「讃岐の食文化」の素朴な疑問④

野菜ソムリエ上級プロ 末原 俊幸

column

2022.07.07

この間まで麦畑が広がっていたのですが、気が付いたら全てに稲が植わっていました。

この間まで麦畑が広がっていたのですが、気が付いたら全てに稲が植わっていました。

讃岐平野のあちこちで、麦が茶色く色づき、あたかも、秋が来たかのような風景を作り出した「麦秋至」から1カ月、「半夏生」※が過ぎ、讃岐平野では田植えが終わり、平野の全てが鏡面になったような風景に様変わりしています。

※半夏生:季節を表す言葉七十二候で7月2日頃を表す。

さて、先月も触れたとおり、香川県は、人口密度が高く、耕地面積も少ないので、昔から食料に悩まされてきました。このため、少ない農地を最大限に利用できる、「米」と「麦」の二毛作に取り組み、昭和9年では米の作付面積37,430ヘクタールに対して、麦の作付面積が34,502ヘクタールと、二毛作が完成されていました。 

この二毛作を完璧に遂行するために外すに外せない大切な節目の日があります。田植えを終わらせなくてはならない日とされる「半夏生」です。麦が熟れる5月末の「麦秋至」から、「半夏生」までの約1カ月で麦刈りを終え、水田の準備、田植えと、膨大な農作業をこなさねばなりませんでした。また、香川県は水が乏しく限りある農業用水を有効に使う必用があるため、夏至を迎える頃に、ため池から一気に水が供給され、一斉に田植えが開始されました。

農作業が機械化され、農作業は当時ほど過酷なものではなくなりましたが、ため池からの放流は「ゆる抜き」として、また半夏生は「うどん」として、今でも、香川県の風物詩として定着しています。

一方、日常的過ぎてあまり気が付かれていないのですが、農作業が機械化される前においても、香川県全域においてこの二毛作を完遂できたのは、奈良時代にその着工をさかのぼる古代条里制により井然と整備された水田と、その水田に対し少ない水を効率的に分配することができる給水システム(水路や水利慣行)という1000年以上も使い続けられているハードの存在をなしには語ることができません。

野菜ソムリエ 上級プロ 末原 俊幸さん

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