失墜したブランド力
香川が誇る老舗洋菓子店「春風堂」。1948年に千切谷さんの祖父が創業し、父、叔父が引き継いだ。千切谷さんも後継者となるべく、大学を卒業後、アメリカへのビジネス留学などを経て、99年、27歳で春風堂に入った。「父からは『会社の状態が良くないので早く帰ってきてほしい』と言われていた。でも、当時春風堂は県内で30店舗まで拡大していたので、それほど危機感は感じていなかった」。しかし、帰郷して衝撃の事実を知った。「『良くない』どころじゃありませんでした」
災いしていたのは、その「店舗増」だった。工場でも店頭でも、従業員は量をさばくことに追われ、品質もサービスも低下。社内には「これだけ商品をつくっているんだから仕方がない」という空気が蔓延し、売上減を店舗増で補う悪循環に陥っていた。「仕事が作業になり、お客さんを全く見ていませんでした」
鮮明な記憶がある。経営に参画し、タルト専門店を立ち上げた際、店を訪れた老夫婦にこう言われた。「昔から春風堂さんのファンだった。でも、新しい店をやるのなら、『春風堂』の名前は出さない方がいい」……。「とてもショックでした。『春風堂ブランド』が想像以上に毀損している。こういうことで客離れが起きるのかと痛感しました」
誰もが知るブランドだからこそ、一度壊れると歯止めが利かなくなる。「どうすれば信頼を回復できるのか」。悩みながらも新商品を出し、フェアやイベントを開いた。でも一向に好転しない。借金も膨らみ、「やってもやっても負のスパイラル。自分の力じゃどうにもならない……」
自信を失っていた千切谷さんを救ったのは、ある物件との出合いとパートナーの支えだった。
常務と二人三脚で
国道32号を南に下った小高い丘の上。見た瞬間にピンときた。「店内の雰囲気や、ショーケースにお菓子が並ぶ様子がリアルにイメージできた。ここなら新たなスタートを切れるんじゃないかと思えたんです」。フランスで菓子づくりを修行し、二人三脚で会社を切り盛りしていた、妻で常務の佳代さんも「ここでやろう」と背中を押してくれた。
01年、フランス菓子工房「ラ・ファミーユ」を創業し、1号店をオープン。この時、千切谷さんは大きな決断をした。「春風堂ブランドには一切頼らない」
父や叔父から「どうして春風堂の商品を置かないんだ」と反発を受けた。「会社を去ることになってもいい。ゼロから自分たちの力だけでやりたかった。今思えば、意地を張り過ぎていたのかもしれないですね」と苦笑する。
順風な船出ではなかった。オープン初日こそ盛況だったが、次第に客足は遠のいた。「それ見たことか」という声もあった。
いいものをつくっていれば必ず伝わる。そう信じ、地元の新鮮食材にこだわった「黄金バウムクーヘン」や、フランスの伝統菓子にヒントを得た「まっ黒チーズケーキ」などを開発。口コミなどで少しずつ支持されるようになり、08年に始めたネット通販では、「黄金バウムクーヘン」が楽天ランキングで20週連続1位を獲得。「ラ・ファミーユ」は全国区ブランドに成長した。
気持ちが折れかけた時、鼓舞してくれたのは佳代さんだった。千切谷さんは佳代さんを、名前や妻ではなく“常務”と呼ぶ。「経営を一新しようと意気込んでも、やはり私にも『古い体質』が染みついていた。そんな時、『それは違う』と客観的に進言してくれたのが常務だった。女性目線で気づかせてくれることも多く、頼れる『ビジネスパートナー』ですね」と頬を緩める。
偉大だった「春風堂」
07年に春風堂の4代目社長になった。「ラ・ファミーユ」と「春風堂」、2社の舵を取る中で改めて気づかされたことがある。「30あった春風堂の店舗は今では2つ。規模は縮小したが、それでも70年もの間、ブランドを保ってきた。やはり『春風堂ブランド』は偉大です」
千切谷さんは一昨年、株式会社ラ・ファミーユと株式会社春風堂を一つにし、「株式会社ちきりや」として再スタートを切った。フランス語で「家族」を意味するラ・ファミーユは家族を笑顔にする商品を、春風堂は若い人にも親しんでもらえるよう“懐かしくて新しい”商品を目指していく。「新たな試みにも挑戦しながら、商品とサービスをもっとブラッシュアップさせ、『ラ・ファミーユ』と『春風堂』、我が社が誇る2つのブランドを大切に育てていきたい。『春風堂』はいつまでも、私の大きな目標なんです」
篠原 正樹
千切谷 耕一郎|ちきりや こういちろう
- 略歴
- 1971年 高松市生まれ
1990年 高松高校 卒業
1994年 慶應義塾大学商学部 卒業
株式会社和光 入社(銀座和光勤務)
1998年 サンディエゴ州立大学ビジネスプログラム 修了
1999年 株式会社春風堂 入社
2001年 株式会社ラ・ファミーユ 創業
2007年 株式会社春風堂 代表取締役社長
2018年 株式会社ちきりや 代表取締役社長
株式会社ちきりや
- 住所
- 香川県高松市丸亀町4-7
- 代表電話番号
- 087-821-3889
- 設立
- 1984年(春風堂)
- 社員数
- 100人
- 事業内容
- 洋菓子・パン製造販売、カフェ事業 他
- ブランド
- フランス菓子工房ラ・ファミーユ(高松市内4店舗)
春風堂(高松市内2店舗)、こんぴらプリン(琴平町)
バウムレコード(通販サイト) - 地図
- URL
- https://chikiriya.jp/
- 確認日
- 2020.03.03
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