4歳の時、住職だった父が戦死した。小学4年生で出家し、さぬき市にある実家の寺を継いだ。毎日学校が終わると白衣に着替え檀家を回った。友達と遊びたいと泣くこともあったが、近所のおばちゃんたちが「拝みに来て」といつも迎えに来てくれた。
地域の人たちに支えられて今がある。信仰の力で心を支えていきたいと、樫原さんは子どもからお年寄りまであらゆる人に優しい口調で語りかける。
法主
宗派・宗門などの代表者。住職。
少年院の子どもたちと向き合って
「仏壇に手を合わせて、お供えしていたお菓子や果物をいただくのと、冷蔵庫から欲しいものを取るのとでは大分違います。昔の子どもは、意味が分からなくてもお寺参りやお墓参りをしていました。ものを大事にする、悪いことをしてはいけない、というのが自然と身についていたのではないでしょうか」
善通寺のすぐ近くに四国少年院がある。入所している少年たちに話をする機会を多く持つようにしている。今年の夏は、ある事件に巻き込まれ両腕を切断されながらも自分の子どもを育て、障がい者福祉に身を捧げたある女性の話をした。「人生、上を見たら切りがないですが、恵まれない環境でも懸命に頑張っている人がいます。子どもたちは真剣な表情で聞いていました」
少年たちに繰り返す話がある。「みんな、『早く娑婆(しゃば)に戻りたい』と思っているかもしれませんが、娑婆とは仏教の言葉で、耐える場所という意味です。苦しいこと、嫌なことがあっても辛抱してやっていかないかん、そこが娑婆なんだから。と、いつも口を酸っぱくして言っているんです」
節目に触れる信仰心
「節目に合わせてイベントを開いて善通寺や四国霊場巡りをPRする。全国各地へ出掛けていきます。一度四国へ行ってみようか、たとえ観光のついででも、お寺参りをしてみようか、と思ってもらえたらいいですね」
イベントでよく行うのが「出開帳」だ。デパートの催事場などに各寺院の本尊や秘仏を持ち込んで、立ち寄った買い物客らに拝んでもらう。数時間で四国八十八ヶ所をお参りした気分になってもらうというものだ。合わせて四国の物産展も開いて興味を引き、四国や善通寺を訪れるきっかけに繋げていく。
「特に熱心なのが名古屋の人。四国遍路ファンが多いんです。この間の出開帳では会場に人が溢れました。愛知の知多半島には『知多四国八十八ヶ所霊場』があるので親近感を抱き、一度は本場の四国に行かないと、と思ってくれるんでしょう」
善通寺ではゴールデンウイークに五重塔の内部を公開したり、今年は6月の弘法大師の誕生日を祝う法会(ほうえ)で、普段は見ることの出来ない国宝「金銅錫杖頭(こんどうしゃくじょうとう)」を特別に公開した。開創1200年に合わせて今月香川県立ミュージアムで始まる「四国へんろ展」では、国宝の他、金剛力士像を初公開する予定だ。
庶民派の精神で
近年は、結婚式を簡易に人前(じんぜん)で行う人や、葬式に「もうお寺さんを呼ばなくてもいい」と考える人も増えている。お布施やお賽銭や檀家の減少、さらには後継者問題など「経営難」に苦しむ寺院も多いと樫原さんは話す。「観光客など不特定多数の人が来てくれる善通寺はまだましですが、特に檀家寺は非常に厳しい状況にあります。お坊さんも減り、将来はお寺同士の合併や廃院に追い込まれるところも出てくるかもしれません」
光明の一つとして期待しているのが「四国八十八箇所霊場と遍路道」の世界遺産への動きだ。登録を目指す取り組みが始まって10年近く。現在は普及啓発、普遍的価値の証明などをまとめ、2016年度に文化庁の暫定リスト入りを目指している段階だ。「もし登録されたら、信仰で、というより、観光目的で来る人でごった返すでしょうね。讃岐弁で言うと、"わや"になるかもしれません」と樫原さんは笑う。だが、こんな言葉も漏らす。「まだ何か足らんような気がするなあ・・・・・・」
地元の人たちの機運が高まっていない、まだその気になっていないのでは、と感じている。「同じように世界遺産を目指している京都の天橋立や長崎の五島列島に行く機会があったんです。地域の盛り上がりは相当なものです。町の人が『応援してください!』と私に声をかけてくるんです。四国ではそういうのはありません。お遍路さんの姿を見たことが無いという地域もあるくらいですから」。遍路道は範囲が広く、四国4県が一つにまとまるのも難しいことは分かっている。しかし、地元の人たちに霊場のことをもっと知ってほしい、そして信仰の道をずっと続けていってほしい。樫原さんの強い願いだ。
年間約70万人が訪れる善通寺。八十八ヶ寺の中でも有数の参拝者数を誇り、和歌山の高野山、京都の東寺とともに弘法大師三大霊跡の一つに数えられる。「お大師さんは真言宗の開祖ですが、浄土宗でも禅宗でも誰でも受け入れます。男女、年齢、職業や身分も関係ない。常に庶民の味方でした。このお大師さんの精神を伝えていきたいと思っています」
今年2月、妻・淳子さんが亡くなった。樫原さんも来年1月で75歳になる。小学4年生で歩き出した信仰の道はやりがいがあり、あっという間だったと振り返る。残された人生、自分に何が出来るのか。最近よく考えるようになったそうだ。
「一人でも多くの方と話をする機会を持ちたいです。『頑張って生きる』ということについてもう一度考えてみて、あとは自分流にやっていこうと思っているんです」
樫原 禅澄 | かしはら ぜんちょう
- 1940年 1月8日 さぬき市生まれ
1962年 高野山大学 卒業
1965年 自性院常楽寺(さぬき市)住職
1981年 善通寺執行 善通寺派教学部長
1996年 善通寺執行長 善通寺派宗務総長
2008年 総本山善通寺第57世法主
真言宗善通寺派管長
- 四国八十八ヶ所霊場会総裁
四国少年院教誨師・篤志面接委員
香川県文化財保護協会会長 - 写真
総本山善通寺
- 所在地
善通寺市善通寺町3-3-1
TEL:0877-62-0111
FAX:0877-62-4302- 774年 弘法大師空海、讃岐国多度郡屏風浦(現在の善通寺)に誕生
807年 善通寺 創建
1931年 大本山に昇格し管長寺に
真言宗小野派を真言宗善通寺派に改称
1941年 真言宗善通寺派総本山に昇格
2006年 創建1200年
- 確認日
- 2018.01.04
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