「あなぶき興産」社長の穴吹忠嗣さん(56)は、兄の英隆さん(58)が経営する穴吹工務店を目指して、独自の事業を展開してきた。2007年販売戸数国内第1位になった、その「旗じるし」が、昨年11月、四国地区過去最大の負債総額約1403億円を抱えて倒産した。
「市場環境の変化に適応できなければ生き残れない。ビジネスは他の企業と戦っているように見えますが、本当の競争相手は自社の組織です」。自分が変わらなければ現状維持の習性も変わらない。穴吹忠嗣さんは新しい「旗じるし」を掲げて立ち向かう。
※(住宅と空き家)
総務省統計局による、2008年の住宅・土地統計調査の速報集計結果。
旗じるしが無くなった
穴吹工務店の倒産で風評被害を心配したが、7百数十件あった「アルファ」マンション契約のキャンセルはゼロだった、という。「安心してはいません。マンションを買う方は、物件を比較して選びます。『サーパス』という比較対象がなくなったのが怖いんです」
穴吹工務店は大きな目標だった。「あれをまねたらいかん、これをまねしろ……社員に分かりやすい旗じるしで、基準でもありましたから、経営者として楽でした」
その目標がなくなった。需要が半減して四国・中国・九州の営業エリアで競争相手の大半が消えた。「多分西日本であなぶき興産がトップになるでしょう。これからが本番です」
※(アルファ) あなぶき興産が販売するマンションのブランド名
※(サーパス) 穴吹工務店のマンションブランド
ビジネスの話はしない
1978年、忠嗣さんは、3年勤めた山種証券(現SMBCフレンド証券)を辞めて「あなぶき興産」に入り、岡山パークホテルを開業した。85年、ファミリーマンションの分譲事業に進出した。香川では穴吹工務店より早かった。次々事業を広げた。
穴吹工務店の状況を知ったのは去年の10月ごろだった、という。冠婚葬祭などで兄と顔を合わせても、ビジネスの話はしなかった。「なぜ支援しなかったのかと言われますが、あなぶき興産は上場会社です。株主への利益相反行為はできません。つらかったです」
法人における利益相反行為
腰を抜かして覚えた人材活用
自分の限界まで働いて体が動かなくなったとき、初めて人をどう使うか考えた。「肉体労働をしなかったら人を使うコツは覚えませんね。自分の体力に自信がある間は、いくら管理者教育を受けても効果はありません」。1人が半分やってくれれば、2人で1人分だが、なかなかそこまでいかない。3人雇って1人分になると分かったという。
人に任せる
「新規事業は最初に全部かかわります。自分でやってみると半年ぐらいで商売のコツが絞れてきます。ポイントがつかめたら、人に任せます」
「任された人には自分がやりたいことがある。その人の人生のうち、1割か2割をもらえばいい」。それが穴吹さんの人材活用法だ。「全部を自分の思い通りにしようと思ったら、人格まで支配しないといかんでしょう。そんなことは不可能です。人生の2割をくれる人が10人いたら、自分のやりたい仕事は十分はかどります」
商売の方法は無限
非連結会社の穴吹ハウジングサービスグループは、コールセンターで、分譲4万5千戸と賃貸1万3千戸のおよそ6万戸を管理している。365日24時間見守る警備保障と同じシステムだ。そこで、いろいろなサービスも生まれてくる。
見込みで造るマンション分譲は、予測を誤ると損失は巨額になる。マンション需要が減って、大手の競合社がつぶれた今、「受注生産型ビジネスモデル」を構築するチャンスが来たとも言える。「この土地に住みたい人はいませんか……アンケートでお客さんの希望を聞いて、予約を取ってからマンションを建てるんです」
子どもが出来たら、家が欲しい。結婚や葬式に備えて会費を積み立てる、冠婚葬祭の互助会に似た会員システムだ。
自分との戦い
自分自身と戦って、自社の組織を変える。変化した市場に適応する商品を開発しないと生き残るチャンスはない。旗じるしだった穴吹工務店は倒産した。いま、穴吹忠嗣さんの使命は、新しいあなぶきの旗じるしの創造だ。それはマンション事業というビジネスモデルを開拓した兄への対抗心であり、敬意でもある。
資産三分割法
父は穴吹工務店の社長、母(穴吹キヌエ)も役員だった。それに加えて個人の事業もあった。
「両親ともに戦争体験者で、父も母もお互いに再婚です。親父はグアムよりもっと南の戦地、メレヨン島で終戦を迎えた、5人に1人の生き残りです。母は北京からの引揚者で、大勢の人がバタバタ倒れていくなかで前夫を亡くしました」
両親から資産三分割法を子どもの頃からたたきこまれたそうだ。「資産三分割法は穴吹グループの事業展開そのものです。学校法人の穴吹学園(理事長 穴吹キヌエ)も、上場会社のあなぶき興産も、プライベートカンパニーの穴吹工務店も、お互いが独立しています」
戦争体験者の両親がゼロから出発して、資産三分割法でやってきたから、工務店は無くなっても、穴吹学園とあなぶき興産は生き残っている。
※(資産三分割法)
迫害され続けた歴史をもつユダヤ民族の経験から生まれた財産運用方法として有名。資産を預貯金、有価証券、不動産の三つに分けて運用すること。
穴吹 忠嗣 | あなぶき ただつぐ
- 略歴
- 1953年 高松市生まれ
1975年 学習院大学卒業、山種証券入社
1978年 あなぶき興産入社
1994年 あなぶき興産代表取締役社長 就任
あなぶき興産株式会社
- 住所
- 香川県高松市鍛冶屋町7-12
- 代表電話番号
- 087-822-3567
- 設立
- 1964年
- 社員数
- 289人(2009年6月30日現在)
- 事業内容
- 不動産の開発、注文住宅請負、建売分譲、アパート請負、不動産流通、不動産ソリューション、ホテル&テナントビル運営、公的施設受託運営、街づくりプロジェクト
- 資本金
- 75500万円
- 地図
- URL
- http://www.anabuki.ne.jp
- 確認日
- 2010.02.04
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