
日銀で調査統計局長などを務めた後、経験のない製薬会社の社長に転身した村山昇作さん(59)は、得意分野に研究開発を絞り込み、競争のない未開拓市場へ「確かな地図」を描く。
伝統を守り、新しきを知る。京都には時代の変化に適応しようとする進取の土壌がある。実家は西陣織の織元。家業を継ぐ長男として育った村山さんの経営には、「西陣の心意気」が生きている。
※(パップ剤)
貼付剤の一種で、薬効成分が配合された泥状の膏体を布に展延したもの。現在は、貼るだけで使用できる成型パップ剤のことをいい、俗にシップ薬ともいう。
新薬開発のリスク

「新薬開発リスクに耐えるため、メガ・ファーマへの企業合併、統合があるわけです。巨額な開発費がおぼつかない会社同士がどうやって生き残るか、模索されていました」
村山さんに製薬事業の経験はない。会社の将来を担う30歳代の社員を10人ほど集めて議論して、答えを出した。
※(メガ・ファーマ)
世界的に通用する医薬品を数多く有するとともに、世界市場で一定の地位を獲得する総合的な新薬開発企業。厚生労働省が2007年に発表した「新医薬品産業ビジョン」によって明文化された。
何をやらないか、決断する
「思い切って新しい化学物質の開発を一切行わないこととしました。製薬会社でなくなるという意見もありましたが、私の使命はどれだけ効率よく、アウトプットするかということです」。経営者の手腕とは、やらないことを決断することでもある。 「帝國製薬は、消炎鎮痛貼付剤のパイオニアです。培った経皮吸収技術を応用して、飲み薬や注射薬に含まれる薬効成分をパップ剤化したら、副作用が軽減し、もっと投与が便利になります」。事業領域を貼付剤に特化した医薬品分野に絞り込んだ。
※(経皮吸収)
皮膚から薬の有効成分を浸潤させ、体内に適量を送り込むこと。
ブルー・オーシャンは海外市場に
「パップ剤は日本独特のものです。外国には鎮痛薬をパップ剤化して皮膚から吸収させるという発想はありませんでした」
1999年アメリカでは初めて、帝國製薬が開発した病院向けのパップ剤が承認されて、業績を伸ばしている。世界にパップ剤の市場があると確信した。
「いまのところアメリカで承認されたパップ剤は、帝國製薬が開発した2種類だけで、競争相手がいない市場です。私が来たころ2割ぐらいだった海外比率が5割以上、世界40カ国以上に製品を出しています」 ブルー・オーシャンが見えてきた。経営学の教科書どおりだ。価値を高めながらコストを押し下げるブルー・オーシャン戦略で、日本のはり薬が、世界の市場を開いて行く。
※(アメリカで承認された病院向けパップ剤)
帯状疱疹後神経痛治療貼付剤と消炎鎮痛貼付剤のこと。
※(帯状疱疹後神経痛)
帯状疱疹は、神経節に潜伏している水痘・帯状疱疹ウィルスの再活性化により、神経に沿って帯状に発赤と小水疱がでる。個人差が大きく、ほとんど痛みのないこともあれば、下着の摩擦だけで悩まされることもある。皮膚症状が治っても痛みが続く場合もあり、帯状疱疹後神経痛という。
※(ブルー・オーシャン)
フランスの欧州経営大学院教授のW・チャン・キムとレネ・モボルニュの著書『ブルー・オーシャン戦略』で提唱された市場の定義。より広いより深い可能性を秘めた未開拓市場の意味。
営業部門を持たない「自信」
貼付剤の競争は激しい。だから技術開発は怠らない。「でも、貼付剤開発企業として最初にノミネートされないといけないんです」
だから、丸裸になって背水の陣で、提携先のブランドで製品を開発するという強いメッセージを打ち出したわけだ。
「自社のブランドは持ちません。しかしOEMでもありません。帝國製薬が開発して、許認可を受けたライセンスホルダーとして、自信があるというメッセージです」
※(OEM)
相手先商標製品の供給
テレビ会議とメールと英語
子会社がアメリカのサンホセ、中国のチンタオ、イギリスのロンドンにある。アメリカでは、研究・開発責任者もアメリカ人で会議は英語だ。帝國製薬のビジネスツールは、テレビ会議とメールと英語だ。
古くて新しいベンチャー企業

昨年、帝國薬品は創業160周年を迎えた。古くて新しいグローバル・ベンチャー企業へ。競争のない未開拓市場へ。村山さんは「確かな地図」を描き続ける。
エピソード
本当は天文学者になりたかったという。八ケ岳山ろくに個人天文台を建てた。
「びっくりするほど大きい天体望遠鏡が、ビックリするほどある博物館をつくりたい」
古い天体望遠鏡を文化遺産として残すボランティア活動にも取り組んでいる。解体した天体望遠鏡の前で、仲間たちと写っている写真を見せてくれた。村山さんは、「このために働いています」と笑った・・・・・・。
天体望遠鏡で星を写すためにカメラに興味を持った村山さんは、数万円の日本製と同等のレンズが数千円で買えたのが発端で、東ドイツ製カメラの研究書を著した。「東ドイツカメラの全貌 一眼レフカメラの源流を訪ねて」(リチャード・クー、リヒアルト・フンメルとの共著。大型本・ケース付き 235×304mm 374ページ)だ。「情報が少ない東独製カメラの研究・参考本の至高の一つ」と評されている。
カメラの腕前もプロ級だ。大学時代、アルバイトのカメラマン収入は、日銀の初任給より多かったという。高松支店長時代に写真集(香川の観光案内)も出した。
村山 昇作 | むらやま しょうさく
- 略歴
- 1949年 京都市生まれ
1972年 同志社大学経済学部卒業
日本銀行入行
1979年 カリフォルニア大学(UCLA)経済学修士
1981年 日本銀行ニューヨーク事務所エコノミスト
1987年 東京大学非常勤講師(計量経済学)
1994年 日本銀行 高松支店長
1998年 日本銀行 調査統計局長
2001年 日本銀行政策委員会室審議役 IT企画担当
2002年 帝國製薬(株)代表取締役社長(2011年3月退任 相談役就任)
2008年 iPSアカデミアジャパン(株)取締役(兼任)
2011年 iPSアカデミアジャパン(株)代表取締役社長
百十四銀行顧問
さぬきのムムム 自然栽培農場取締役
- 写真
帝國製薬株式会社
- 設立
- 1848年
- 社員数
- 680人
- 所在地
- 〈本社〉
東かがわ市三本松567番地
TEL 0879-25-2221/FAX 0879-24-1555
〈東京事務所〉
東京都中央区日本橋二丁目2番5号
TEL 03-3510-3331/FAX 03-3510-3330 - 資本金
- 1億円
- 売上高
- 226億2200万円(2010年12月)
- 社主
- 赤澤庄三
- 代表者
- 代表取締役社長 藤岡 実佐子
- 社員数
- 680人
- 営業品目
- パップ剤、テープ剤、漢方製剤、その他医薬品、医薬部外品、化粧品
- 会社沿革
- 1848年 五代目当主 赤澤庄蔵、売薬買株一つを
譲り受けて開業する
1918年 帝國製薬株式会社設立。資本金100万円
1938年 パップ剤の発端となるホルキスを発売
1943年 香川県下212の企業を合併し、統制会社の香川県
製薬株式会社設立
赤澤忠太郎が初代社長に就任
1953年 大阪市淀川区に大阪工場設置
1957年 大阪工場を分離。「扶桑化学工業株式会社」として
発足し、赤澤庄三が社長に就任
1974年 パップ剤の医家向け許認可を受け、主力製品となる
1985年 帝國漢方製薬株式会社設立
1988年 医療用インドメタシンパップ剤「カトレップ」の
承認取得、製造開始
1992年 医家向け営業部門を独立させ、テイコクメディック
ス株式会社設立
1993年 医療用フェルビナクパップ剤「セルタッチ」の承認
取得、製造開始
1995年 薬専(OTC)部門を独立させ、テイコクファルマ
ケア株式会社設立
1997年 米国現地法人「Teikoku Pharma USA,Inc.」設立
1999年 米国で帯状疱疹後神経痛治療貼付剤「Lidoderm」
新薬承認、発売開始
2000年 乾癬治療剤「ドボネックス軟膏」(レオ社から
導入)新薬承認、発売開始
2001年 英国現地法人「Teikoku Pharma UK Ltd.」設立
硫酸モルヒネ徐放性製剤「MSツワイスロンカプ
セル」の承認取得、製造開始
2003年 帝國製薬、扶桑化学工業、青島扶桑精製加工有限
公司の3社合弁会社
「扶桑帝薬(青島)有限公司」設立
2008年 創業160周年、会社設立90周年を迎える
テイコクメディックス株式会社を売却
- URL
- http://www.teikoku.co.jp/
- 確認日
- 2018.01.04
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