ブランドを守り、育て 新たな領域へ挑む

ちきりや 社長 千切谷 耕一郎さん

Interview

2020.03.05

千切谷さんが持つのは「黄金バウムクーヘン」、  妻で常務取締役の佳代さんが持つのは「まっ黒チーズケーキ」。  ともに「ラ・ファミーユ」の大人気商品=高松市木太町のラ・ファミーユ高松本店

千切谷さんが持つのは「黄金バウムクーヘン」、

妻で常務取締役の佳代さんが持つのは「まっ黒チーズケーキ」。

ともに「ラ・ファミーユ」の大人気商品=高松市木太町のラ・ファミーユ高松本店

失墜したブランド力

「春風堂でお菓子を買う」。かつて香川県民にとっては、ちょっとした贅沢で、ステータスでもあった。しかし、「そのブランド力は、いつの間にか失墜していた」と春風堂の後継、株式会社ちきりや社長・千切谷耕一郎さん(48)は語る。

香川が誇る老舗洋菓子店「春風堂」。1948年に千切谷さんの祖父が創業し、父、叔父が引き継いだ。千切谷さんも後継者となるべく、大学を卒業後、アメリカへのビジネス留学などを経て、99年、27歳で春風堂に入った。「父からは『会社の状態が良くないので早く帰ってきてほしい』と言われていた。でも、当時春風堂は県内で30店舗まで拡大していたので、それほど危機感は感じていなかった」。しかし、帰郷して衝撃の事実を知った。「『良くない』どころじゃありませんでした」

災いしていたのは、その「店舗増」だった。工場でも店頭でも、従業員は量をさばくことに追われ、品質もサービスも低下。社内には「これだけ商品をつくっているんだから仕方がない」という空気が蔓延し、売上減を店舗増で補う悪循環に陥っていた。「仕事が作業になり、お客さんを全く見ていませんでした」

鮮明な記憶がある。経営に参画し、タルト専門店を立ち上げた際、店を訪れた老夫婦にこう言われた。「昔から春風堂さんのファンだった。でも、新しい店をやるのなら、『春風堂』の名前は出さない方がいい」……。「とてもショックでした。『春風堂ブランド』が想像以上に毀損している。こういうことで客離れが起きるのかと痛感しました」

誰もが知るブランドだからこそ、一度壊れると歯止めが利かなくなる。「どうすれば信頼を回復できるのか」。悩みながらも新商品を出し、フェアやイベントを開いた。でも一向に好転しない。借金も膨らみ、「やってもやっても負のスパイラル。自分の力じゃどうにもならない……」

自信を失っていた千切谷さんを救ったのは、ある物件との出合いとパートナーの支えだった。

常務と二人三脚で

ラ・ファミーユ1号店の国分寺店=高松市国分寺町福家

ラ・ファミーユ1号店の国分寺店=高松市国分寺町福家

2000年、国分寺町の物件を紹介された。「もちろん新規出店なんてできる状況じゃなかった。『見るだけ』のつもりで、何の気なしに見に行ったんです」

国道32号を南に下った小高い丘の上。見た瞬間にピンときた。「店内の雰囲気や、ショーケースにお菓子が並ぶ様子がリアルにイメージできた。ここなら新たなスタートを切れるんじゃないかと思えたんです」。フランスで菓子づくりを修行し、二人三脚で会社を切り盛りしていた、妻で常務の佳代さんも「ここでやろう」と背中を押してくれた。

01年、フランス菓子工房「ラ・ファミーユ」を創業し、1号店をオープン。この時、千切谷さんは大きな決断をした。「春風堂ブランドには一切頼らない」

父や叔父から「どうして春風堂の商品を置かないんだ」と反発を受けた。「会社を去ることになってもいい。ゼロから自分たちの力だけでやりたかった。今思えば、意地を張り過ぎていたのかもしれないですね」と苦笑する。

順風な船出ではなかった。オープン初日こそ盛況だったが、次第に客足は遠のいた。「それ見たことか」という声もあった。

いいものをつくっていれば必ず伝わる。そう信じ、地元の新鮮食材にこだわった「黄金バウムクーヘン」や、フランスの伝統菓子にヒントを得た「まっ黒チーズケーキ」などを開発。口コミなどで少しずつ支持されるようになり、08年に始めたネット通販では、「黄金バウムクーヘン」が楽天ランキングで20週連続1位を獲得。「ラ・ファミーユ」は全国区ブランドに成長した。

気持ちが折れかけた時、鼓舞してくれたのは佳代さんだった。千切谷さんは佳代さんを、名前や妻ではなく“常務”と呼ぶ。「経営を一新しようと意気込んでも、やはり私にも『古い体質』が染みついていた。そんな時、『それは違う』と客観的に進言してくれたのが常務だった。女性目線で気づかせてくれることも多く、頼れる『ビジネスパートナー』ですね」と頬を緩める。

偉大だった「春風堂」

金刀比羅宮参道に昨年オープンしたプリン専門店「こんぴらプリン」

金刀比羅宮参道に昨年オープンしたプリン専門店「こんぴらプリン」

昨年、金刀比羅宮参道に「こんぴらプリン」を出店した。「プリン屋を出したというより、『観光業』に足を踏み入れた感覚です。人が集まる場所をターゲットに、菓子屋だからこそできる『新たな観光業』を生み出したい」。道の駅などともタイアップし、地域の特産品を生かした商品も発信したいと目を輝かせる。

07年に春風堂の4代目社長になった。「ラ・ファミーユ」と「春風堂」、2社の舵を取る中で改めて気づかされたことがある。「30あった春風堂の店舗は今では2つ。規模は縮小したが、それでも70年もの間、ブランドを保ってきた。やはり『春風堂ブランド』は偉大です」

千切谷さんは一昨年、株式会社ラ・ファミーユと株式会社春風堂を一つにし、「株式会社ちきりや」として再スタートを切った。フランス語で「家族」を意味するラ・ファミーユは家族を笑顔にする商品を、春風堂は若い人にも親しんでもらえるよう“懐かしくて新しい”商品を目指していく。「新たな試みにも挑戦しながら、商品とサービスをもっとブラッシュアップさせ、『ラ・ファミーユ』と『春風堂』、我が社が誇る2つのブランドを大切に育てていきたい。『春風堂』はいつまでも、私の大きな目標なんです」
「菓子屋だからこそできる『観光業』を生み出したい」

「菓子屋だからこそできる『観光業』を生み出したい」

篠原 正樹

千切谷 耕一郎|ちきりや こういちろう

略歴
1971年 高松市生まれ
1990年 高松高校 卒業
1994年 慶應義塾大学商学部 卒業
     株式会社和光 入社(銀座和光勤務)
1998年 サンディエゴ州立大学ビジネスプログラム 修了
1999年 株式会社春風堂 入社
2001年 株式会社ラ・ファミーユ 創業
2007年 株式会社春風堂 代表取締役社長
2018年 株式会社ちきりや 代表取締役社長

株式会社ちきりや

住所
香川県高松市丸亀町4-7
代表電話番号
087-821-3889
設立
1984年(春風堂)
社員数
100人
事業内容
洋菓子・パン製造販売、カフェ事業 他
ブランド
フランス菓子工房ラ・ファミーユ(高松市内4店舗)
春風堂(高松市内2店舗)、こんぴらプリン(琴平町)
バウムレコード(通販サイト)
地図
URL
https://chikiriya.jp/
確認日
2020.03.03

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