
道場の理事長 野田 大燈(だいとう)さん(64)は、サラリーマンから出家して、父の勝(まさる)さんが残した五色台の山林に禅道場を開いた。寺も檀家(だんか)もないし法事や葬式もない。収入がないから、もらったしょうゆたるの中で座禅を組み、自給自足のため畑を耕した。
登校拒否の子どもを預かり始めた。学級、学校崩壊の時代になって、非行少年と呼ばれる荒っぽい子どもたちが送り込まれてきた。「四国の戸塚ヨットスクール」とあだ名され、1988年には、女子中学生が岩場から滑落死する事故も起きた。
道場は閉鎖の危機を乗り越え、もうすぐ公益財団法人になる予定だ。
「何か大きな力に動かされ続けてきました」。野田和尚がつくったのは、社会のSOSを真正面から受け止める”現代の駆け込み寺“だ。
※四恩の里
情緒障害児短期治療施設「若竹学園」、児童養護施設「亀山学園」、自立援助ホーム「なごみハウス圓」、地域小規模児童養護施設「和みの家」を運営している。
※特例民法法人
社団法人または財団法人は、2008年12月1日施行の新公益法人制度により、公益性の認定を受けて「公益社団法人」「公益財団法人」となる。新制度への移行を完了するまでの間は「特例民法法人」と呼ばれる。
※公益財団法人
公益を目的とする23の事業に限定される。公益的事業として認められるのは「学術、技芸、慈善その他の公益に関する事業であって、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するもの」をいい、税制の優遇措置を受けることができる。
もう1人の自分の声

按摩(あんま)・マッサージ、鍼灸師の資格もとり、任された営業所に鍼灸院を併設して、医療機器の販売と治療を行なった。
そんなとき武知社長の紹介で、新居浜市の瑞応寺(ずいおうじ)栗田 大俊(だいしゅん)住職と知り合い、師匠として仰ぐようになった。人生を決定付ける出会いだった。
仕事は順調だった。自分で開発した家庭用医療機器「腰や首を引っ張る機械」の実用新案を取って、会社を立ち上げようとしていた。
これで経営者になれる。社会的に評価されて、お金も入る・・・・・・と思った。「ところが、『それでいいのか』と、もう1人の自分が言うんです。『お前はそれで満足か』と問うんです」
自問自答が続く中、高松で栗田師匠と飲む機会があった。「翌日、お寺に電話をしたら、『4月8日を忘れるなよ』と言われたんです。『何ですか』と聞いたら、『お前が出家する日だ』と。びっくりしました」
全く記憶が無かった。野田さんは酔った弾みに、出家をしたいと師匠に本音を打ち明けていたのだ。「苦労はしながらも、順風万帆の現状が素直に喜べない私を、師匠が『それなら』と受け止めてくれたのでしょう」
1974年4月8日、親族に猛反対され勘当同然で出家した。29歳だった。人生が百八十度変わった。
たるで座禅、畑で自給自足
「寺もない自分は何をしたらいいのか。娑婆世界で悩んだり苦しんだりしたから出家した。そういう人たちと関わっていくための寺をつくろう」と僧堂に戻り修行を再開した。
1975年、父の残した3000坪の山林に、しょうゆたるを据(す)え屋根をつけて中で坐禅した。時間はたっぷりあった。畑を耕して大根やほうれん草を植えた。1年が過ぎたころ、バイクに乗った17歳の少年がやって来た。
「訪ねて来たのではなくて、道に迷ったんです。人懐かしさで『行き止まりだよ』と声をかけた。それでも黙っている。小児まひでうまくしゃべれないんです。『よかったら』とたるに案内しました」
それから少年は毎日来るようになった。2人で二つ目のたるを据えて、畑仕事や坐禅をするようになった。「小児まひだから動作が緩慢(かんまん)でイライラしましたが、彼に合わさないと何も出来ません」
僧堂で、のろのろしていたら蹴飛ばされるような訓練を受けて修行した野田さんは、少年から多くのことを学んだ。
少年が来て禅道場の活動が始まった
「少しずつ抹茶(まつちゃ)が泡立つようになりました。喜んだ彼は『おばあちゃんに、お茶をたててあげたい』というので、茶碗と茶筅を貸しました」
数日たった休日、少年の両親と祖父母が、車の通れない山道を、米など食料品をいっぱい担いでやってきた。
「おばあちゃんは目をうるませていました。『有難うございます。まともなものを食べておられんと孫がいうものですから』とお礼に来てくれたんです」
1人2人と登校拒否の子どもが来るようになった。たるも増やした。前の琴電 社長 大西 潤甫(じゅんすけ)さんから寄進された、廃車のバスを坐禅兼本堂にした。
公益財団法人で自立
喝破道場の公益財団法人化が今年中に認可される見通しだ。公益財団は寄付金が税制で優遇される。寄付文化のある外資系の企業を中心に、募金活動しようという構想もある。
しかし、寄付に見合うどんな「価値」を社会に返せるのか、野田さんはその大きな課題を真剣に考えている。
※措置費
各法律に基づく福祉の措置に要する経費。社会福祉施設の人件費・維持管理費等の事務費と、利用者の生活費などの事業費のこと。
何かに動かされている
社会のSOSを、人々の不安や悩みを、正面から受け止める。機敏な解決のために時には法の規制より先を行くこともある。
そんなピンチに直面すると、「遺伝子の底力(そこぢから)にスイッチが入る」と和尚は言う・・・・・・常識を破る「自由」な発想と活動は、寺と檀家(だんか)を持つ僧侶にはマネができない。
野田和尚は感性の人だ。「何か大きな力に動かされている」というその「感性」は、信仰から発現する。
岡田 武史(たけし)W杯監督がきた

横浜マリノスの監督時代、年頭の必勝祈願で参った横浜市の曹洞宗大本山總持寺(そうじじ)で、和尚から座禅の指導を受けて以来の親しい仲だ。
道場の子どもたちや喝破会のメンバーを前に岡田さんは、W杯での応援を感謝した後、分かりやすく大きな声で話しかけた。
「人間はみんな氷河期や飢餓を生き抜いた強い遺伝子を持っている。つらいことがチャンスをくれる。つらいことを乗り越えて、みんな成長できる」。子どもたちは目を輝かせて聞き入った。
「遺伝子の底力にスイッチが入る」という、和尚と2人は共鳴しあう。
※喝破会
喝破道場を支援する市民らの会。
野田 大燈 | のだ だいとう
- 1946年 高松市生まれ
1970年 医療機器販売「ホーシオン」設立 社長に就任(74年3月閉鎖)
1973年 ホーシオン物理医療法研究所併設。所長に就任(74年3月閉鎖)
1974年 香川県指圧鍼灸専門学校卒業
得 度
1975年 宗教法人「報四恩精舎」設立
1976年 瑞応寺専門僧堂に安居(78年9月まで)
1983年 宗教法人「報四恩精舎」住職に補任せられる
1984年 財団法人「喝破道場」設立 理事長に就任 現在に至る
1993年 社会福祉法人「四恩の里」設立 理事長に就任 現在に至る
1994年 情緒障害児短期治療施設「若竹学園」開設
生活指導員主任に就任
1998年 同施設園長に就任(2001年8月まで)
2001年 曹洞宗権大教師に補任される
大本山總持寺後堂に就任(06年9月乞暇送行)
2002年 曹洞宗「師家」に補任される
2003年 学校法人總持学園理事に就任(06年9月退任)
2004年 県立児童養護施設「亀山学園」の移譲を受け園長に就任(04年12月退任)
2005年 大本山總持寺禅カウンセリング研究所長に就任(06年9月退任)
2006年 厚生省委託実施事業「若者自立塾」 塾長に就任(10年4月退任)
2010年 情緒障害児短期治療施設「若竹学園」 園長に就任
公職
1978年 (財)全国青少年教化協議会評議員
1979年 香川県青少年教化協議会設立 事務局長に就任
1980年 香川ナームの会設立 会長に就任(2000年顧問就任)
1984年 香川県里親会会長・副会長歴任(93年8月退任)
(財)喝破道場が家庭裁判所補導委託先登録される
1990年 香川県スポーツチャンバラ協会設立会長に就任(01年3月名誉会長就任)
1993年 曹洞宗社会福祉施設連盟理事に就任(06年理事長就任)
1996年 香川県レクリエーション協会理事(01年8月退任)
香川県護身道連盟設立 会長に就任
褒章
1989年 第13回正力松太郎賞受賞
キワニス社会公益賞受賞
2008年 第42回仏教伝道文化賞
著書
「かっぱ問答」・「蹉跌燦1・2」(美巧社)
「みどりの中の禅道場」(EH春潮社)
「いちばん大切なこと」(ビジネス社)
監修「続ほっとする日本語」(二玄社)
「子どもを変える禅道場」(大法輪閣)
「ほっとする般若心経」(二玄社)
「平常心是道」(毎日コミュニケーションズ) - 写真
特例民法法人 喝破(かっぱ)道場 「若者自立塾」
- 所在地
- 高松市中山町五色台
TEL 087-882-4022/FAX 087-881-5906
E-mail:kappa@kappa.or.jp - URL
- http://www.kappa.or.jp
- 確認日
- 2018.01.04
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