
とらまる公園から見た虎丸城跡(虎丸山)。
山頂付近に虎丸城があった=東かがわ市教育委員会提供
東讃は、元亀2(1571)年に三好氏が寒川氏から大内郡4郷と虎丸城(旧大内町)・引田城を召し上げて、虎丸城には三好氏に従う安富盛定(もりさだ)が雨滝城(旧大川町)から移り、その後に家臣の六車(むぐるま)宗旦(そうたん)(六車城・同町)が入っていました。安富氏の一族・配下は、他に多田恒真(つねざね)(中州城・旧志度町)、串田直実(なおざね)(串田城・三木町)、細川則弘(のりひろ)(矩弘)(国弘城・旧寒川町)らです。寒川元隣(もとちか)は昼寝城(旧長尾町前山)に拠り寒川郡南半を領有するのみとなっていました。
土佐勢が十河城を包囲した頃、土佐の岡豊(おこう)城に居た元親は、勝瑞城に拠る十河存保と最後の決戦をするため、総勢2万3千の兵を率いて阿波へ向かいます。こうして、天正10年8月28日、勝瑞城近くの中富川を挟んで土佐勢と三好氏諸将との間で決戦が行われます(中富川の戦)。この戦には、奈良勝政・寒川元隣(もとちか)も加わり討死しています。勝利した元親はさらに9月21日に勝端城を攻め落とし、逃れた存保は雨滝城へ退いた安富盛定の後の虎丸城へ入ります。
阿波を制覇した元親の軍は、続いてこの年の10月に岩倉(美馬市脇町)から清水峠を越えて讃岐に入り、香川親和の包囲軍と合流し、3万6千余の軍勢で十河城を総攻撃します。しかし、落城させることができず、冬になったため元親は一旦白地(はくち)城(三好市)へ戻ります。
村井 眞明
歴史ライター 村井 眞明さん
- 多度津町出身。丸亀高校、京都大学卒業後、香川県庁へ入庁。都市計画や観光振興などに携わり、観光交流局長を務めた。
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