患者さんに安心してもらえる存在でありたい

香川県医師会会長 久米川 啓さん

Interview

2020.09.03

浮き彫りになった現実

新型コロナウイルスの感染拡大で、病院のベッド数(病床数)や医療器具の不足、少ない人数で過酷な状況に対応している医療従事者といった現状が報道されるまで、医療についての政策や医療現場のことを深く考えることはなかった、という人は多いのではないだろうか。

「国民皆保険制度のもと、だれもが病院で治療を受けられることに慣れていた日本人が、改めて医療に目を向けるきっかけになったかもしれません」と県医師会会長・久米川啓さんはいう。
病院病床数の月次推移グラフ 出典:厚生労働省「医療施設動態調査」(令和2年4月末概数)

病院病床数の月次推移グラフ
出典:厚生労働省「医療施設動態調査」(令和2年4月末概数)

少子高齢化で現役世代は減る一方、高齢者は増え、それとともに医療費は増え続けている。医療費を削減するため国は、将来の人口推計をもとに2025年に必要な病床数を推計し、必要な地域に必要な医療を提供できるよう「地域医療構想」をまとめ、効率化を目指している。病状を、病気になり始めで常にケアが必要な「高度急性期」と「急性期」、「回復期」、病状が比較的安定しているが時間をかけたケアが必要な「慢性期」にわけ、高齢化で需要が増えそうな慢性期の病床数を充実させつつ、急性期の病床数を減らしていた(グラフ参照)。

「コロナ禍前の県内の病床の稼働率は8~9割ぐらい。ベッド数を減らしていた中で感染症が広がり、逆にベッド数を確保しなければならなくなった。医療現場は本当に厳しい状況で、今も緊張が続いています」

リスクに備えるためには、人材も資材も“余裕”が必要だが「何十年かに一度流行するかもしれない感染症に対して余裕を持ち続けることは、財政上難しいかもしれません」

地方で起こっていること

コロナ禍が深刻になる前の19年秋、厚生労働省は地域医療計画をつくる都道府県に対して、地域の公的病院を統合・再編するよう求めた。手術・分娩件数、救急車の受け入れ件数といったデータや、近くに同じような機能をもつ民間病院があるなどの基準で対象となる病院名が公表され、香川では4病院が統合再編の対象となった。

「確かに現状を見直すことは必要ですが、データだけで判断するのではなく、その病院が地域でどういう役割を果たしているかを細かくみてほしい」。治療だけではなく、勉強会や講演会を開くなど地域活動で貢献している場合もある。

「香川県としてどうするか県や関係機関と話をしていた矢先に、コロナ禍の影響を受けた。地域医療の方向性も、今後変わるかもしれません。コロナ禍の反省を踏まえもう一度考えるべきだと思います」

自分はどう生きたいか

高齢化社会では、医療と介護は切り離して考えられない。医療・介護費の増加が問題となる中、制度や体制づくりだけではなく私たち一人ひとりが「どういう最期を迎えたいか」を考えておくことも重要だという。「これ以上手を尽くしても難しいという状態になったら、人工呼吸器まで使用して延命してほしくないと本人が思っていたとしても、家族に伝えていないと望まない治療が行われることもある。それを何とかしたい」

何度も救急車を呼んで延命するより、本人が望むなら家族と静かに自宅や介護施設で最期の時間を過ごし看取ってもらう。「そういう選択肢があってもいいし、それが実現できるように、介護休暇ではなく“看取り休暇”を考えてもいいと思っています」

もう一つ、高齢者の見守りに必要なのは地域のネットワーク。それが、希薄になっている現代は、医療・介護分野以外の広い視点が必要だという。「病床数、病院数を減らすという直接的なことだけではなく、地域のつながりを築くために、若い世代や企業を巻き込んだ街おこしを進める取り組みも重要です」

医師のあり方

次代を担う若い医師たちには、患者さんを安心させられる存在であってほしいという。インフォームドコンセントも大切だが「患者さんに治療法を説明するとき、投薬なら、手術なら、放射線治療なら何%の確率ですという話だけで終わってしまう。それだと、患者さんは『残り何%は助からないかも』と不安になるだけです」

自分が何を求められているか。それを考えると、やはり患者さんを安心させるひと言をかけてあげたいという。「治療だけが医師の仕事ではない。患者さんの不安を取り除くことも、その人らしく生き、最期を迎えてもらうよう最善を尽くすことも重要な役割だと思います」

石川恭子

久米川 啓 | くめがわ はじめ

1954年 高松市生まれ
1972年 高松高校 卒業
1978年 東京医科大学 卒業
    東京女子医科大学消化器病センター消化器外科
1984年 社会保険山梨病院外科部長
1987年 香川医科大学医学部附属病院第一外科助手
1993年 久米川病院副院長
1995年 医療法人社団啓友会久米川病院理事長兼院長
2014年 香川県医師会会長
    医療法人社団啓友会久米川病院名誉院長

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