
「ぱっと座り直したんです。『よかったなー』と心から喜んでくれて、恐縮しました。そんな人柄にみんな感動するんです」
売り上げは伸びたが、財務内容は良くならなかった。稲盛さんの「京セラフィロソフィ」や「アメーバー経営」に教えを乞い、「盛和塾香川」を立ち上げた。
世界で初めて印刷面検査装置を開発、シェア世界一に育てた(株)ヒューテック相談役 平田喜一郎さん(72)は、21年後、やっと、稲盛さんの教えを、自分の言葉として語れるようになった。
※盛和塾
1983年に京セラ創業者 稲盛和夫の人生哲学や経営哲学を学ぶために集まった自主勉強会が発端となって結成された経営塾。稲盛和夫を塾長として、全国64塾(海外10塾)、7100人余の若い経営者が集まる。(2012・1・26現在)
※京セラフィロソフィ
稲盛和夫の哲学の原点。仕事について人生について自問自答する中で確立した。
※アメーバー経営
小集団部門別採算制度。
覚悟が経営者を育てる

1959年、稲盛さんが京都セラミツク(現在の京セラ)を設立したとき、知人は自宅を担保に資金を用意した。「絶対に赤字を出せない」という覚悟が「アメーバー経営」を編み出した。
組織を小集団(アメーバー)に分け、リーダーに経営を任せる。社員1人当たりの採算を時間単位で把握し、部門別の収支を明らかにする。その精緻な仕組みが社員の経営者意識を育てる。
家族・仲間・同士よりどころに
「普通なら、社員にもっと仕事をさせようと、プロフィットセンターを作る。経費と利益を管理してボーナスをだす。稲盛さんは違う。資本家が社員を雇うという発想はありません」
稲盛さんは、7人の仲間と京セラを立ち上げ、20人の中学卒業生を採用して事業を始めた。頼りになるのは自分の知恵と、信じあえる仲間だけだった。全員が心を一つにして、努力し創意工夫する。他に方法は無かった。
「アメーバー経営」は、苦楽を共にする家族のように、仲間や同志のように、人の心をよりどころにする哲学、「京セラフィロソフィ」に支えられている。
稲盛さんの卓越性は、「家族」や「仲間」や「同志」の団結力を、「全員参加経営」という企業の組織として意味づけ、日本型雇用形態の強みをさらに強固にしたことにあるといわれる。
人は、利己と利他の相反する心を持つ。欲望をエネルギーにする資本主義には弊害や限界がある。それを克服する「作法」を世界に示したという人もいる。
※プロフィットセンター
企業内で、独立して利益に責任をもつ組織。利益センターとも呼ばれる。
※利己と利他
利他は、自分よりも他人の利益を大事にすること。利己はその反対語。
手法は誰でも導入できる
適切なリストラの実行と東日本大震災に直面しても、黒字を確保できる経営体質を実現したことが評価された。
京セラとKDDIを創業、世界企業に発展させ、戦後日本を代表する経営者の一人に数えられる稲盛さんの手法は、一般化が可能だ。誰でも導入できる企業の運営装置なのだ。
「ただし、稲盛さんの哲学『京セラフィロソフィ』が、自分の中に入り込み、自分自身の生き方になって初めて可能になる」。平田さんはクギを刺した。
※CAPA
航空会社などのシンクタンクで、毎年アジア太平洋地域で優秀な航空会社や空港を表彰している。
諸行無常は世の常
「自らの道は自ら切りひらけ」「開拓者であれ」「昨日と同じことを、同じ方法で、同じ発想でやってはいけない」・・・・・・それを実践できない人に稲盛さんも答えようがない。社会の構造変化も不景気も、自然現象と同じだ。諸行無常は世の常だ・・・。
同時に四国4県の開塾式
父が創業した車両用塗油器の製造販売、富士塗油器(株)で、何度も新しい事業に取り組んだがうまくいかない。やっと1987年に新商品の開発に成功して、売上は増えてきたが不安定で、財務内容が良くならなかった。
「塾で学んだら、課題が解決できるかもしれない」
1991年京都で、各地区の代表者と共に稲盛塾長に始めて会った。数カ月後、四国4県が同時に開塾式を高松の花樹海で開催した。平田さん52歳、稲盛さんは還暦だった。
「会社は何のためにあるか」考え
従業員みんなの幸せのため、人類、社会の進歩発展ために会社はある。稲盛和夫さんの経営哲学に共感したからだ。
「私が家族を大事に思うように、同じ釜の飯を食っている従業員にも家族が大切だ。経営者はみんなを守る義務がある」と気付いた。
いま売れている商品にも寿命がある。次の主力商品をつくらないと会社の将来はない。出来るか出来ないか自信もないのに「出来る」と言って注文をもらった。それに応えて、社員達は必死で開発した。
「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」。稲盛さんの言葉は、新製品の開発に成功して、第二の創業を成し遂げた平田さん自身のものになった。
失敗も成功も、アイロニーに満ちている。失敗は成功への道のりだし、成功は自己破壊への始まりだ。大王製紙とオリンパスの不祥事が起きた。
「トップの人格が問われています。若い経営者に稲盛塾長が元気なうちに、直接薫陶を受けて、稲盛哲学の真髄を学んでもらいたんです」
1991年に立ち上げた盛和塾香川は、平田さんのライフワークになった。
稲盛ホール
「設立から関わったし、塾長も全国でがんばっていらっしゃるから、香川は、私共がやらないかんという気持ちです」
塾長例会や全国大会の塾長講話、それに京セラフィロソフィなどのDVDやビデオ、稲盛さんの書籍や、機関紙が揃っているので、塾生はいつでも見ることが出来る。例会が年6回、勉強会は、毎月木曜日2回、夕方から、DVDを見て意見交換する。
「多くの困っている中小企業経営者を助けるために盛和塾を」という稲盛塾長の言葉に応えるべく、現在塾生募集をおこなっている。塾生は93名。会員は増えつつある。
入会資格は、原則満30歳以上のオーナー経営者またはそれに準ずる人。世話人会の審査がある。入会金6万円と年会費8万円。
(問い合わせ先)
2012年盛和塾香川事務局
株式会社春風堂 代表取締役社長 千切谷 耕一郎
〒760-0080 高松市木太町2192
TEL:087-813-2600
E-mail:k-chikiriya@kind.ocn.ne.jp
平田 喜一郎 | ひらた きいちろう
- 1940年 高松市生まれ
1962年 日本大学理工学部卒業
1962年 富士塗油器(株)入社
1997年 (株)ヒューテック設立と同時に代表取締役社長に就任
1998年 富士塗油器(株)代表取締役社長に就任
1999年 (株)ヒューテック・オリジン設立と同時に代表取締役社長に就任
2000年 富士塗油器(株)が(株)ヒューテックを吸収合併し、(株)ヒューテックに名称変更。代表取締役社長に留任
2010年 (株)ヒューテック代表取締役社長を退任し相談役就任、引き続き(株)ヒューテック・オリジン代表取締役社長に留任
- 公職
- 2002年 香川経済同友会代表幹事(2004年5月から特別幹事)
2007年 高松商工会議所 副会頭
2009年 香川高等専門学校産業技術振興会 会長
- 写真
稲盛塾香川
- 設立
- 1991年
- 在籍者数
- 93人(2012年2月現在)
- 代表世話人
- 平田喜一郎・・・・・(株)ヒューテック 相談役
山地 真人・・・・・三和電業(株) 代表取締役
乾 篤幸・・・・・大豊産業(株) 代表取締役社長
十河 孝男・・・・・徳武産業(株) 代表取締役社長 - 確認日
- 2018.01.04
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