もっと世界のオンリーワンを! ~技術開発の事業化戦略~

四国化成 代表取締役社長 田辺 博臣さん

Interview

2011.02.17

二硫化炭素は化学繊維レーヨンの原料だ。戦後の混乱期、GHQの政策で繊維産業はいち早く生産体制を整えた。終戦2年後の1947年、丸亀で創業した四国化成は、戦前から瀬戸内沿岸に多くあったレーヨン工場に向けて、二硫化炭素の効率的な電気炉製法を開発して供給した。 

以来64年、「化学品」と「建材」を事業化、電子部品のプリント基板の防錆(ぼうせい)剤やラジアルタイヤの原料生産で、世界トップクラスのシェアを誇る。

社是は「独創力」。2010年、7代目の社長に就任した田辺博臣さん(57)の使命は、海外市場を拡大するとともに、得意分野の化学素材で次世代事業を創出し、研究開発型企業として「世界のオンリーワン」を確保することだ。

「専門外の経理や人事担当者の何げない言葉が、研究者が思いもつかない開発のヒントになることがあります」。社員全員のアイデアを融合させて、「研究開発」を「製品化」につなげ、世界のオンリーワン、ナンバーワンに育てる。そのための、田辺さんのポリシーは、「八方にらみ」だ。

※二硫化炭素
木炭と硫黄を高温で反応させて生成する。溶剤として使われる無色の液体。

※レーヨン
植物繊維の主成分セルロースを溶解させ、糸状に再生して作った繊維。人絹、スフとも呼ばれた。

※GHQ
General Headquarters。第二次大戦後、連合国軍が日本占領中に設置した総司令部。占領政策を日本政府に施行させた。1952年、講和条約発効により廃止。

時代が追いかけてきた

「創業以来、二硫化炭素を作っていたときのもので四国化成の象徴です」。田辺さんは、100メートルもある煙突を見上げる・・・・・・すべてがここから始まったのだ。

ラジアルタイヤ原材料の不溶性硫黄(ふようせいいおう)は世界シェア2位。プリント基板の防錆剤は世界トップ、プール用殺菌剤や合成洗剤などの原料になる中性無水芒硝(むすいぼうしょう)など世界有数、日本ではトップの製品も多い。

「不溶性硫黄は二硫化炭素から開発したものの、需要が少なく一旦製造を止めていました。1983年頃ブリヂストンさんから、米国の大手メーカーが独占している、やらないかと言われたんです」

プリント基板の防錆剤(商品名タフエース)も、二硫化炭素が縁になった。納入先のレーヨンメーカーが化学品「イミダゾール」の研究を手掛けていたが、繊維不況で困っていた。

「銅の防錆剤やエポキシ樹脂の硬化剤に使えそうだと、技術者ごと研究チームを譲ってもらいました」。大手の化学メーカーが注目しなかった「イミダゾール」だが、それが「タフエース」の基となった。

従来の防錆剤は、溶剤に松脂(やに)やロジンを使っていたが「タフエース」は水系だ。「最初に使ってもらったのは、東海地区にプリント基板工場があった大手電機メーカーです。いつか起きるといわれる東海地震の引火リスクに備えてのことでした」

有機溶剤系から環境負荷が少ない水系防錆剤へ、需要がシフトした。研究開発型企業の四国化成が手がける化学素材を、時代が追いかけてきた。

※イミダゾール
工業的には医農薬原料、エポキシ樹脂の硬化剤、ウレタンの硬化触媒、銅の防錆剤などとして利用される。

※エポキシ樹脂
熱硬化性プラスチックの一種

※有機溶剤
固体、液体あるいは気体の溶質を溶かすアルコール、シンナー等の有機物。

アメリカ人の営業スタイル

田辺さんは、アメリカでプール用殺菌剤を有数のシェアに育て上げ、ヨーロッパや東南アジアでラジアルタイヤ原材料を売り歩いた。海外での営業経験は豊富だ。

「アメリカ人は非常にフランクです。初対面の相手でも野球や世間話から始まって、気心が知れるとファーストネームで呼び合うビジネスフレンドになります」

売り手と買い手に上下関係はない。会社の大小も関わりない。良い製品を認める。それに比べて日本は、特に大企業の買い手に小さな会社の売り手がへりくだる関係だ。忘れられない経験がある。

「約束時間に訪問したら1時間ほど待たされて、担当者は言いたいことだけを言って部屋から出て行きました」

アメリカのビジネスは合理的だ。田辺さんがアメリカ人の営業スタイルから学んだ多くは、四国化成の営業に生かされている。

八方にらみ

「自分の注意が足りず、思い込みで判断を間違えたことがあるんです」。田辺さんは失敗談を、たとえ話で語った。

「ある国に新しく販売拠点を出そうという計画が持ち上がったとします。すでに営業所は出していたので、てっきりその場所が最適だと思い込んだ・・・・・・しかし市場は離れたところにあったんです」。一語ずつかみしめながら、ゆっくり言葉を選んだ。

「思い込みはいけません。あらゆる角度から物事をにらんでおくことが大事です」。田辺さんは何度も言った。失敗から学んだ「八方にらみ」がモットーになった所以だ。

海外展開を強化

中国などで自動車需要が伸びている。ラジアルタイヤ用原料の生産能力を2012年に現在の約1.5倍にまで一気に引き上げる方針を決めた。丸亀工場の設備を40億円かけて増強する。欧州や北米、南米への展開も強化して、約60%の輸出比率を70%程度に高めるためだ。

国内は少子化、アメリカも景気に影響されてプール関連の需要は頭打ちだ。「一方できれいな水を満足に得られない発展途上国も多い。水の環境面で殺菌消毒剤が貢献できるフィールドはまだある」

もう一つの事業の柱、建材部門もグローバル化を進めている。「原材料も海外調達を増やして、米国や中国で壁材の販売を始めました」。デザインや品質の高さが強みだ。

次の収益事業

新分野の研究では、プール用殺菌剤のベースケミカルの誘導体を研究して、LED封止材の特性を上げる改質剤を開発した。「イミダゾール」は、医薬原料への開発が進められている。

「うまくいけばこれらの開発は次の事業の柱になります。しかし我々素材メーカーには市場開拓の決定力はありません。LEDや医薬品のメーカーにあるわけです」

最終製品メーカーの要求に応えられるように、そして他社が追従できないレベルに品質を上げるために、去年10月、品質保証棟を徳島に建てた。半導体工場のように、エアーカーテンを設置してクリーン室の基準レベルを高めた施設だ。

※ベースケミカル
合成する前の骨格となる化学物質。

※LED
「Light Emitting Diode」(光を出すダイオード)の略で、照明用途の他にも通信、植物育成、医療などの分野での応用が期待されている。

※封止材
衝撃やほこり・水分などから保護してLEDチップの劣化をふせぐもの。
不採算事業の撤退など経営資源の選択と集中を進め、収益製品「タフエース」を開発した前社長の吉岡隆さん(55)は、新設ポスト「C.R&D.O」、最高研究・開発責任者に就任した。 

田辺さんは吉岡さんと同期の入社だ。「前社長より2歳年上ですが、私は大学で余分に勉強してきましたから」。笑った田辺さんは、すぐ真顔になった。

「我々に課された役目は、研究開発をもっと深化させること。そして次の事業の柱を生み出してグローバルに展開することです。先輩たちが研究開発した成果に、しがみつくだけでは衰退しますから」

製品価値に、品質とコストだけでなく環境負荷も問われる時代になった。環境関連の新しい産業が動き出している。技術開発を市場のニーズに合致させることは至難の業だ。

創業以来64年の歴史で、二硫化炭素と縁のない白紙の状態から事業化したものはあまりない。第二の「タフエース」を、次の収益源を技術主導で生み出すために、いままでの研究開発の枠を越えた、もっと自由な発想が求められている。

「専門的な知識がないからこそ、画期的なアイデアを思いつくこともあります。トップから新入社員まで顔と名前がわかる規模の会社です。だから研究開発に携わる技術者だけでなく、みんなの知恵を結合させて『独創力』を発揮します」。田辺さんは八方をにらみ続ける。

※C.R&D.O
「Chief Reserch and Development Officer」の略。

アメリカ人の営業スタイル(その2)

田辺さんは、外国人との付き合いが苦にならない。「初対面の日本人より、上手ではありませんが英語で彼らと話す方が気楽です」

アメリカでは会社より個人の信用でビジネスが成り立つ。「彼らはオフィスでも、家族の写真を机の上に飾っています。家族の話から始まって、信頼関係ができてビジネスにつながるわけです」

あるアメリカの大手代理店と日本の商社と四国化成の3社で、プール用殺菌剤を販売していたときのことだ。代理店の手数料アップの要求に折り合いがつかず、契約を解消することになった。

「対応策として代理店のアメリカ人販売担当者を引き抜いて、四国化成に来てもらったんです。すると、彼のお客さんがこちらから買うようになりました。ウチの取引は変わらなかったんです」

会社で仕事を覚え、顧客をつくって独立する。フランクでフレンドリー。そしてドライなのがアメリカのビジネスだ。

田辺 博臣 | たなべ ひろおみ

1953年 大阪府生まれ
1978年 京都大学工学部工業化学科 卒業
    四国化成工業(株) 入社
2002年 執行役員 化学品事業部門有機化成品・海外営業統括 兼
    海外営業部長
2006年 取締役常務執行役員 化学品事業担当
2010年 代表取締役社長 兼 C.O.O.
現在に至る
写真
田辺 博臣 | たなべ ひろおみ

四国化成工業株式会社

所在地
丸亀市土器町東八丁目537-1
TEL 0877-22-4111/FAX 0877-25-0411
設立
1947年
代表者
代表取締役会長 山下 矩仁彦
代表取締役社長 田辺 博臣
資本金
68億6770万円
売上高
380億円(2010年3月期)
従業員数
550人
事業内容
化学品
【無機化成品】
ラジアルタイヤに使用される不溶性硫黄、化学繊維の原料等に使用される二硫化炭素、入浴剤や合成洗剤に使用される中性無水芒硝

【有機化成品】
プール・浄化槽用殺菌剤やホームサニタリー等に使用される塩素化イソシアヌル酸、電線ワニスや塩ビ樹脂等の高機能付与剤として使用されるセイク、各種排水の浄化に使用される微生物・酵素剤

【ファインケミカル】
エポキシ樹脂硬化剤・医農薬原料等に使用されるイミダゾール類、プリント配線板用水溶性プレフラックス・レジストインク類
建材 【内装材、外装材、舗装材】
湿式内装材・外装材・舗装材

【住宅エクステリア】
門扉、フェンス、アコーディオン門扉、カーポート、テラス、ポスト等のエクステリア商品

【景観エクステリア】
アーチウェイ、サイクルポート、大型アコーディオン門扉、ゴミストッカー、大型引戸・門扉・フェンス、手すり、屋上・壁面緑化等の景観商品

【シャッター】
アルミシャッター、スライダー
沿革
1947年 丸亀市で二硫化炭素の製造を目的に資本金200万円で設立
1957年 徳島第一工場(現・徳島工場吉成事業所)建設、中性無水忙硝の操業開始
1964年 徳島第二工場(現・徳島工場北島事業所)で塩化イソシアヌル酸の初の国産化に踏み切り操業開始
1969年 プリント配線板などの電子部品用水溶性防錆剤の販売開始
1970年 建材部門進出を図り、徳島第二工場で内装壁材の生産を開始
1972年 アコーディオン門扉の製造・販売を開始
1975年 東証一部上場、徳島第二工場でイミダゾールの本格生産を開始
1979年 アルミシャッターの製造・販売開始
1981年 ロサンゼルスに駐在員事務所開設、のちに現地法人化
1984年 丸亀工場で、不溶性流黄の生産を開始
1989年 排水処理用微生物・酵素剤「ハイポルカ」の試販開始
2006年 上海に四国化成(上海)貿易有限公司を設立
2009年 烟台に四国化成(烟台)工業有限公司を設立
URL
http://www.shikoku.co.jp/
確認日
0218.01.04

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