
ところで惹句術というタイトルはあまりなじみがないし、聞いたこともない言葉かなと思います。現在は映画の情報はネットをはじめ、いろんなものがあります。でもかつては町なかに貼られたポスターが大きな情報源でした。駅や電柱、風呂屋などいたるところに貼られており、そこには主演俳優の見せ場の姿と共に観る人の心を惹く名文句、つまり惹句が書かれていました。
著者の関根忠郎は東映専属の惹句師です。その関根忠郎に、もうこれ以上の適任はいないと思われる山田宏一と山根貞男の二人が話を聞いて映画談議に花を咲かせます。その話はいつしか本格的な映画論になって、この本は映画百年の夢が様々に詰め込まれ息づいている、惹句によるもう一つの映画史になっています。いわば元祖コピーライターの日本映画史です。
読み進めると、無性に町なかに貼られた映画のポスターが懐かしくなってきてしまいます。いつの間にか環境美化の名の下に、町なかから映画のポスターは締め出されてしまいました。アカ抜けしないものだったとは思いますが、著者は情報化時代の今、人々の映画に対する姿勢が大きく変わってしまい、映画を見るという意識そのものが近代化され、都会化されてしまって、ドロ臭さを捨て去った替わりに、映画そのものに対する直接的な親しみが薄らいできたと言います。ポスターが巷に氾濫していた時代は「映画」が街中を歩いたと表現します。そしてそのドロ臭い感じ、巷のにおいが実際に今でも、映画館で映画をみる現役の観客の感性の中にも、もちろん生き続けているはずだと言います。映画に対する愛情があふれています。最後に一つだけこの本に注文しますと、文庫のサイズではさすがに惹句の入ったポスターの魅力が半減してしまいます。
山下 郁夫
宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん
- 坂出市出身。約40年書籍の販売に携わってきた、
宮脇書店グループの中で誰よりも本を知るカリスマ店長が
珠玉の一冊をご紹介します。 - 写真
宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん
おすすめ記事
-
2022.12.01
新地方論 都市と地方の間で考える
著:小松 理虔/光文社
-
2023.09.07
言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか
著:今井 むつみ、秋田 喜美/中央公論新社
-
2023.08.03
大規模言語モデルは新たな知能か ChatGPTが変えた世界
著:岡野原 大輔/岩波書店
-
2023.06.15
交通崩壊
著:市川 嘉一/新潮社
-
2023.05.04
ソングの哲学
著:ボブ・ディラン/岩波書店
-
2023.04.06
よみがえる田園都市国家
著:佐藤 光/筑摩書房
-
2023.02.16
神経症的な美しさ アウトサイダーが見た日本
著:モリス・バーマン 訳:込山宏太/慶應義塾大学出版会
-
2022.10.20
ウォーカブルシティ入門
著:ジェフ・スペック/学芸出版社
-
2022.09.01
韓国の変化 日本の選択 -外交官が見た日韓のズレ
著:道上 尚史/筑摩書房
-
2022.08.04
自動車の社会的費用・再考
著:上岡 直見/緑風出版
-
2022.06.16
映画を早送りで観る人たち
著:稲田 豊史/光文社