香川から世界へ 健康テクノロジーを発信

産業技術総合研究所四国センター 所長 田尾 博明さん

Interview

2017.08.03

産総研四国センターの細胞培養実験室=高松市林町

産総研四国センターの細胞培養実験室=高松市林町

世界三大感染症の一つ、マラリア。世界各地で年間2億人が感染し40万人以上が死亡、日本人も毎年100人近くが海外で感染している。このマラリアを感染初期の段階で見つけ出す検査装置を作ったのが、政府系研究機関、産業技術総合研究所四国センターだ。所長の田尾博明さん(60)は「停電の多いアフリカの現地でも使えるよう電池で動く画期的な技術です。今年中には製品化する計画です」と自信を見せる。

アインシュタインに憧れ、研究者の道を志した。産総研つくば本部で有害物質検出などの研究を重ね、3年前、38年ぶりに故郷に帰ってきた。「地元に戻る気がなかったので、最初は四国勤務を断ろうかと思いました。でも、次第に地元を何とかしたいという思いに変わっていったんです」

産総研は、東京や北海道など全国10カ所に研究拠点を構え、「再生可能エネルギー」や「バイオ」など拠点ごとに専門分野を持つ、国内最大の公的研究機関の一つだ。

四国センターが担当するのは「ヘルスケア」。田尾さんは最先端技術を駆使し、香川から全世界へ健康テクノロジーを発信していく。

15分でマラリア感染を診断

四国センターでは、健康工学を専門とする22人の研究者が様々な研究に挑んでいる。

自宅で簡単に健康状態をチェックできるバイオチップの開発や、ナノテクノロジーによるがん治療。四国八十八カ所の歩き遍路をした人たちの血液や尿、心拍数などをもとに健康との関連性を調べたユニークな研究もある。「遍路には運動に加え、“祈り(瞑想)の効果”もあります。お遍路参りをすることで、免疫力が強まり、緊張や興奮レベルが低下するなど、遍路には様々な効果があることを実証しました」。田尾さんは研究結果に胸を張るが、「地元の知人に伝えると、『遍路が体に良いのは決まっているだろう』と一蹴されました」と笑みを浮かべる。

世界的にも注目されている四国センターの研究がマラリアの検査装置だ。「2017年の世界で最もイノベーティブな研究の一つとして、ロイター通信にも取り上げられました」

患者から採取した血液を細胞チップと呼ばれるプラスチック板に広げて光を当て、感染した細胞を検出するというもので、「血液を広げるのに10分、光を当てて検出するのに5分。15分もあれば感染の有無が分かります」
産総研が開発したバイオチップ。微量の血液で 生体成分を解析し健康状態をチェックできる

産総研が開発したバイオチップ。微量の血液で
生体成分を解析し健康状態をチェックできる

これまでの診断は、血液を顕微鏡で覗き、感染している細胞を一つ一つ探すのが一般的で、時間と労力が掛かった。「迅速で簡易な診断が可能になったうえ、このやり方だと、薬が効きやすい感染の初期段階で発見できる。現在、電子機器メーカーと組んで製品化を目指しているところです」



細胞チップの技術はマラリア診断だけに留まらない。「がん細胞は血液に入って体内を流れて転移していくので、がんの早期発見にも繋がります」。そのためにもより高いレベルでの研究開発を進めていきたいと田尾さんは口調を強める。

「健康工学の新技術を見つけ出し、展開していくのが私たちの大きな役割です。四国から全国や世界へ向けて、健康産業を生み出していきたいと思っています」

アインシュタインに憧れて

旧三豊郡高瀬町で生まれ育った。中学生の頃、たまたま手にした雑誌で、理論物理学者・アインシュタインの記事に感激し、憧れを抱いた。「誕生日も私と同じ3月14日で、若気の至りですが『将来はノーベル賞クラスの研究をしたい』と思ったんです」

観音寺一高を卒業後、東京大学理学部に進み、東大大学院を経て、1982年、通産省工業技術院(現産総研)に入った。

専門は「環境診断技術」。船底にフジツボが付着するのを防ぐために塗られていたペンキに、かつては毒性のある有機スズが含まれていた。環境保護を目指し、海水から微量の有機スズを検出する装置やセンサー作りなどに没頭。従来の測定方法の100倍から1000倍の感度での成分検出に成功した。田尾さんの研究によって得られた数値や測定方法は現在、工業品の標準規格などを定めたJISやISOにも使われている。「研究の成果が今に生かされていることで、少しは社会の役に立てたかなと思っています」

有機スズの研究の中で気づかされたことがあった。実験は、海水を数カ所で約1リットルずつ採取して調べるが、「大海原で採ったわずかな海水の中に有機スズがあるとはとても思えない。でも、実験すると検出されるんです」。そして、田尾さんは続ける。「この大きい地球も、実は私たちが思っている以上に小さいものなんです。そう考えると、温暖化や環境破壊の問題は決して遠い話ではなく、とても身近なところにある。研究を繰り返しながら、そんなことを認識させられた記憶があります」と当時を振り返る。

”bridge to the future"

2014年、38年ぶりに地元に戻った。先日、家族を連れて三豊市詫間町の紫雲出山に登った。高校時代に何度か行ったことはあったが、「全く印象に残っていませんでした。でも、改めて見ると本当にきれいなところでした。キラキラと輝く瀬戸内海に、島々も美しく、久しぶりに感動しました」

産総研四国センターでは日本全国や世界を視野に研究を進めているが、田尾さんは「地元に愛される組織になること」を一番の目標にあげる。「日本や世界だけを相手にするなら、このセンターが四国にある必要はない。地域や地元企業の役に立たないと私たちがここにいる意味はありません」

所長就任以来、特に力を入れている試みがある。地元企業との共同研究だ。

一昨年、徳島市で視覚に障がいがある男性と連れていた盲導犬が、バックしてきたトラックにはねられ死亡した。こうした事故を防ぐために、共同研究で生まれた新たな技術がある。マイクロ波センサーなどの電子機器を製造開発する高松市のパル技研と産総研がタッグを組んで作った、トラックやクレーンなど大型車両用の事故防止システムだ。「車両の周辺で人だけを検知するシステムです。パル技研の電子機器技術と、産総研が持つ画像を高速で識別する特殊な技術の組み合わせで実現できました」。早速この検知システムを標準装備として採用した大手クレーンメーカーもある。
産総研の主任研究員=細胞発生測定室

産総研の主任研究員=細胞発生測定室

研究を研究だけで終わらせない。真理探究のロマンに応える、実用化されて生活を豊かにするなど、形は違えど社会の中で磨かれてこそ研究は輝きを増す。それが、研究者として人生を歩んできた田尾さんの信念だ。「産総研は基礎研究が主体で、ものづくりはあくまで企業に任せます。四国には様々なニッチトップ企業もある。私たちはしっかりと研究し、社会で使ってもらうときは企業と組む。それが基本です」

“bridge to the future”。田尾さんは産総研のキャッチフレーズをこう掲げる。

「香川大学や香川県とも一緒にやろうという話も出ています。今後は、産総研・企業・大学・県研究所の四者一体での取り組みもどんどん進めていきたい。その橋渡し役になれればと思っています」

篠原 正樹

田尾 博明 | たお ひろあき

1957年 旧三豊郡高瀬町生まれ
1975年 観音寺第一高校 卒業
1980年 東京大学理学部化学科 卒業
1982年 東京大学大学院理学系研究科 修了
    通商産業省工業技術院 公害資源研究所(現産業技術総合研究所)入所
2009年 産総研 環境管理技術研究部門長
2014年 四国センター 所長
写真
田尾 博明 | たお ひろあき

産業技術総合研究所四国センター

所在地
高松市林町2217-14
TEL.087・869・3511/FAX.087・869・3554
設立
1949年5月
(商工省大阪工業試験所四国支所として)
組織
健康工学研究部門
産学官連携推進室
研究業務推進室
職員数
研究職22人/事務職10人
地図
URL
http://www.aist.go.jp/shikoku
確認日
2018.01.04

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