
20年ほど前に携わった小豆島の島宿真里は、オーナーの熱意、地元商工会の協力などもあり、3カ月先まで予約で埋まる全国的にも知られる人気の宿に育った。
「デザイナーの枠を超えた、ややこしいデザイン事務所と思われているかもしれませんね」
香川さんはクライアントの思いを汲み取り、一緒に考え、一緒に悩みながら、人が集う空間を創り出していく。
「ただデザインだけをしてくれたらいい」と言われることもある。しかし、「商業施設は絶対に繁盛しなければならない」。この信念だけは、絶対に譲らない。
「今を真剣に生き抜いているか」

建物や風景の絵を描くのが好きだったことから進んだ旧善通寺西高校で、最初の恩師、当時デザイン科の科長だった彫刻家の速水史朗さんと出会った。「自分が良しと思ったことを信じて描きなさい」。速水先生の教えで、描くことがますます好きになった。
高校卒業後、速水先生に勧められて就職した高松市の寒川建築研究所。2人目の恩師、建築デザイナーの寒川登さんと出会い、商業建築のイロハを学んだ。「寒川先生は、言うことが毎日コロコロ変わるんです。きょうの自分の価値観は、あしたになったら変わっているかもしれない。妥協せず、満足しない。より良いものを目指す、ということを常に実践されていましたね」
香川さんは27歳の時、自分の力を試してみたくなり、寒川建築研究所を離れ独立。グッドデザインスタジオを立ち上げた。「最初の5年間は全然食べていけませんでした。今考えると無謀でしたね」。知り合いのつてをたどり、小さな現場を紹介してもらいながら、少しずつ仕事の幅を広げていった。そして3人目の恩師、高松市出身でニューヨーク在住の現代アート作家、川島猛さんと出会う。15年程前、川島さんに言われた忘れられない言葉がある。「君は、今を真剣に生き抜いているか」
「私の座右の銘になっています。ひとつのことを本当に真剣に考えているのか、私はどう生きるべきなのか、果たすべき役目は何なのか。真面目に生きるのと、真剣に生きるのは違うんだと教えてくれました」
3人の教えは、今も香川さんの大切な道標になっている。
「真剣」にした空間の力

島宿真里(小豆島町)
「わざわざ船に乗って来てくれる人に、良かった、また来たい、と思ってもらうにはどうすればいいか。古里に帰った時、おばあちゃんが『おかえり』と迎えてくれる風景を目指しました」
小豆島伝統のしょうゆに着目し、「ひしおでもてなす」というテーマを掲げた。眞渡さんが民宿の頃から提供していた刺身や野菜をもろみで食べるサービスがヒントになった。
当時は物置だった古い蔵を客室にした。梁や柱はそのまま使った。しょうゆの香りが残る分厚いしょうゆ樽の板をつなぎ合わせて料理テーブルの真ん中に据えた。
第1期工事終了の打ち上げで、宿のスタッフや地元建設業者らが、ある程度飾り付けが整った一室に集まった。この時、自然とこんな声が上がった。「私たちも変わろう。このままの意識ではダメだ。真剣にサービスを考えて変化していかないと、この宿が生きない」
香川さんは、こう振り返る。「空間が生み出したエネルギーだと思うんです。いい宿にしようというのは、みんな考えます。でも、実際にその空間に身を置き、空気感に触れてみて気付くことがある。やらなきゃいかんと真剣になる。別の力が生まれるんですね」
関係するスタッフみんなで海岸に打ち上がった流木を拾いに行き、客室に飾った。ある大工さんは、「あの欄干のつなぎ目、わしがやったんや」とうれしそうに話した。「小豆島の証」にしようと、一丸となって作った空間は、香川が誇る人気の島宿になった。
「真里のデザインは、現在も進行中です。今は山側に宿がありますが、次は"海側"でのおもてなしを計画中です」
押して引いて、価値観を共有

マルブン M Basa(松山市)
「私は作家やアーティストではありません。お客さんの要望を形にする。自分が表現したいものをデザインしているんじゃないんです」。香川さんはこう話す。しかし、この考えには先がある。「お客さんの思いに一緒に深く関わって、繁盛する、人が集まる形にする。それが一番果たさなければならない役目だと思っています」
デザインがすぐにひらめくわけではない。出口が見えないこともある。でも、クライアントと気持ちをひとつにすることで、絶対に目標地点が見えてくると断言する。
繁盛は、施設、商品、風情、しつらえ・・・・・・あらゆるものが関わり合って生まれるものと考えているが、利益追求型のクライアントに悩まされることもある。「価値感が共有されないまま、モノが出来上がるというのはやってはいけないことだと思うんです。可能性がある限り、押したり引いたりしながら、そこへ向かって進めていきます」
現在58歳。最近よく、「デザインの仕事って賞味期限があるんじゃないですか」と尋ねられるという。「確かに20代じゃないと出来ないデザインはありますが、50代、60代だからこそ出来るデザインもあります。変化する世の中の価値観に合わせて私も成長し、生涯現役でやっていきたいですね」
◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮

▲THE CHELSEA 神前式場(高松市香川町)
▲由布院 冨季の舎(大分県由布市)
香川 眞二 | かがわ しんじ
- 1956年2月15日 香川県生まれ
1973年 旧善通寺西高校デザイン科 卒業
寒川建築研究所 勤務
1983年 グッドデザインスタジオ 設立
- 小売商業活性化アドバイザー(香川県経済研究情報センター)
経営・技術強化支援事業エキスパート(香川県商工会連合会)他 - 写真
グッドデザインスタジオ有限会社
- 事業所
- 高松市伏石町1380-1
TEL:087-869-1208
FAX:087-869-1209 - 代表取締役
- 香川眞二
- 事業内容
- 商環境デザイン設計
- スタッフ
- 5名
- 最近の主な現場
- 流石Le蔵(銀座、蕎麦屋)/かどや霞邸(西麻布、居酒屋)/伊織京都三条通店(京都、今治タオル専門店)/みしまプラザホテル(静岡、チャペル)など
- 確認日
- 2018.01.04
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生徒の「やってみたい」が地域とつながる 進化するボランティア団体「TSUNAGU」
大手前丸亀中学・高等学校