長女は所帯を持って30歳を越えたところですが、すでに会社を3回変わっております。今までの会社様にも結構、手厚くお世話になっていろんな面で何不自由なく、ビジネスマンとしてもしっかり育てていただいたようですが、このたび10余年暮らした東京を飛び出して、一年無職で遊んだ後に、北海道に移住して森林環境保全の仕事に就きました。次女も既に在住県と仕事(まちづくり関係)を4回変わっております。仕事は、全然別個の分野をかけめぐりましたが、特に不満があったようではないみたいです。
私からしたら「いったい何をやっとるんだ?何を…」というところですが、彼女らにしてみると、あんまり悪びれるところもなく、あっけからんと転地転職を繰り返しては、その場その場で自分の人生を楽しんでいるように見えます。とりあえず人様にご迷惑は大きくおかけしていないようですので、「自分の人生なので自分で決めて自分で責任を持てば良いだろう」と、敢えて親父のガミガミは抑えております。
これからの若い人たちは、どんどんと広い世界に飛び出して、自分の力を目一杯に使えば良いのではないかとも思います。大都会だけに限る必要はまったくありません。日本も世界も広大です。また本来、仕事に貴賤はなく自分たちの役目も無限です。
一方、我々の世代の自分たちの足下では、人口減と量出に悩まされ、UターンやIターンでの人材獲得をめざし、地元に移住して欲しい、地元に残って欲しいという切なる望みの中で毎日の商売を送っております。それはそれで尊いことではあるのですが、一旦、この地に移り住んだ人たちが、皆が皆、これからも死ぬまでこの地でいてくれるかどうかはわかりません。むしろ新しい希望地や新しい仕事があれば、皆が躊躇なくどんどんと移動して当たり前の世の中になるかもしれません。そういう時代になれば、地方の我々としては「就業」と言うことに関して新しい見方を取り入れなければならないかもしれません。10年20年スパンで大事に育てることも重要ですが、1年前後でなるべく早く戦力になってもらい3年から5年程度で結果を出してもらう仕事や就業体制、雇用契約が必要になるかもしれません。その繰り返しの上での一生があっても良いはずです。
世の中はどんどん変わっております。若い人達もどんどん変わっていきます。地域のこれからを担ってくれるその若い人達のためにも、我々もどんどん変わっていかねばなりません。
四国なんでも88箇所 巡礼推進協議会会長 佐藤 哲也
- 略歴
- 1960年4月5日 高松市生まれ
1979年 高松高校 卒業
1984年 早稲田大学政治経済学部政治学科 卒業
株式会社西武百貨店 入社
1986年 株式会社久本酒店 入社
1992年 代表取締役社長 就任 - 写真
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