて何十回も往復する。でも、遊んでいる友達がいてもなぜか抵抗はなかった。手伝いが楽しかったんですよ」
木材の質感や色、匂いなどで木の種類を知ったり、新建材を紹介するカタログを読んだり、「面白かった。木材に触れることはもちろん、注文を受けたり配達に行ったり、商売を手伝うことは生活の一部になっていました」
子どもの目線ではあったが、仕入れや販売など、取り引きの様子をしっかりと見た。「仕入れのときなどは、お客様が満足するかどうかを一番に考え、現物をよく見て選びます。これは商売の基本の一つ。商いの大切な考え方はここで養われたと思いますね」と中川さん。「とは言ってもなかには、子どもが集金に来たと怒る人もいましたよ(笑)。いただいたお金が1円でも違ったら困るので、注意深く数えたものです。お金の大切さもよく分かりました」。木材を仕入れ、家を建て、完成した家を見て喜んでもらった。その充実感、経験は現在にもつながっている。
やはり気になる木材、気の香り
今は締めてしまった実家の材木店。現在携わっている具体的な仕事の内容は違っていても、中川さんの「商い」の原点は、周防大島の材木店にあるようだ。
中川 幸治 | なかがわ こうじ
- 略歴
- 1955年 10月8日 山口県生まれ
1979年 3月 同志社大学商学部 卒業
1979年 4月 凸版印刷関西支社 入社
2005年 4月 東中四国営業本部長
2009年 4月 中四国事業部第二営業本部長
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