
宇多津町の聖通寺にある仙石秀久の墓(宇多津町提供)

この年の12月12日、仙石秀久率いる四国勢と島津勢は戸次川(へつぎがわ)(現在の大分市内)で対陣します。攻撃をしかけてきた島津勢が退却し始めたので、秀久は勢いに乗じて一気に渡河して追撃しようとします。これに対して元親は、島津が得意とする釣(つ)り野伏(のぶ)せの罠を疑い、伏兵がいることを察して形勢をみて進撃するよう秀久に進言します。しかし、功にはやる秀久はこれを無視して渡河(とか)を決行します。このとき、存保は、かつて敵だった元親の意見に賛同するわけにも行かず、負けることを十分承知の上で仕方なく秀久に同意したといわれています。
元親の進言どおり、戸次川を越えたところに島津軍が待ち構えており、四国勢は壊滅的敗北を喫します。存保は信親(元親の長男)と共に壮烈な戦死を遂げます。この戦いにより、四国勢は1千余人が討死し、讃岐武士も存保のほか香川民部少輔、安富肥前守、羽床弥三郎らが打死して古来からの名族が多く絶えたといいます。平安時代末期から讃岐の有力国人であった讃岐藤家(ふじけ)は、羽床氏がこの戦いで絶えたことによりその長い歴史に幕を閉じます。ここに讃岐の中世は名実ともに終焉を迎えます。
島津氏は、この戦いには勝利しましたが、翌年5月には大軍をもって九州入りした秀吉に降伏します。無謀な作戦が裏目に出て大敗を招いた仙石秀久は諸将の軍を差し置いて逃げ帰り、これに激怒した秀吉から讃岐を没収され高野山へ追放されます。しかし小田原攻めで手柄をたて小諸城主に取り立てられます。
村井 眞明
歴史ライター 村井 眞明さん
- 多度津町出身。丸亀高校、京都大学卒業後、香川県庁へ入庁。都市計画や観光振興などに携わり、観光交流局長を務めた。
- 写真
歴史ライター 村井 眞明さん
おすすめ記事
-
2023.06.01
美濃から来讃した生駒氏
シリーズ 中世の讃岐武士(34)
-
2023.03.02
秀吉軍と戦った讃岐武士
シリーズ 中世の讃岐武士(32)
-
2023.02.02
土佐武士の讃岐侵攻⑥(東讃侵攻)
シリーズ 中世の讃岐武士(31)
-
2022.12.15
土佐武士の讃岐侵攻⑤(十河城包囲)
シリーズ 中世の讃岐武士(30)
-
2022.11.03
土佐武士の讃岐侵攻④(香西氏の降伏)
シリーズ 中世の讃岐武士(29)
-
2022.10.06
土佐武士の讃岐侵攻③(中讃侵攻)
中世の讃岐武士(28)
-
2022.03.17
イリコの島に残る戦国秘話
中世の讃岐武士(23)
-
2022.02.17
三好の畿内奪還の戦いで信長軍と対峙した讃岐武士
中世の讃岐武士(22)
-
2021.12.16
讃岐を支配した阿波の三好氏
中世の讃岐武士(20)
-
2021.11.18
東讃から始まった讃岐の戦国時代
中世の讃岐武士(19)
-
2021.10.21
室町幕府管領を暗殺した讃岐武士
中世の讃岐武士(18)
最新紙面情報
Vol.412 2025年08月21日号
「ここに来て良かった」 生徒一人一人に寄り添って
学校法人村上学園 理事長 村上学園高等学校 校長 村上 太さん
モニタリングの知見を生かし 地域と「顔の見える対話」を
日本銀行 高松支店長 稲村 保成さん
諸機関と柔軟に連携し 四国の中小企業に寄り添う
独立行政法人 中小企業基盤整備機構 四国本部長 田中 学さん
まち全体を一つの「宿」に見立て 古民家を核に日常風景の魅力を発信
NIO YOSUGA 代表取締役 竹内 哲也さん/菅組 社長 菅 徹夫さん
生徒の「やってみたい」が地域とつながる 進化するボランティア団体「TSUNAGU」
大手前丸亀中学・高等学校