
今回紹介する本は、笠置シヅ子の生い立ちを追った評伝とは違い、副題にあるように笠置シヅ子と服部良一という稀代のコンビが作り出すリズム音曲が当時の大衆にどう受け入れられたかについて書かれた本です。著者は意図的に「音楽」ではなく「音曲」という言葉を使います。「開国以前から現在まで、寄席や芝居小屋や大道で日常的に演じられてきた娯楽的な歌や踊りや楽器演奏を指して音曲」といい、音楽は欧米列強の権威と結びついた高級で真面目なもので公式な制度を通じて明治の後期以降にようやく定着した概念だと著者はいいます。また大正以降は貴重な洋盤レコードこそが本物の音楽の記録であると考え、実演を軽視する人たちが楽壇をリードし、「(歌舞)音曲」などは国家の非常時には、停止や自粛が求められる不謹慎な遊びとみなされてきたと続けます。
著者の目論見は笠置シヅ子と服部良一というアメリカ大衆音楽の優れた紹介者と考えられてきた二人を、和洋折衷的な娯楽文化が花開いた大阪の「音曲」という視点から見直すということです。近代日本の大衆音楽が欧米由来の諸芸の要素をも飲み込んでゆく、そのバイタリティは大阪ならではかもしれません。二人が生まれ育ったのが東京ならどうなったでしょう。笠置シヅ子が生まれたのは1914年。第一次世界大戦が始まった年です。そこから世界は大変革の時代に突入します。笠置シヅ子が歌って踊ってのライブパフォーマンスで受け入れられたのは、そんな時代だからかもしれません。それまでのレコード歌手は正装して舞台中央のマイクに向かっていました。年配の方は直立不動で歌う東海林太郎を思い出してください。
著者はこの本の中身について「大風呂敷を広げてみたものの、多くの人にとってはなんのこっちゃだろう」と言いますが、知らないことも多く大変勉強になりました。
宮脇書店 総本店 店長 山下 郁夫
宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん
- 坂出市出身。約40年書籍の販売に携わってきた、
宮脇書店グループの中で誰よりも本を知るカリスマ店長が
珠玉の一冊をご紹介します。 - 写真
宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん
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