実行力と構想力のスクラムが 「新しい農業」を創る

さぬきのムムム 自然栽培農場 代表 山西 和雄さん 取締役 村山 昇作さん

Interview

2011.11.03

脱サラで土木建築会社を立ち上げた。高速道路の管理や雑草堆肥(たいひ)の製造を事業化した山西和雄さん(58)は2008年、山西農園を設立、有機野菜の栽培や耕作放棄地の再生に取り組んだ。

「でも、こんなに難しいとは思ってなかった。今日やめようか明日やめようか、気持ちが折れそうになっていたんです」

日本銀行から帝國製薬社長に転身していた村山昇作さん(62)=今年6月、iPSアカデミアジャパンの社長に就任=との出会いが、山西さんの悩みを取り払ってくれた。2人の出会いは、農園の規模を拡大させ、「さぬきのムムム自然栽培農場」として、今年4月、実を結んだ。

変革を生むのは理想と構想力だ。人を魅了するのは実行力だ。全く、生い立ちも経歴も違う2人は、スクラムを組んで、新しい農業の創造に向かって歩み始めた。

※iPSアカデミアジャパン
iPS細胞研究の成果を社会に還元するために、京都大学が08年に設立した事業会社。iPS細胞に関する知財の管理と研究成果を社会に還元するための事業化を担う。

※iPS細胞
induced pluripotent stem cells:京都大学山中伸弥教授らにより樹立された人工多能性幹細胞。

「事業になりません」

2009年1月、山西さんは、経済情報紙の交流会で村山さんと出会った。「有機野菜に興味があると言うので、農園にお誘いしたら、運転手付きの社長車で来られたんです」

村山さんは、化学肥料や農薬を使った野菜を食べたら湿疹がでる体質だと言った。微量でも化学物質がまぎれ込んでいたら信用を失う。

「肝を冷やしながらすすめたら、野菜を洗いもせずに食べたんです」。すぐ、東京で売ればいいと勧められた。輸送は帝國製薬の東京便トラックを使えばいいとも。しかし、わずかな野菜を売っても商売にならないからと思い、断った。

しばらくして村山さんから電話があった。「あなたのことが心配で、見ていられない。いくら良い野菜でも、販売ルートが無いと事業になりませんよ」。お礼を言って電話を切ったら、またかかってきた。東京・青山にこだわり野菜を扱う「伝」という店がある。話をつけてあるから訪ねてみろという。

上京して驚いた。「奥さんと2人で、2度も店に足を運んでくれていたんです。これはイカン、村山さんは本気だと分かったんです」

世界が違って見えてきた。度々相談し、話し合うようになった。無農薬、無化学肥料、無動物性肥料を意味する「ムムム農業」が、流通経路に乗るビジネスモデルを考え始めた。4.3ヘクタールの荒れた桑畑の開墾にも着手した。

農園と経営者のスクラム

体重50キロの村山さんは、40歳前は75キロだった。高血圧で尿酸値も高かった。農薬、化学肥料を使わない玄米や野菜を中心にした食生活、マクロビオティックで体質を改善したという。手に入りにくい自然栽培の農産物を自分で栽培するため、40アールほどの農地を用意していた。

「クワ1本も持ったことのない人が、片手間で農業が出来るわけがない。ムムム農園で、タマネギでもコメでも作ってあげます。都合のいい時いつでも畑においでなさい」

今度は、本気で応えた山西さんに感服した村山さんが、友達に呼びかけた。「伊藤元重さんを農園に連れてこられて、『山西さんを助けてやろうよ、これからの農業はこれだよ』と勧めてくれました。リチャード・クーさんにも株を買ってもらいました」

経済学者や有名エコノミストが、株主になった。山西さんと村山さんのスクラムで、ムムムは誕生した。

※マクロビオティック
Macrobiotic:食生活法・食事療法の一種。名称は「長寿法」を意味する。玄米を主食、野菜や漬物や乾物などを副食とすることを基本とし、独自の陰陽論を元に食材や調理法のバランスを考える食事法。第二次世界大戦前後に食文化研究家の桜沢如一が考案した。

※伊藤元重
経済学者。東京大学教授。専門は国際経済学、ミクロ経済学。政府審議会や首相の諮問機関など政策の実践現場で多くの実績を持つ。

※リチャード・クー
Richard C.Koo:日本生まれ、米国育ちのエコノミスト。野村総合研究所未来創発センター主席研究員、チーフエコノミスト。

「ムムムブランド」で世界に

山西さんは農業を始めて、まだ4年目だ。設備投資と従業員の給料に、半端ではない資金を使ったが、まだ利益は出ない。

「嫁さんは一言も苦情を言わないけど、一時は気がめいっていました」。眠れない夜は、明日はやめようと弱気になった。

「そんな僕を、村山さんが支えてくれたんです。人に頭を下げて、応援してくれたんです」。わんぱく坊主のような、山西さんの目がうるんだ。

村山さんは山西さんに向かって力を込める。「大げさに言うと、ムムム農業しかない香川県にしたいんです。まずムムムのブランドを作る。それを香川県の、四国のブランドにする。最後は日本農業のブランドにする」

「ムムムブランドで、日本の農業は輸出できるんです。中国でもアメリカでもこんな農業は絶対にできません」

村山さんと山西さんは、ビジョンと目標で、響き合う同志だ。

ホンモノの農業

日銀と民間会社で実績を持つエコノミストで経営者、そして兼業農家の村山さんが目指すのは、農業の閉塞(へいそく)感を打ち破る新しい道を創造することだ。

有機野菜の生産手法はさまざまだ。看板倒れも多いので、消費者の信頼はもう一つだ。オープンとコラボで信頼が生まれ、農業に新しい価値をもたらす。そう考える村山さんの提案で、ウェブ上に農園のノウハウを含むすべての情報を公開することにした。

「農作業の様子が、ネットで見えるようにライブカメラを付けたんです。みんなの目が届くように262項目の残留農薬検査や、重金属、放射能検査もデータを公表しています」。山西さんは誇らしげだ。

安心安全の有機野菜ともてはやされているが、本気で取り組む農業者の多くは、消費者への出口が見つからないという。生産規模が小さいから供給との足並みもそろわない。

「明日までに、ジャガイモ20キロ、タマネギ30キロ。キャベツ5キロと注文が来ても、いまのムムムでは品が足りないんです」。多くの農業者が連携しないと、自然農法の市場は広がらない。

「農薬や化学肥料代がかかる野菜より、ムムムで扱う野菜を作ると手取りが増える流通経路を作ります。それを実現しないとホンモノにはなりません」。その答えの一つがネットであり、会員制だ。同じ志の農業者がつながって、畑から会員の台所へ農産物を届ける。

東かがわ市松崎の4.3ヘクタールの畑は、今、70%が耕され、ジャガイモ、タマネギ、レタスなどが栽培されている。預かった耕作放棄地40アールでは、山西さんが造ったたい肥で、自然農法が進められている。

〝夢物語〟という声もある。年間売上はやっと400万円だ、しかし、さぬきのムムムのビジネスモデルが成功したらどんなに愉快だろうか。日本の農業を変える物語は始まったばかりだ。

※自然農法
化学肥料や合成農薬に頼らずに、自然界の仕組み(土の威力)を最大限に活用する農法。

実行力と構想力

山西さんが傑出しているのは実行力だ。それを支えているのは人材力だ。そのかなめは中学の同級生で、農協で30年以上営農指導をしてきた山本久芳さん。慣行農法から有機、自然農法まで熟知している。「それに職人気質が、こだわりやの村山さんとウマが合うんです」と山西さん。

構想力を発揮している兼業農家、村山さんは忙しい。「月火水が京都でiPSアカデミアジャパン、木曜日は顧問の百十四銀行、金土日はムムムにいるか、都合で京都です」。楽しくてたまらない、笑顔だ。

もう一つの構想

村山さんはもう一つの構想「瀬戸内グッドライフ・ネットワーク」に取りかかっている。瀬戸内海の魅力を都会の人に楽しんでもらうために、3つの仕組みを提案して呼びかけている。
1.「複住」=首都圏に基盤を置きながら週末は香川で生活する
2.「空路」=会員が定期的に利用することを条件にANAが運賃面で協力
3.「アクセス」=空港近くの駐車場に車を保管、会員間のシェアで安く便利に使う

このネットワークは、主に高松市に住み、「グッドライフ」を送っている人たちと関係者で作ったボランティア団体だ。

事務局は百十四銀行営業統括部(TEL:087-836-2014 / E-mail:goodlife@114bank.co.jp)に置き、JTB、ANAなどの企業が参画している。さぬきのムムム自然栽培農場も会員の農業体験や農業参入を支援する。

山西 和雄 | やまにし かずお

略歴
1953年 東かがわ市(旧大川郡大内町)生まれ
1972年 県立津田高校卒業
1974年 国土建設学院卒業
    富士測量(株)入社
1978年 東洋土木興業(株)入社
1988年 山和土木興業(株)創業
2008年 山西農園設立
2011年 さぬきのムムム 自然栽培農場設立
写真
山西 和雄 | やまにし かずお

村山 昇作 | むらやま しょうさく

略歴
1949年 京都市生まれ
1972年 同志社大学経済学部卒業
日本銀行入行
1979年 カリフォルニア大学(UCLA)経済学修士
1981年 日本銀行ニューヨーク事務所エコノミスト
1987年 東京大学非常勤講師(計量経済学)
1994年 日本銀行 高松支店長
1998年 日本銀行 調査統計局長
2001年 日本銀行政策委員会室審議役 IT企画担当
2002年 帝國製薬(株)代表取締役社長(2011年3月退任 相談役就任)
2008年 iPSアカデミアジャパン(株)取締役(兼任)
2011年 iPSアカデミアジャパン(株)代表取締役社長
百十四銀行顧問
さぬきのムムム 自然栽培農場取締役
写真
村山 昇作 | むらやま しょうさく

さぬきのムムム 自然栽培農場

所在地


本社:東かがわ市西村520-1 山西農園内
農地:東かがわ市松崎503-1他
TEL 0879-25-7717/FAX 0879-25-7718
設立
2011年4月
出資金
300万円
代表者
山西 和雄
農地面積
4.5ha(有効面積3.8ha)
従業員
6人
事業内容
自然栽培による農産物の栽培、販売、請負耕作
URL
http://sanukinomumumu.com/
確認日
2018.01.04

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